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妹の夏休み


 翌朝――。

「…………」

 まだ目覚ましが鳴る前。

 奇妙な寝苦しさに目を覚ました耕平は、何かがまとわりつき、腹のあたりに何か乗っかっている懐かしい感覚の正体がしばらくわからなかった。

「ん……」

 彼が身じろぎしたことに反応したのか、寝息を立てながらも文美はさらにしがみついてくる。彼の腹に乗っかっているのは投げ出された脚だった。パジャマ代わりのTシャツはまくれ上がってお腹も出ている。

(まったく……)

 以前から一緒に寝るとごろごろ動いたり、兄をベッドから蹴り出そうとしたり、以前からまったく変わらない様子に笑みがこぼれる。いつまでも幼い妹のままではいてくれないとわかってはいても、こういうところがまだ残っていてホッとする。

「文美、そろそろ起きるか?」

「……やだ」

「ちょっと買い物行ってくるから、そのあとで朝ご飯にするな」

「じゃぁわたしも行く……」

 一瞬覚醒しかけたものの、文美はもう寝息を立て始めている。どうやら夢の中では目を覚まして、着替えている最中なのだろう。

「できたら起こしてやるから、もうちょっと寝てていいぞ」

 文美の脚をどかした耕平は身体を起こし、タオルケットを妹にかけてやり、静かに着替え始めるのだった。


 午前九時前――。

「いただきまーす!」

「いただきます」

「…………」

 店の隅のテーブル席についた三人はぱちん、と手を合わせてから食べ始める。

 それぞれの前に並んでいるのは焼き魚、豆腐とわかめの味噌汁、卵焼き――文美のために少し甘めにしたもの――キャベツの浅漬け、もちろん炊き立ての白米。飲み物は冷たい緑茶。

 カウンターの隅に置かれたラジオからは朝の情報番組が流れ、今日の天気やおすすめスポットなどの紹介している。祖父の好みで、わざわざテレビ番組をラジオで聞きたいらしいのだ。

「うんっ、やっぱり朝は和食がいいかもっ」

 焼き魚を突きつつ、文美はぱくぱくと白米を食べている。時折浅漬けをつまみ、卵焼きを口に放り込み、味噌汁をすすり、かなりのペースだ。

「そか。卵焼き、甘すぎないか?」

「ちょうどいいくらいっ」

「…………」

 その間、祖父は黙々と食べ続けている。甘い卵焼きが好みでないのは知っていたが、文美が喜んでいるのだからこれくらいは我慢してくれるはずだ。

 それにしても――。

「よく食べるようになったな、文美。ご飯お代わりするか?」

「するっ! さっきと同じくらいねっ」

 文美がさっと差し出したきたお椀を受け取り、ご飯をよそってやると。

「……何でだろ、いつもより食べちゃうんだよね。お兄ちゃん、前より料理上手になったのかな?」

 お椀を受け取った文美はまたぱくぱく食べ始める、昔から変わらない光景。

(文美はもう大人の量と一緒でいいか……昼は何作るかな)

 上達したかはわからないけれども、妹に喜んでもらえるのはやっぱりいいものだ。のんびりと食べながら、久しぶりに妹に食事を作る楽しさを思い出すのだった。



(なんか……おじいちゃんちに来た感じする)

 兄が作った朝食を食べながら、文美は奇妙な感覚に戸惑っていた。

 うっすらかかっている冷房、いつもと同じラジオ番組、みんなで飲んでいる冷たい緑茶は安いパック。以前からまったく変わらない朝食風景は夏休みの朝そのものだ。

「耕平、午前中のうちにいつもの発注やっといてくれ」

「わかった。野菜は近所のスーパーで少し安く買えそうだからそっちで買うよ」

「おう。頼む」

 祖父と兄の会話もいつもと変わらない。前に来たときからずっと同じ、わたしがいないときも、きっとずっと変わらずに続いているやり取り。

 そんな日常に入り込んでしまったような、場違いな感覚。わたしはこの家の『お客さん』なのだ。

「文美、午前中は一緒にどこか行くか?」

「んー、いいや……暑いし、宿題やる」

「そか。店が休みの日なら夜でもいいし、またどこか行こうな」

「それならみんなで外食でもいいぞ。じいちゃん、いいお店知ってるから」

「ううん、お店で食べる。外食はいつでもできるけど、ふたりのご飯は今しか食べられないもん」

「そうか。それならじいちゃんも頑張らないとな」

 文美の言葉に目を細める祖父は本当に嬉しそうだ。

 お兄ちゃんもおじいちゃんもわたしに気を遣ってくれる。

 それに、こうしてお兄ちゃんがいろいろ構ってくれるのはやっぱり嬉しい。こうなったのはお店にお兄ちゃんを取られたからのはずなのに、お店に来て楽しくなるなんて、変な感じだ。

 でも――。

「あのお姉ちゃん達、今日も来る?」

「多分な。やっぱり同年代の子じゃないと話合わないか?」

「そういうのじゃないけど……」

 あのふたりのことがやっぱり気になる。お兄ちゃんの作るものが好きなのだから、悪い人達ではないはずだ。でも、だからといって悪いコトを吹き込んでいないとも限らない――見張っておかなければ。

「嫌なら俺の部屋に隠れてればいいから。ふたりにも絡まないように言っておくよ」

「ありがと」

 お兄ちゃんの部屋なら絶対安全だ。でも、わたしが見ていないとにあの二人が何をするかわからない。店にいる間は絶対に目を離さない。そう心に誓い、文美はまたご飯をおかわりするのだった。

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