(前略)まず妹を接待せよ
☆
その日の午前中――。
オセロセットを持ったまおは昨日と同じテーブル席についている文美にそろそろ近づいていく。昨日の話もあって、家に帰ってから部屋中を引っかき回して探し出したカードゲームやボードゲームが詰まっているトートバッグはぱんぱんだ。
あんまり年下の子と遊ぶことがなくて何が楽しいのかわからないけれども、とにかくこれだけあればどれかは当たるはずだ。
その横では宮古も同じようにそろそろ歩いている。
「…………」
髪はひとつしばりで肩に垂らし、Tシャツにハーフパンツとサンダル、昨日より少しくだけた格好の文美は、ふたりの接近をじっと見つめている。どう行動しようか決めかねているようだ。上の階――恐らく兄の部屋――をちらちら見ながら、オセロのボードもちらちら見ていて、好奇心が見え隠れしているのがまおにもわかった。
結局、ふたりが同じテーブル席についても逃げ出すことはなかった。
「ね、文美ちゃん。よかったらお姉ちゃん達と遊ばない? お兄ちゃんが働いてる間、ずっと待ってるのも退屈でしょ」
「私達も暇だから」
「…………」
しばらくまおと宮古に値踏みするような視線を向けていた文美は、やがてふん、と鼻を鳴らす。
「いいよ。言っておくけど、わたしこういうゲーム強いからね」
「そうなんだ。じゃ、まおとやってみて。このお姉ちゃんも結構強いから」
「え――」
オセロなんてやるのは数年ぶりなのに――強かったこともない。
思わず宮古に目で訴えるが、宮古は同じように目配せしてくる。多分、強敵だから手加減するなということなんだろう。年下相手にむきになっても可哀想だけど、宮古が言うなら仕方ない。
「わたし白がいいっ、そっちは黒ねっ」
「わかった」
5分後――。
「~~~~~~~~っ」
「…………」
膝の上で握り拳を固める文美の顔は真っ赤だ。
その向かいではまおが不思議そうに盤面を見ている。盤面は8割ほどが黒くなっていて、誰が見ても勝敗は明らかだった。
「うぅぅぅ~~~~っ」
(文美、どうしたんだろ?)
ただの遊びなんだからそんなに悔しがることないのに。わけがわからず盤面を見つめていると、宮古に腕を引かれ立たされる。そのまま、離れた場所に連れていかれた。
(なにやってんのよっ、ちょっとは手加減してあげなさいって合図したでしょっ)
(だって……)
ようやく先ほどの視線の意味が『手を抜け』ということだとわかった。が、そんなこと気づけるわけがない。
そんなまおの反応に宮古は溜息をつく。
(あんた、きょうだいとかいないんだっけ……)
(……うん)
下の子と遊んであげた経験がないし、上から遊んでもらった経験もない。年下の子とどう遊んでやればいいかわからないのだ。
(……ちょっと見てなさい)
そして宮古はまおの席に戻ると、かちゃかちゃと手早く石を整理して、文美の前に置く。
「ごめんね。あのお姉ちゃん、文美ちゃんが手加減してあげてるからって、調子乗っちゃったみたいなの。今度はあたしとやりましょ」
「…………うん」
真っ赤な顔で俯いていた文美はやがてぱちぱちと石を置き始めた。
5分後――。
「ふふんっ、本気出せばこんなもんなんだからっ」
「うーん、やっぱり強いなー、文美ちゃんは。もう一回やりましょ」
「いいよ、お姉ちゃんもまぁまぁ強いもん」
盤面は白が6割ほど。はたで見ているまおからも宮古がうまく勝たせてやっているのがわかった。手加減を見抜かれないよう、ぎりぎりで勝たせてやっているのだ。
途端に機嫌をよくした文美は嬉しそうに石を並べ始めている。
(あんなふうにするんだ……)
この年齢にして初めて、まおは年下の子との遊び方を学んでいた。
★
(よかった……)
店の隅のテーブル席を囲んで三人が何やら楽しそうにしているのを見て、耕平はキッチンで胸をなでおろす。あのふたりが文美に近づいたときは何が起きるのかと慌てたが、どうやら遊んでやっているらしい。
「あ~、もうちょっとで勝てたのにっ もう一回、もう一回やろっ」
「そうね、それじゃ次はこっちのお姉ちゃんとやってもらおうかしら。今度は手加減しなくていいからね」
「いいよっ、今度はわたしが勝っちゃうもんね」
「よろしく……」
意外なことに先輩は文美と遊んでやるのがかなりうまい。手加減して勝たせたり、時々負かして悔しがらせたり、普段オセロなんてやらない文美が夢中になっている。きっと姉妹がいるから遊び方も知っているのだろう。
一方の星川さんはというと。
「え~、そんなとこ置くの?」
「……端っこ好きだから」
手加減の仕方がわからないらしく、恐る恐るといった感じで石を置いている。初めて仔猫に出くわして、どう接していいかわからない大人の猫みたいだ。とはいえ。
(……よかったな、文美)
店の隅で兄の働きぶりをチェックしてかりかりしているようではあまりにも可哀そうだ。かといって自分は遊んでやることもできないし、ふたりがいて相手をしてくれた助かった。
(ふたりにはお礼しなきゃ)
あとで何かいいものを食べてもらおう。そう頭の片隅に書きつけてキッチンを掃除するのだった。




