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3ー2

 執務室に戻ったアインハルトは、椅子に体を投げ出した。

 ため息が口からこぼれ出る。


(全く、頭の痛いことだ……)


 ゼクルスとファナにひとしきり説教した後、食事がてら使用人たちに、明日一番で証拠品の整理と目録の作成をするように指示した。

 兵士や子供たちの葬儀は司祭に、砦で襲ってきたという雪豹の死骸も、治療が一段落したら腑分けをしてくれるよう医者に依頼ずみだ。

 だが依然として、根本的な問題は山積みのまま。

 最も悩ましいのは『ドラゴン達を操っている何者か』がいるのが確定したことである。 

 

(何とか、あいつが結婚するまでに解決してやれればいいが)


 今のところは、両親を亡くしたファナと共に城住まいのゼクルスだが、結婚したらここを出て、二人で自活せねばならない。領地と付随する財産は長男のものであり、次男には非常時の予備としての役目しか無いからだ。

 それゆえに、ベルンシュタイン家では生まれた子に財政の基盤である鉱山労働を体験させ、鉱石を用いた冶金、鍛冶、細工――そして輝石術を教え込むしきたりになっている。生業とするのは大抵鍛冶師か輝石術の職人あたりだ。

 貴族の次男など、牧師か軍人になるぐらいしか選択肢が無いものだが、王家の覚えがめでたくないベルンシュタインの人間が王都で身を立てるのは茨の道であるからして、方針としては間違っていないと思う。


(でもなぁ……二人とも輝石術に熱中しすぎて、まったく商売っ気が無いし)


 ゼクルスもファナも、輝石術を探求することにかけては他の追随を許さず、十六歳にして技術は一端のものだ。ファナの発案にゼクルスが手直しを入れ、資料や資材を用意して実現にこぎつけるのがいつものやり方である。

 貴族の道楽としてなら、二人でうまくやっていけることだろう。アインハルトから見ても仲が良いのだから。

 だが、湯水のように使える資金が無ければ、どうなることやら。

 そこが心配している所だった。

 貴族の結婚には持参金がつきものだが、両親が病没しているファナに要求するのは非現実的だ。むしろ、彼女との婚姻によって、リンツ領にさらなる輝石術の発展がもたらされることを期待するべきだろう。

 だからこそ、せめてゼクルスが結婚するまでに諸問題を解決して、ちょっとした祝儀くらい用意してやろうと思っていたのだが。

「そううまくは行かないものだな……」

 椅子から立ち、体を伸ばすと眠気が襲ってきた。

「そろそろ寝るか」

 大きくあくびをして、机上の書類を片付けようとすると、急に周りが暗くなる。

「なん……だ?」

 灯りは消してないのに、と思う間もなく。

 アインハルトは意識を手放した。



「……? ベッドで寝た……んだったか?」

 夜中にふと、目を覚ましたアインハルトは、そこが入った覚えもない寝床である事に気づいた。

 服は寝間着でなく普段の白いシャツと焦げ茶のベスト、同色のズボンのまま。

「しかもここ……城じゃないな」

 城にあるアインハルトの寝室であれば、小さな窓から月明かりが差しこむはずだが、それが無い。

 真っ暗な部屋を照らすのは、小さなランプと暖炉の炎だけで、部屋の全容は分からないのだ。

 どうも、意識の無いうちに別の場所に連れてこられたようだ。

 はぁ、と嘆息して、足下に揃えてあった靴を履く。

 枕元に継承の宝剣と鞘が置いてあったので、それも身につけた。


(儀礼用で実用性皆無ではあるが……拉致した人間に武装させるとはな)


 ベッドから出て、そっと寝室のドアノブに手をかけると、あっけなく開いた。ドアの外に見張りもいない。

 あまりの自由さに、ここは城の別部屋では? と思ったが、その考えはすぐに否定された。


(成る程……鉱山の中、か)


 ドアの外に続くのは、掘り抜かれた坑道だったからだ。

 鉱山の中であれば、逃亡経路は限定されるから、防ぐのもたやすい。見張りも拘束も不要という事だろう。


(……さて、どうするか)


 ドアを閉め、部屋の中をざっと調べたが、場所の手がかりや脱出に役立ちそうなものは無い。


(どうぞお逃げ下さいと誘われているのか、よほど逃がさない自信があるのか……)

 

 首を傾げたその時。

 どこからか、唸り声が聞こえた気がした。


(まぁ、じっとしていても始まらんしな)


 坑道には等間隔で輝石術の灯りが据えられているので、歩くには困らない。

 唸り声の出所を探すアインハルトの前に、突然光が差す。

「うわっ、こいつまだ動けるのかよ。大人しくしろ! この、この!」

 固いもので何かを殴る音、唸り声がして、鎖がじゃらじゃらと鳴る。

「こら、丁重に扱え。死んだらどうするんだ。他の獣と違って、ドラゴンの子供なんてそう手に入らないぞ。ただでさえ砦襲撃で一頭失ってるんだから、あの方はお怒りだ」

「そうはおっしゃいましてもねぇ、馬は怖がって引きたがらないし、重たくて……」

「そうですよ。だいたい、貴族の女ってやつはいつも遠くから指示を飛ばすばかりで、現場の苦労なんかてんで分かりゃしないんだから」

「おいおい……気持ちは分かるが愚痴はその辺にしておけ。万が一にもあの方に知られたらどうなるか。俺はかばいきれないぞ」

「へいへい」

 咄嗟に曲がり角に身を隠し、男三人をやり過ごす。

 彼らは荷車に乗せたドラゴンの子供をどこかに運ぶ途中らしい。

 唸り声は、口輪に鎖でがんじがらめにされたドラゴンのものだったのだ。

 

(あの方、ねぇ……それに、人が暮らせる部屋を作れて、ドラゴンを隠しておける……)


 リンツ領には両手の指で足りないぐらいの鉱山があるのだが、二つの条件を満たす所は一カ所しか無い。


(戦時中に作られた輝石術の研究所だろうな、ここは)


 確か、研究所から城までは歩ける距離だ、さっさと逃げよう――そう思ったところで、首筋に冷たいものが触れた。

「アインハルト様、お静かに」

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