【番外編】都合のいい願い
妻が死んだ。結婚してたった1年で。
あんなに蔑ろにしていたのにいざ死んでしまうと虚しくて、ベット上の死体を前に立ち尽くした。
死因は不治の病だった。最期まで妻は一言もその事を告げることなく死んだ。
何故言わなかったのだと身勝手にも怒り、言うわけないかと納得して肩を落とす。やるせない気持ちでいっぱいになり、自分がひどく情けない人間に思えてくる。
結婚して直ぐに言い捨てた言葉は、思い返せば最低の一言に尽きる。それなのに妻は粛々と受け止めて、不平不満を何一つ言うことなく1年を過ごしきった。
もしかしたら、妻は別に自分のことなど好きでもなんでもなく、単に都合のいい結婚相手としてしか見ていなかったのではないだろうか。結婚前に見せていた自分に懐く姿はどこにもなく、まるで別人のようだった。
性懲りも無く胸が痛む。結婚が決まった時あんなに嬉しそうにしていたのは偽りだったのかと、また勝手に傷付いた。
しばらく妻の亡骸のそばで呆然としていたが、ふと部屋の隅に置かれた机の上に書き置きを見つける。
手紙と呼ぶにはあまりにも粗末な、紙の切れ端に淡々と書かれた一言に目を通す。
『来世でも“また”よろしくお願いします』
来世? 来世だと!
鼻で笑ってやろうとして失敗した。笑い声ではなく、代わりに困惑に満ちた疑問が零れ落ちる。
「“また”、俺でいいのか?」
俺なんかで本当に良かったのか。
ロクな夫ではなかったはずだ。利用するためだけに結婚前は散々口説いたくせに、結婚した途端に突き放した最低のクズだ。
今更過ぎる罪悪感で胸の奥が満たされていく。
そう、そうだ。俺は後悔している。自分勝手な利益のためだけに一人の女の人生を潰したのだと、一欠片の良心が痛みで悲鳴をあげていた。
「なんで俺と結婚したんだ」
突き放した時、妻はまるで全てを知っているかのような様子だった。知った上で俺と結婚して、何も言わずに死んでいった。何故。
「……来、世」
もし、と願う。
「“また”来世でも結婚してくれるなら、その時は」
“今度”こそ、知りたい。
妻のことをちゃんと知りたい。
「……なんて、都合のいい願いだな」
自嘲するように独り言ちた後、亡き妻のためようやく葬儀の準備に取り掛かったのだった。