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兄を射んと欲すれば(後略)


「……参りました」

「ふふん♪ わたしが本気出せばまおちゃんだって余裕なんだから!」

 まおがぺこりと頭を下げると、文美はふんぞり返って腕を組む。

 盤面は白と黒が7:3ほど。もちろんわたしが本気を出したこともあるけど、このお姉ちゃんが手加減していることもわかるようになっていた。

「文美ちゃん、ほんとに強いわねー」

 こっちのお姉ちゃんも。それに、遊んでくれるのがすごく――お兄ちゃんよりもうまいくらい。でも。

(ちょっと物足りないな……)

 きっとお兄ちゃんに気を遣って遊んでくれているんだろうけど、いつまでも『接待』ばかりでは飽きてしまう。ふたりにはもっと本気になってもらわないと――。

(……そうだ♪)

 ある考えが思い浮かんだ文美は思わずほくそ笑む。

「ちょっと待っててっ」

 がたっ、と椅子を膝の裏で押して立ち上がった文美は店の奥に駆けていった。



「結構楽しんでくれてるみたいね」

「ん」

 店の奥では文美が何やら引っかき回しているらしく、ごそごそがたがた聞こえてくる。

「ま、この調子で遊んであげましょ」

 最初はどうなることかと思ったけど、まおも手加減の仕方がわかってきたみたいだし、協力すれば何とかなるだろう。文美ちゃんも慣れてくればいい子だ。もしかしたら、妹がいたらこんな感じだったのかもしれない。

 そんなことを考えていると、店の奥から文美が何か抱えてぱたぱた戻ってくる。

「これっ、次はこれやろっ」

 その腕にあるのは将棋盤と駒が入っているらしい箱。それをテーブルにことりと置く。予想外の展開だった。まさかこの子が将棋をしたがるなんて。

「えーと、ごめんね、文美ちゃん、あたし将棋のルールわからないの」

「私も……」

 チェスならできるし、似たようなものだからあたしは大丈夫だろうけど、まおにはまず無理だ。かといってできないと言ったら機嫌を損ねてしまうかもしれないし……。

 宮古がどう他の遊びに誘導しようか頭を巡らせていると。

「大丈夫っ」

 言って、駒の入った箱を素早く盤面にひっくり返しておき、そっと持ち上げる。

 駒が絶妙なバランスの山となっていた。

「これならみんなでできるでしょ?」

(なるほど……)

 文美が何をやりたいかはすぐにわかった――山崩しだ。

 これなら誰でもわかるし、隣でまおも安堵しているのがわかった。やっぱり文美ちゃんらしい可愛い遊びだ。

 と、思っていたところ、文美が何やら計算高い笑みを浮かべる。

「わたしに勝ったら、お兄ちゃんの秘密ひとつ教えてあげる」

「「…………っ」」

 瞬間、空気がぴりっと張り詰めた。

 この子はあたし達を試している。耕平への気持ちもとうに知っていた――お兄ちゃんのこととなると油断ならない子だ。

 とはいえ、そうなれば絶対にまおに負けるわけにはいかない。

 耕平への気持ちがまおより強いことを証明すれば文美ちゃんを味方にできるし、耕平の秘密だって知りたい。

 思わず隣のまおを見ると。

「…………」

 微かに殺気立った目がこちらを見つめ返してくる。同じことを考えているのがわかった。まさかこんな遊びでまおと対決することになるとは思わなかったけど。

「……わかった。正々堂々勝負よ、まお」

「ん、どっちが勝っても恨みっこなし」

「判定はわたしがしてあげるね。それじゃ、じゃんけんして順番決めよっ、じゃーんけーん――」

 そして期せずして、耕平をめぐる戦いが小さなテーブルの上で始まってしまった。



「…………」

 前のめりになった宮古はそっと山に手を伸ばし、斜めになった駒を人差し指でそっと押し出し、そろそろと立てていく。

 呼吸が浅く、額に冷や汗が浮かんでいるのがそばで見ている文美にも見て取れた。

「…………」

 その横では同じように前のめりになったまおが首を傾け、その様子をじっと見ている。そして宮古がそっと駒を立てて安定させたかと思うと。

「……鳴った! 今、絶対音した!」

 声を上げて駒を指さす。

「鳴ってないわよっ! 幻聴でしょ?」

「今のは絶っっっっっ対鳴った!」

 ふたりは小さな駒を巡ってぎゃあぎゃあ言い合いを始める。先ほどから何かあるたびにどちらかがいちゃもんをつけているせいで、勝負はほとんど進んでいなかった。

(ぷ……っ♪)

