妹は完全無敵生命体ー②
♪
(あの人達……)
カウンター席に腰かける二人の後ろ姿をちらちら見る文美は、既に確信していた。
(あの人達がお兄ちゃんに悪いことを教えてるんだ!)
それぞれがお店に入ってきた時点ですぐにわかった。
あとから来たほうはどう見てもギャル――いかにも教育に悪そうな人。人のことをじろじろ見るし、結構失礼だ。
最初に来たほうはちょっといいところの子みたいだけど、もしかしたらそういう雰囲気でお兄ちゃんを騙そうとしているのかもしれない。
第一、ふたりが知り合いなのも変だ。どう考えても接点がなさそうなのに。
ふたりでお兄ちゃんを騙そうとしている可能性もある。
(そうはさせないもん! 絶対あの人達の悪事を突き止めてやるっ!)
もし止められなかったら、本当にお父さんとお母さんに言いつける。
そう心に強く決めた文美の元に、グラスとピッチャーを持った二人がそろそろ近寄ってきた。
「こんにちは、文美ちゃん。ご機嫌いかが?」
「お菓子食べる?」
ちょっとお嬢様っぽい子が文美の前にグラスを置き、そっと水を注ぐ。
悪そうなほうはポケットから小さな飴の包装をいくつか取り出して、机に置いた。
「…………」
それでも文美が相手にせずにいると――拒絶とは受け取らなかったのか――恐る恐る同じテーブル席についた。
「文美ちゃん、何年生だっけ?」
「……中一」
「何中?」
「……別にどこだっていいでしょ。それより、お姉ちゃん達、誰?」
やっぱり悪そうな方は少し失礼だ。というより明らかに不良っぽい。髪は綺麗に手入れしてるけどピアスとかアクセサリーとかいろいろつけているし、服装もちょっとぼろっとしてるし、野良猫みたいだ。
この人は減点1。頭の中でそうメモをつけていると。
「ごめんね。このお姉ちゃん、人との接し方知らなくて。悪いやつじゃないから」
言いながら、お嬢様っぽい子が机に置かれた飴玉の包装を開いて、文美の目の前に滑らせる。
「お姉ちゃんは東雲宮古っていうの。こっちの態度が悪いほうは――」
「星川猫」
「それで……? 何のご用?」
わたしの機嫌を取ろうとしても無駄だけど、まぁ、話くらいは聞いてあげてもいい。そんなことを考えながらも文美は包装が向かれた飴玉を口に放り込んだ。
「お姉ちゃん達はお兄ちゃんのお客さんなの。いきなりお店にいたからびっくりしちゃったかしら」
「……お客さん? じゃあ、営業してる時間に来ればいいじゃん。何で今いるの?」
それがやはり文美には気に入らない。ただでさえ兄をこのお店に取られて忌々しく思っているのに、こうしてお店に入り込んで悪いことを教えているなんて。
「んー……私達、そらの特別なお客さんだから」
「何それ」
特別、という言葉がまた文美を苛立たせる。兄が自分以外をこんなに大事にしているなんて今まで聞いたこともなかった。
が、まお――ギャルのほう――は相変わらずのふてぶてしさだ。脚を組んで椅子に腰かけ、机に肘を突いて飴をぼりぼりやっている。
「そらの作るご飯好きだから、毎日来てたらこんな感じになっちゃっただけ」
「まぁ、その……いろいろあるのよ、お姉ちゃん達にも。お兄ちゃんにはとてもお世話になってるの」
(そういうことかぁ……)
お兄ちゃんは優しいからこの人達にご飯を恵んであげて、それでこの人達はお兄ちゃんのご飯につられてきているのだ。文美は内心溜息をつく。
(……お兄ちゃん、昔からこれなんだから)
自分のご飯を食べてくれる人がいると甘くて、いいようにされてしまう。でも、思ったより悪い人達ではないのかもしれない。お兄ちゃんのご飯がおいしいのは本当だし。
「お兄ちゃんのご飯、そんなに好き?」
「……うん、それはもう。好きよ」
「うん、好きっ」
「そう……」
悪い人達ではない。けれども、『好き』の響きでわかってしまった――この人達はお兄ちゃんが好きなのだ。
「…………」
途端、文美の中の警戒心が一気に膨れ上がる。
この人達はお兄ちゃんを狙っている。私から奪う気だ。お店だけじゃなくて、この人達にもお兄ちゃんを取られるかもしれない。
(絶対、どっちにもお兄ちゃんは渡さないからねっ!)
