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妹は面倒臭い(でもそこがいい)


 午後三時過ぎ。

 ほんのわずかに陽は傾いているものの、外気はむしろ最高気温に近づいているくらいだ。

 そんな熱気の中、耕平は汗が噴き出すのを感じながら肩にかけたバッグを背負い直し、にぎやかな三人の少しあとをついていく。

「でね、でねっ、この前宮古ちゃんの制服来たときにお母さんに見せたらね――」

「だから言ったじゃない。文美ちゃんはうちの制服のほうがいいって――」

「でも学費かかるじゃん。無理して上めの学校行くより――」

 前を歩く文美はもうさっぱりしたものだ。

 祖父といつものように別れ、今は両隣のふたりとああでもないこうでもないと楽しそうに話している。

「…………」

 耕平には先ほどの妹の反応が未だに理解できないまま。

 今までだって時折かんしゃくを起こしたり、意固地になって世話を焼かされたりもしてきたが、今回は本当に謎だ。

 もしかしたらこいつもそういう年頃になったのかもしれない。兄にはわけのわからない理由で怒ったり、泣いたり、喜んだり。それに振り回されているうちに、だんだん離れていくのだろうか。

 そんなことを考えていたとき。

「そういうことだからっ! まだどっちの学校行くかわからないし、ちゃんと学費溜めておいてね。」

 振り返った文美は当然のような表情で見返してくる。

「はいはい、わかりましたよ」

 兄離れするにしても、まだだいぶ先のことだろう。苦笑しながら妹達のあとをついていくのだった。


「じゃ、お世話になりましたっ」

 ぺこりと頭を下げる文美の服装は駅にきたときと同じ、帽子にだぼっとしたTシャツとハーフパンツにスニーカー。ほんの少し違うのは星川さんからもらったアクセサリーを腕につけ、先輩からもらったゴムで髪をまとめている。下を向いた勢いで落ちたおさげをぱさりと直す仕草もほんの少し大人びていた。

「ん。また遊ぼ」

「楽しかったわ。今度はもうちょっと遠出しましょ」

 ふたりの様子もいつもと変わらない。別れを惜しむでもなく、まるで明日も会うかのように当たり前だ。きっといい年上の友達になってくれたのだろう。

「じいちゃんからもらったおみやげ、帰ったすぐ冷蔵庫入れろよ」

「もぉ、何度も言わなくてもわかってるってば! お兄ちゃんじゃないんだから、大丈夫ですっ!」

 うっとうしそうに兄を追い払うような仕草をした文美は、今度は星川さんと先輩の手を引いていく。そして少し離れたところで何やらこそこそ話し始めた。

「?」

 一体何を話しているのだろうか。が、文美の話を聞くふたりの表情はかなり真剣だ。文美の視線に合わせるように少し屈んで、時折こくこく頷いている。

 やがてふたりの反応に満足したのか、文美が鷹揚に頷くと密談は解散となった。

「じゃ、また来るねっ」

 そしてバッグを重そうに持ち上げた文美はぱたぱた手を振って改札を抜けていく。

「おう、気をつけて帰れよ。帰ったら――」

「わかったから、もぅ!」

 最後にまた鬱陶しそうな表情になった文美はやがて人ごみの中に消えて行った。


「「「…………」」」

 しばらく文美を見送っていた三人はやがて顔を見合わせる。

「ふたりともありがとう。相手してくれて助かったよ」

「いいのよ、私達も楽しかったし。もっといてくれてもよかったくらい」

「うん。文美、いい子だったもん」

 実際、ふたりに助けられたのは確かだ。

 ふたりがいてくれなかったら自分も祖父もぴりぴりしっぱなしだっただろうし、文美だって楽しくはなかっただろう。結果的に『査定』も無事に済んだのだ。

 今度きちんとお礼をしなければ。そんなことを考えていたとき。

「じゃ、今日は解散しましょうかっ」

「え、でも晩ご飯――」

「もうお店の準備しなきゃいけないでしょっ! どんだけ食い意地張ってるのよ、あんたはっ」

「でも――」

「明日食べればいいでしょっ! まったく……それじゃ、耕平もお疲れ様、また明日ね」

「お疲れ様です。また明日」

 きっと気を利かせてくれたのだろう。先輩に手を引かれる星川さんは名残惜しそうに何度も振り返り、やがて渋々連れられていった。

 そんなふたりを見送っていた耕平はやがて店に戻る道を歩き始める。

 妹が帰ってひと段落はしたが、今日も変わらず営業はあるのだ。

 そういえば、先ほど三人で何を話していたのだろう。聞くことができないだけに余計に気になるが、きっとどこかに遊びに行く約束とかそんなものだろう。そんなとりとめのないことを考えながら午後の熱気の中を歩いていくのだった。


 午後九時すぎ――。

「百九十八円のお釣りです。ありがとうございました」

「ごちそうさま。ちょっと火の通し方が足りなかったけど、耕平くんもずいぶん上達したね。またよろしく」

「ありがとうございますっ」

 今日は常連客が申し出てくれて、祖父の代わりに『からあげ定食』を作らせてもらったのだ。及第点ともいえないが、また作らせてもらえるだけでもありがたい。

 最後の客を見送ったあと耕平はすぐにレジ締めを始める。

「おう、精算終わったら明後日のぶんの注文までしておいてくれるか?」

「わかった」

 耕平が顔も上げずに精算作業をしていると、いつの間にか着替えたのかくだけた格好になった祖父がやってきて、スツールに腰かける。

「一週間、大変だったな」

「ん……」

 話しかけられると間違えてしまう。適当に答えながら伝票をまとめていくと、祖父が大きく息をついた。

「あのふたりがいてくれて助かったよ。今度ちゃんとお礼しなきゃな」

「そうだね……」

 実際、祖父は祖父で文美に気を遣っていたのだ。いつものようにぶらぶらしていると叱られてしまうかもしれない。忙しいふりをするのも大変だったはずだ。

「じゃ、俺はちょっと出かけてくるからあとは頼んだぞ」

 それだけ言って祖父は店を出て行った。商店街かそこらをぶらぶらして馴染みの店主のところでお茶でも飲んでくるのだろう。


 それからしばらく。

 レジを締めた耕平はようやく息をつき、顔を上げる。そろそろ文美が寝る頃――。

(そか、もう帰ったんだったな……)

 店内には自分しかいないこともあって驚くくらい静かだ。今までこんな日はいくらでもあったのに、前日まで妹がいたこともあって、余計に静かになったように感じる。

 何だかんだで世話を焼かされたし、手間はかかりはしても、いなくなるとやはり寂しいものだ。

「…………」

 いつも祖父がこっそり競馬中継を聞いているラジオのスイッチを入れ、チャンネル調整して小さな音量で音楽をかける。聞くでもなく静けさに身体を馴らそうとぼんやりしていたときだった。

 ――♪

 ポケットの中のスマホが震え、取り出すと妹からのメッセージ。

 先日撮影した星川さんと先輩の制服を着た姿が添付されている。

 どうやら彼に改めてどちらがいいか聞きたいらしい。

「面倒なこと聞くなよな……」

 とはいえ今はこんな面倒臭さもホッとする。スツールに腰かけた耕平はどう返信しようかのんびり考え始めるのだった。

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