 そんなふたりを眺め、文美は内心笑いをこらえるので必死だった。

 やっぱりこれくらいしないと盛り上がらない。ふたりがどれくらいお兄ちゃんのことが好きか確かめるいい機会だ。

「文美ちゃんっ、文美ちゃんはどう思う? 聞こえてないわよねっ?」

「聞こえたよねっ? 絶対音したっ」

「んー、わたしは聞こえなかったけど、まおちゃんには聞こえたかもだし……じゃ、それはのけて宮古ちゃんはもう一回取って」

「「…………」」

 宮古とまおは顔を見合わせていたが、やがてつん、と顔を背ける。どうやら同意に至ったらしい。

 そしてしばらく駒の山を検分していた宮古はそろそろ指を伸ばし始めた。




 五分後――。

 とうとう三人は山を崩し切り、それぞれの駒を数える。

「わたしが12枚、宮古ちゃんが15枚、まおちゃんが11枚……」

 残りは『疑惑の判定』で取り除かれた2枚。

「ということは……っ」

「うぅぅ……」

「宮古ちゃんはわたしに勝ったから、お兄ちゃんの秘密教えてあげるね」

「うぅぅぅぅ……!」

 とうとうまおは机に突っ伏す。

 ネイルが少し邪魔だったのもあるけど、まさか最下位になってしまうなんて。それよりも問題は宮古だけがそらの秘密を知ってしまうことだ。自分だけが知ることができないと思うと悔しくて――まおはカリカリとテーブルを引っかき始めるが。

「あのね――」

「ふんふん……ほうほう……へぇ、それはそれは……」

 まおが見ている前で文美が宮古の耳に口を近づけ、何やらこそこそ教えている。

 それを聞いている宮古もにやにやしていて嬉しそうだ。

(……っくぅぅううううう!)

 きっと大した秘密ではないはずだ。でも、もしかしたら――。

 秘密に触れることができない悔しさがまおの中で様々な疑いとなって渦巻く。

「もう一回! もう一回やろっ!」

 カリカリとテーブルを引っかいていたまおは思わず声を上げていた。


 その五分後――。

「…………やった」

「……んなぁぁぁぁああああっ」

 勝負が決した瞬間、まおは思わずガッツポーズをする。一方、奇妙な声を上げた宮古は机に突っ伏した。

「ふふふっ、じゃあ次はまおちゃんに教えてあげるねっ。宮古ちゃんに教えてあげたのとは別の秘密」

「…………!」

 こくこく頷くまおは微かに身を乗り出し、秘密を教えてもらうのを待つ。

 目の前で悔しがる宮古の姿が優越感を煽った。

「あのね――」

「うん……」

「お兄ちゃん、昔ね……割り箸を煮込むと――それでずっと煮込んでて――」

「うんうん……!」

 何ということはない、そららしい失敗だ。

 割り箸を煮込むとメンマになるというインチキを吹き込まれ、家で延々煮込み続けたというだけ。

 それでも、今まで知らなかった彼の秘密を知ることは嬉しい。きっと宮古に教えたものだって似たようなものだろうけど、私だけが教えてもらう秘密だからいいのだ。

 そばで宮古が悔しそうに見ているのも優越感を煽った。自分でも意地悪だと思うのに。

「んふふ……」

 ついにやついてしまうのをこらえきれない。

 そんなまおを見て、また妙な唸り声を上げた宮古ががばっ、と身を起こす。

「もう一回よ!」



「いいよー、今度はもっとすごい秘密教えたげるっ」

 がちゃがちゃと駒を集めた文美はそれをケースに詰め込み、たん、と盤面にひっくり返す。そして。

「……よござんすか」

「いいよっ、早く早くっ」

「今度は絶対あたしが勝つからねっ」

 ふたりは早く山から駒を取ろうと既に手を伸ばしかけていた。

 そんな様子が文美には楽しくて仕方ない。

(ふふっ、やっぱりこうでなくちゃ……♪)

 競わせてちょっと可哀そうだけど、大したことない秘密でもこんなに必死になるんだから、ふたりともきっとお兄ちゃんのことが大好きなのだ。

 昨日はちょっと怪しい人達だと思っていたけど、こんなにお兄ちゃんのことが好きなんだから、きっと悪い人達じゃない――もうちょっと楽しませてもらおう。

「……ではっ」

 そして文美はそっとケースを持ち上げた。



(三人とも何やってるんだろ?)

 店の隅のテーブルで何やら白熱している様子が気になり、耕平は何気なく歩み寄る。

そろそろおやつを出していもいい時間だし、何を食べたいか聞こうと思っていたのだが。

「「「…………」」」

 三人が囲んでいるテーブルを覗き込むと、中央にあったのはこの店にしまってあった将棋盤と、その上には駒で作った小さな山。

(山崩しか……)

 昔よく文美と遊んでやったものだが、微笑ましい空気は一切ない。異常な緊迫感というか、星川さんと先輩に至っては殺気立ってさえいた。

「「…………」」

 そろそろと人差し指で駒を滑らせる星川さんのそばで、先輩が耳を傾けている。どうやら音を聞き逃すまいとしているらしい。それを眺める文美は何やら楽しそうだ。

 正直、何故ここまで白熱しているのか耕平には理解できなかった。

「なぁ、文美、おやつ何がいい――」

「「黙っててっ!」」

「……っすいません」

 星川さんと先輩の厳しい声に耕平は思わず謝っていた。

 まさかふたりに叱られるなんて……。

 どうやら喧嘩をしているわけではなさそうだが、それ以上声をかけるのもためらわれるほどの殺気にすごすご引き下がるしかない。

 結局、キッチンから遠巻きに三人を見守りながらお茶を淹れるしかなかった。

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