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最終日はお子様ランチ(お子様が食べるとは言っていない)


 文美の滞在最終日。


 フライパンの上に広がった溶き卵がぷつぷつと粟立ち始める。

 その様子をじっと見つめていた耕平は慎重にフライ返しを隙間に差し入れ、チキンライスを包むようにひっくり返す。その上から大皿をかぶせ、フライパンごとくるりと反転させてオムライスの完成だ。

 それから潰さないようオムライスを中央から少し横に寄せ、そばでじりじり音を立てている別のフライパンからハンバーグをひとつ取り、オムライスの横に。

 「「「…………」」」

 カウンターの向こうから、三人分の期待に満ちた視線が注がれているのを感じる。

 そんな視線の中、大きなスプーンでポテトサラダをすくって皿に盛り、その上に揚げたての大きなエビフライを乗せ、自作のタルタルソースをたっぷりと。

 最後に皿の端にリンゴを二切れ添えて――。

「はい、お待たせっ」

 カウンターにそっと置かれた大皿がごとりと音を立てた。



「「「ぉぉぉぉぉぉ……っ」」」

 目の前に置かれた大皿に三人とも歓喜とも驚きともつかぬ声を上げる。

「お代わりはないけど、そのぶん少し多めに作ったからね」

「ん、いただきますっ」

「こんなの食べるのいつ以来かしら……いただきますっ」

 写真も撮らず、スプーンを取っていち早く食べ始めるまおと宮古の間で、文美はスマホで何枚か撮影し、頬を緩ませる。

(ぇへ……ちゃんと覚えててくれたんだ)


 ここでの最後の食事には何でも好きなものを作ってくれるということで、文美が注文したのが『お子様ランチ』だった。そのサイズは大人のそれだが、大皿に盛られているのはすべて幼い頃から好きだったものだ。

 オムライスはふわふわでなく、ちゃんと火を通してチキンライスをぴちっと包んだもの。

 その横には大人サイズのハンバーグ。奥にはポテトサラダと、その上に乗った二本の大きなエビフライに、たっぷりのタルタルソース。

 それと、ウサギの形に切ったリンゴ。

 お皿の横にはグラスに入ったアイスティー。

 サイズアップした巨大なお子様ランチだ。

「どした? ちょっと多かったか?」

「ううん、平気っ、いただきます!」

 スマホを放り出した文美はぽん、と手を合わせ、スプーンを取って遠慮なくオムライスをすくって口に入れた。

「ん……」

 チキンライスは昔と同じ、ケチャップは少し少なめ。卵はきちんと火が通っているけど、硬くなるくらいではない。ちょうどいい火加減。

 ハンバーグも変に生っぽくない。きちんと火が通っていて、味付けは少し甘めのバーベキューソース。

「うんうん……」

 ポテトサラダは枝豆が入っていて――色が綺麗だから好きなのだ――エビフライは小さい頃に食べていたよりもはるかに大きいけど、タルタルソースは昔のまま。

 昔と同じだけど、昔よりもおいしくなっている気がする。

「うん……」

 ざくっ、とエビフライを口に入れた文美はしばらく無言で口を動かしていたかと思うと、アイスティーを一口煽り。

「ん……っく」

「文美?」

「っく、ひっく……ひく」

 気がつけばしゃっくりを始めていた。しかも、じわっ、と目が熱くなる。

 文美自身、予期していない反応だった。

「どしたの?」

「カラシとか入ってたかしら……」

 隣で食べていたふたりも手を止め、兄と一緒に心配そうに見ているのがわかる。

「……っく、ひっく、ひくっ」

 相変わらずしゃっくりは止まらず、目頭はじんわりと熱いまま。しかも、少し鼻水まで出てきてしまったとき、ようやく自分が泣いていると気づいた。

「本当に大丈夫か? 変なものは入ってないはずだけど……」

「…………」

 兄の言葉に文美はただ首を振るだけ。

 何かが嫌とか、悲しいとか、そういうことじゃない。

 お兄ちゃんの料理が上達しているのはふたりの存在があったからだ。

 お兄ちゃんの料理がおいしくなったのは嬉しいけど、わたしのためじゃないと思うと悔しい。それに、わたしの知らないお兄ちゃんが成長してしまったみたいで少し寂しい。いろいろな気持ちが混ざり合って胸がいっぱいになってしまったけど。

「……何でもないっ、ひっく、大丈夫だから食べよっ!」

 しゃくりあげながらも再び食事を始める。

 お兄ちゃんが楽しそうにしてくれていればやっぱり嬉しいし、お姉ちゃん達も好きだし、きっとこれでよかったのだ。それに、わたしのために作ってくれたご飯なのだから、楽しまないと。

「大丈夫ならいいけど、無理して食べるなよ」

「「…………」」

 きっと二人も何か察したのだろう。心配する兄をよそに黙々と食事を始めるのだった。


 それから――。

「ごちそうさまっ」

 スプーンを置いた文美はぱちん、と手を合わせる。

 まだ目は赤く、わずかに鼻をすすり上げたものの、もうしゃっくりもない。

「おいしかったよ」

「そか、それにしてもよく食べるようになったな。ふたりと同じ量だったのに」

「育ち盛りだもん」

 そして兄は文美の前に小皿に乗せたアイスクリームを置いてくれる。文美の好きなイチゴ味。

 やっぱりお兄ちゃんはちょっとずるいかもしれない。こうやって食べ物で簡単にご機嫌を取ってしまうのだから。食い意地の張っているふたりなんか――。

「…………」

 ちらりと左右を見ると、頬杖をついたまおはぼんやりとしていて、宮古はのんびりとコーヒーを飲んでいる。ふたりとも食後の満足感に浸っているのがわかった。

 それだけじゃない。お兄ちゃんが作っているときも、食べているときも、ずっと目がきらきらしていた。

(しょうがないなぁ……)

 アイスをちびちび食べながらも文美は溜息をつくのだった。

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