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2ー5

「そうか……みんな、ここにいたのか。ここが一番……安全だからな」

 砦の地下に設けられた、水と食料の貯蔵庫。その片隅で、子供達が抱き合って死んでいた。

 兵士達の遺体を回収した隊は、ここには気づかなかったらしい。

「遺体安置所に、君たちがいないから……生きている、って思っていたかったけど……やっぱり」

 唇を噛む。

 地下ということもあって、ここはドラゴンの直接攻撃に晒されなかったようだが、劫火の余波は彼らを蒸し焼きにしてしまったのだろう。

 恐らくは、生きたまま。

「守備隊はこの子達を守る為に戦ったろうに……なんてこった」

 一人の兵士が悔しそうに壁を叩いた。

 少しでも熱から逃れようとしたのか、一番体の小さい子は水瓶に入れられ、他の子供達が守るように覆い被さっていた。

 変わり果てた姿からは、生前に交流のあったゼクルスでさえ、個人の区別ができない。

 ファナを部屋に置いてきて良かった、と安堵した。

「ゼクルス様……なぜ砦に、幼い子供達が多くいるのですか?」

「あぁ、それはね。ここが退役軍人たちの職場兼孤児院みたいなものだったから、かな」

 別の兵士の疑問に答える。


 かつて戦に敗北したベルンシュタイン家当主――祖父ジスランが戦後処理の中で一番心を砕いたのは、兵士たちの処遇だったという。

 家や家族があるものは帰ることができる。しかし、傷つき家族も財産も失った者には、衣食住と仕事を世話したのだ。

 砦に常駐し、守り切った後進を慈しみ育てるように、と。

 もう本来の役目を果たすことのないアルニ砦だが、守備隊は律儀に守ってくれていた。


「一番年上の子は、確か十一歳。幼い子は四歳だったかな。兵士と血縁がある子供はレティ一人だけで、残りはみんな孤児ばかりだったよ。週に三日は読み書きを教わる時間もあったし……門番のコリンはここで育ったはずだ」

 時が流れ、老兵達が天に召される中で、アルニ砦のような場所は減っていった。

 ゼクルスがしていた慰問は、祖父から父に、そして兄からゼクルスに受け継がれてきたしきたりのようなものだ。

 帳簿をつける兄が『恩給ばかりかさんで困る』とぼやくのをなんとか拝み倒して予算をもらって。

「三ヶ月に一度行けば、諸手を挙げて歓迎してくれるしさ。僕が出来の悪い次男坊だってことを忘れられる場所だったんだ」


 ウルリヒという老兵は、行けばいつも『坊ちゃん、大きくなりましたね』と泣き出す奴だった。

 ハイケという子はゼクルスのナイフに興味津々で、手製だと知ると自分も作りたいと言い出した。城の鍛冶場に招待しようかと提案すると、飛び上がって喜んでいた。

 毎回振る舞うお菓子にいたく感激し、まねして作ってくれたのはマックスだった。美味しかったので、城の料理人に弟子入りする話を提案しようと思っていた。

 抱っこをせがむ子もいたし、誕生日を祝ってもらったこともあった。

 帰ろうとすると、泣きじゃくって「行かないで」としがみつく子もいた。

 

 ――また来るよ、と約束していた。


「……熱かっただろう。今はどうか、安らかに」

 傍らに膝をつき、手を合わせて祈る。

 その後、一人を城に帰らせ兄への報告と葬儀の手配を頼み、残りの兵士達で亡骸を運び出すように頼んだ。



「よっ、と……これで最後だな」

 ファナと二人で、集めた証拠を混ざらないように小袋に入れ、箱に詰めて、馬車に積み込む準備をする。

「疲れただろう、ファナ。帰ったらゆっくり休むといい」

 そう声をかけると、ファナは不安そうに目を伏せる。

「ありがとう……でも、怖いよ……ゼス」

 彼女が伸ばした手を、黙って繋ぐ。

「文字つきの鱗が見つかったってことは、ドラゴンを操る術式があるのよ。どれぐらいの完成度かは分からないけど、この砦を落とせるくらいの……」

「そうだな。ドラゴンが体内に霊素を取り込んで扱えるのなら、術式は核石無しで効果を現すのかもしれない。守備隊は善戦むなしく、という訳か」

 戦乱を生き延びた守備隊の面々は、決して弱くなどなかったのに。

 そんな彼らを無慈悲に殺せる戦力が、誰かの制御下にあるとは想像したくなかった。

「ねぇ、ゼス。私達には『走狗』があるじゃない。研究を再開しようよ。そうすれば、私達だって味方のドラゴンを作れるわ」

「……っ、駄目だよ……あれは」

『走狗』は、ベルンシュタインとシェーデルが共同開発した生体作用術式の一つだが、禁術として封印してあるものだ。

「いつもダメっていうけど、どうして?『走狗』があれば対抗策もできるじゃない」

「実用に耐えない欠陥品だからだよ。知ってるだろ? 融通が利かない上に、施術対象は長く生きられないんだ」

「長くは生きられないって……元々生物兵器を作る術式なんだし、それって欠陥?」

「欠陥だとも。手間と得るものが見合わないだろ」

 ファナは不満そうに頬を膨らませたが、『走狗』の欠陥は術式そのものだけでは無い。

「それに、生物兵器を作るような術式を持ってるなんて王家に知られたら、ベルンシュタイン家はお取り潰しだ。そうなったら僕たち三姉弟は処刑、まだ婚約者だからって、お前も無事じゃ済まないぞ」

 元々は戦に勝つために、数多の職人を抱え、研究を奨励していたのだ。国王が『持っているだけで使いません。あなたに従います』と言って信じるような人物であれば、はなから勝者になれる筈も無い。

 そんな危険なものを何故捨てなかったのかと不思議に思いはしたが、祖父も父もできなかったようだ。

「そうやって王家王家って……『走狗』があれば、みんな怯えなくていいのに。ゼスもハルト兄様もエル姉様だって、守れるもん」

「……うん、ありがとう」

 眼鏡の下、瞳を潤ませたファナの頭をなでる。

「でも、ごめん。研究は再開できないよ。僕に光を取り戻してくれたお前を、危ない目にあわせる訳にはいかないんだ」


 左目を失ったあの日。

 ファナは張り切って術式を組み立ててくれた。

 元々輝石術を愛し、熱心に研究してはいたが、八歳の少女が生体に馴染み、視神経まで再生させるような義眼を作ってしまうとは誰も思わなかったのだ。

 奇跡が起こり、左目が元通りに見えるようになって、ファナや家族全員が喜んでくれた時。

 それは、自分は絶対ファナには敵わない、とゼクルスが悟った時でもあった。


(失明したのがファナだったら、僕は同じような義眼を作ることなんて、とても出来なかっただろう)


 それでも、せめて。

 婚約者を守ることくらいは、したいのだ。

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