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3ー1

 空が青から赤へ移り変わる夕暮れ時のシュターブルク、領主の城で。

「アインハルト様! ぼ、坊ちゃんがお怪我を!」 

 執務室で書類をさばいていたアインハルトは、飛び込んできたメイドに眉をひそめた。

「これ、静かになさい。報告は明瞭簡潔に」

 リウスに窘められたメイドは、居住まいをただす。

「申し訳ありません! ゼクルス様率いる調査隊がお帰りになりました。砦で双頭の雪豹に襲われたとのこと。ゼクルス様はご無事ですが、死者一名、重傷者一名、軽傷者多数」

「死者が出たのか? すぐ行く。リウス、お前は礼拝堂に人数分のベッドと医療物資を用意しろ。城の避難民の中から医者を探して治療を頼むんだ。料理人に消化の良い食事を作らせて、暖炉の火を絶やすなよ」

「かしこまりました」

 部屋を出るリウスを見送って席を立ち、メイドに尋ねる。

「ファナはどうしてる? 無事か?」

「は、はい。ご無事です。気絶から先ほどお目覚めになりました」

「……それは良かった。今の、ディランに伝えてやれ。心配しているだろう。伝え終わったら、お前は礼拝堂に向かえ。負傷者の救護に当たるように」

 頭を下げるメイドを見送り、玄関へと急ぐ。

 広間を取り囲む階段から見えるそこには、疲労困憊の兵士達がいた。

「皆、ご苦労だった! 礼拝堂に救護室を作らせている。行って手当を受けてくれ。動けないものは動ける者が運ぶように」

 きびきび動く使用人達を一瞥し、ゼクルスとファナを見つけて歩み寄る。

「二人とも、怪我はないか?」

「私は大丈夫。皆が守ってくれたから」

 ファナの言葉に、ゼクルスがほっと胸をなで下ろすのが見えた。

「僕も……かすり傷です。彼がかばってくれたので」

 視線の先には、担架で運ばれる兵士が一人。

 あそこまでの重傷ではないが、ゼクルスも服があちこち裂け、皮膚の露出した部分は傷だらけだ。

「ゼス、お前も礼拝堂に行って手当を受けるように。終わったら食事をして、すぐ寝ろ」

「で、でも兄上、僕はまだ元気だし、怪我人の救護を」

「くどい。その左足をかばう動きはなんだ、ひねっているんだろう? 悪化させるな。足手まといはいらん」

 うぐっ、とゼクルスは言葉に詰まる。

「ファナ、お前もだ。食ったらさっさと寝ろ。間違っても今日の体験を生かした研究など、日暮れ時に始めるんじゃないぞ」

 そっと静かに、この場から去ろうとしていたファナにも忘れずに釘を刺す。

「な、なんで? 研究なんて、言ってないじゃない……」

「愚か者。言ってなくとも顔に出ている。大方、今日の調査で収穫でもあったのだろう。お前は研究のためとあらば自身の疲れに気づかなくなるからな」

「あぁ、ありました。施術されたドラゴンがいることは確定になりましたから」

「成る程。では、古式文字が書かれた鱗でも入手したか?」

 こくりと頷くゼクルスに、ファナは狼狽えて視線をさまよわせる。

「ぜ、ゼスぅ、ハルト兄様ぁ」

「抵抗は無駄だ。そろそろディランが来る」

「お嬢様っ! ご無事ですか? お怪我は!」

 言葉から幾ばくもしないうちに、忠実な使用人がやってくる様に、ほっと一息つく。

「あぁ、服がこんなに汚れて……また地面に這いつくばったのでしょう?」

「ディラン、命令だ。ファナに食事をさせて寝かしつけろ。それ以外のことはさせるなよ」

「かしこまりました。さ、お部屋に参りましょう、お嬢様。まずはお着替えですよ、洗濯に出す前に目立つ汚れを取り除いておかなくてはなりません」

 やれやれこれで終わったか……と思った時。

「私だけ叱ってずるい! ハルト兄様だって、夜遅くまでお仕事してるくせに!」

 隣のゼクルスが、ぷっ、と吹き出した。

「ハルト兄様、わたし、リウスがぼやいているの聞いたことあるんだからね。『アインハルト様もゼクルス様も根を詰めすぎて困る』って!」

 人差し指をこちらに突きつけ、まなじりを釣り上げたファナは断言した。

「兄上、ファナはこういう、えーと『俺はいいけどお前はダメだ』っていう論理が大嫌いなので、黙らせるには形だけでも謝った方がいいですよ」

 笑いを堪えながら言う弟に、アインハルトは天を仰いだ。

「ゼス、お前が一度も徹夜したことが無いのなら……それなりに説得力のある意見だが。聞けんな」

 咳払いをして、背筋を伸ばす。

 ここは一つ、言ってやらねばなるまい。

 謝って事態が解決するならいくらでもそうするが、まったくもってそんなことは無いのだから。

「大体、誰のせいで俺の仕事が増えてると思ってるんだ? ……お前達、二人のせいだろう!」

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