飴をぼりぼりかみ砕きながら、文美はふたりに疑いの目を向け続けるのだった。
★
(大丈夫か……ふたりとも。文美のやつ結構頑固だからな)
隅のテーブル席で何やら話し込んでいる三人を、耕平はキッチンの中からちらちら確認していた。耕平自身、妹の相手に精一杯で、二人が来るまでその存在が頭から飛んでいた。
ただでさえぴりぴりしているのに、いきなり初対面の人間がいたらどんな反応をするか、まったく読めなかった。が、ふたりとも――どうやら先輩のお陰で――それなりにうまく接近しているらしい。
何となく新入りの子猫に大人の猫が恐る恐る近寄っているみたいで、少しハラハラもさせられるが。
(ま、とにかくよかった……)
ふたりには悪いけど、これで文美の気が逸れてくれれば――。
「お兄ちゃん! お腹空いた!」
「わかった、今作る」
突然、妹が声を上げたときには耕平はもう動き始めていた。
昔から文美がこうして声を上げると作ってやっていたせいか、兄の本能か、妹が空腹を訴えると身体が勝手に動き始めてしまうのだ。
(えーと……)
そして以前作っていたものをまた作り始めてしまう。
卵、ネギ、ベーコン……。
三人分を素早く冷蔵庫から取り出した耕平はもうコンロに向かっていた。
◇
(うーん……これはなかなかの強敵ね)
目の前で椅子にだらしなく腰かけ、スマホを弄る文美の姿に宮古は内心溜息をつく。
最初はうまく接触できたものの、なかなか友好的になってくれない――最初より警戒されているくらいだ。
「あそこの中学なんだ。数学に怖い先生いるってほんと?」
「だからー! わたしの学校の先生なんてどうでもいいでしょぉ……しつこいなぁ」
「前に宿題忘れたらすごい怒られたって――」
キッチンからは普段とは違うガチャガチャと騒がしい調理の音と、やっぱり普段と少し違う香ばしい匂いがしてくる。
そんな中、どうやらまおなりの人脈で話題を広げようとしているみたいだけど、なかなかうまくいっていない。いつもならカウンター席でそわそわしているまおにしてはよく頑張っているくらいだ。
「そんなこと言ったらそっちだってギャルじゃん! どうせいつも怒られてるんでしょっ」
絡んでくるまおを威嚇しているのか、文美は喉の奥で機嫌の悪そうな唸り声を上げている。
誤解かもしれないが、敵視されていることには話している最中にとうに気づいていた。私達にお兄ちゃんを取られるかもと警戒しているのだ。その気持ちはわかるものの。
(どうしたもんかしら……)
まおがしきりに絡み、それを文美が威嚇しているのを眺めながら、宮古は腕を組む。知らず、お腹が鳴ろうとしたとき。
「お待たせ。文美はちょっと少なくしといたぞ」
お盆を持った耕平が席までやってくる。
二人の前に置かれた大き目の平皿に乗っていたのは――。
「チャーハンっ、そら、こんなの作れたんだ……」
「そうだよ。お兄ちゃん、昔からよく作ってくれたんだからっ!」
先ほどからがちゃがちゃやっていたのはお米を炒めていたのだろう。普段と少し匂いが違ったのもこのせいだ。
刻んだ葱や細かく切った何かの肉、もちろん溶き卵が混ざったぱらぱらのお米が半球状にお皿の上でまとまっていて、付け合わせに葱と解き卵のスープの入ったお椀。しかし。
「「え…………っ」」
が、文美の前に置かれたそれを見て、宮古と文美は絶句する。
少しサイズダウンしたチャーハンの山の上には小さな国旗が立っていた。
今までいろいろ作ってもらってきたし、そのために耕平が大変な想いをしてきたのも知っている。でも、ふたりともこんな特別扱いは一度もされたことがない。
「いただきまーす♪」
が、文美はそんなことも気にしないのか、さらに添えられたレンゲを取って早速食べ始めている。
(この子……)
やっぱりとことん耕平に甘やかされてきたのだ。きっと昔から同じものを食べさせられて当然のことなのだろう。
「…………~~~~~いただきます」
横ではまおが喉の奥で何やら唸っていたかと思うと、やがてもそもそ口にして食べ始めた。
「……いただきます」
これは小娘とふたりがかりでも敵わないかもしれない。そんなことを考えながら宮古もレンゲを手に取った。




