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妹は完全無敵生命体ー①


 午後の日差しがピークを迎える頃――。

 うつい亭のドアを開けた瞬間、店内の空気がいつもと違うことに気づいた。

(……なんだろ?)

 中に足を一歩踏み入れるとさらに様子がおかしい。そらはいつもよりも真面目に働いているように見えるし、おじいちゃんも真面目に働いているフリをしている――いつも買ってきたスポーツ新聞を読んでいるくらいなのに。先に来ていた宮古もスツールに座って小さくなっていた。みんな何かに気を遣っているというか。

 と、店の一角に妙な違和感を覚えそちらを見ると。

「…………」

 一人の少女がテーブル席に腰かけてスマホを弄っている。まおに凝視されているのも意に介さないのか、顔を上げようともしなかった。

(どこの子だろ……?)

 この時間にお店にいるということは普通のお客さんじゃない。まだ中学生くらいの子なのに、妙に落ち着いているというか。初めて見る子のはずなのに、お店に馴染んでいる感じもする。まおの中に妙な好奇心が湧き上がってきた。

「ねぇ――」

 声をかけて近づこうとしたとき。

(ちょっと、まお……! 来なさいっ!)

「?」

(いいからちょっと来てってば!)

 宮古が声を抑えてぱたぱたと手招きしている。かなり必死な様子でやっぱり様子がおかしい。もしかしたらこの謎の子と関係があるのかもしれない。相変わらずスマホを弄っている少女をちらちら見ながらいつもの席に腰を下ろすのだった。


「それで? 誰あの子」

「耕平の妹」

「……は? そらの?」

 宮古の言葉にまおは思わず振り返り、少女をまじまじと観察し、今度はカウンターの中にいる耕平と見比べる。その間も席についた少女は気にした様子もなくスマホをいじっていた。

「そら、妹いたんだ」

 不思議な感じに、まおは何度も兄妹の顔を見比べる。今までお店にいたのはそらとおじいちゃんだけで、離れたところに家族がいるのはわかっていても、こうして自分の知らないところで誰かとのつながりあったと思うと妙にざわざわするというか。

「あたしも前にちょっと聞いただけだし、初めて見るけど……あんまり似てないわね」

「名前は?」

「文美ちゃんだって」

「ふ~ん……で、何しに来たの?」

「それがちょっと困ったことになったのよ――」

 立ち話をするおばちゃんのように手をぱたつかせる宮古に顔を寄せ、まおはことのあらましをやっと聞くことができた。


 甘ったれの文美は兄が家を出ていき、ここで働いていることに納得していないこと。

 それを阻止するために時々店に来て兄の働きぶりをチェックしていること。

 もし落ち度があれば親にそれを知らされてしまうこと。

 ………………。

 …………。

 ……。


「それって、そらの悪いところを親に告げ口して家に帰らせようってことでしょ? やりすぎじゃない?」

 まおにとってはあまりにも乱暴な話だ。家族だからっていきなり出てきて、そらの好きなことをやめさせようなんて。第一、そらは悪いことをしているわけでもないのに。

 が、そんなまおの言葉に宮古は溜息をつく。

「……あんた、きょうだいは?」

「? いないけど」

 何しろまおはひとりっ子だ。きょうだいという感覚もわからない。

「じゃあ、教えておくけどね、妹っていうのは完全無敵生命体なの」

「……? 何それ」

 宮古らしからぬ言葉に思わずまおはぷっと噴き出してしまう。が、宮古に冗談を言っている気配がない。

「妹っていうのはお兄ちゃんやお姉ちゃんに可愛がられているものなの。だから当然懐いてるし、わがままだし、何でも自分の思い通りになると思ってるのよ」

「……うん」

 わかるようなわからないような。

「あの様子だと耕平に相当甘やかされてきたわね。たぶん毎日いろいろ作って食べさせられたでしょ」

「…………」

「それでお兄ちゃんが家を出て行ったらどうなると思う? ずっと家にいて可愛がってくれた人が突然いなくなるのよ。毎日ごはんを作ってくれた人が自分の知らない場所で自分の知らない人にご飯作ってるのよ」

「…………」

「あの子にとってはこのお店にお兄ちゃんを取られたようなものなの」

「…………」

 宮古の言葉はまおにも一応理解できた。

 大事な人が突然いなくなって別の場所で生活しているなんて。店に入った瞬間に覚えた妙な緊張感というか違和感の正体はこれだったのだ。文美にとってこのお店はいいものではないし、そらもおじいちゃんも文美に悪いという気持ちがあるから、一生懸命働いているふりをしてご機嫌を取ろうとしている。

「でも、そら、悪いことしてないじゃん……ずっと頑張ってるし、私達においしいもの作ってくれてるし……」

 誰かを不幸にしているわけでもないのに、好きなことをやめさせられるなんてやっぱりあんまりだ。ぐずぐずするまおに宮古はグラスの水をひと口煽り頬杖を突く。

「そこが難しいところね。文美ちゃんにもわかってるんだろうけど」

「…………」

 沈黙が訪れる。今日はふたりが忙しく働いている――フリをしている――せいか、店内はいつもより少し騒がしく感じた。カウンターの中のものを引きずったり、ものを動かすがちゃがちゃする音が聞こえてくる。

「それで、これからどうなるの?」

「文美ちゃん次第。何日かここにいるみたいだから、気に入らなかったらご両親にお話しして連れ戻すように言うかもしれない。あたし達だってチェックされてるわよ」

「でも、妹が告げ口したからってお店やめるとかさすがにありえなくない? 耕平だってそんなこと聞かないでしょ」

 それがまおにはまだ不思議だ。妹がどういうものか、文美がどういうつもりで来ているかわかっても、実際に耕平を家に帰らせるなんて。ただでさえ頑固なそらがお店を辞めるなんて無理な気がする。

「……できちゃうのよねぇ、それが」

 頬杖をつく宮古は溜息をつく。

「あの子の言葉は耕平も絶対無視できない。めちゃくちゃにわがままを言って、しかも親に迫ったら、耕平だってたぶん言うことを聞いちゃうはずよ」

「そんなのめちゃくちゃすぎるじゃん……! 家族だからって――」

「だから、妹は完全無敵生命体って言ったでしょ。そういうのが許されちゃう存在なのよ。今はまだおとなしくしてくれてるほうだわ」

「…………」

 ひとりっ子のまおにとっては衝撃的な話だ。年下のきょうだいというものがそんなに傍若無人に振る舞うことが許されるなんて。

 宮古の話もずいぶん真実味がある。ここまでわかっているなんて――。

「もしかして、宮古ってお姉ちゃんいる?」

「…………っ」

 途端、宮古の顔がカーッと赤くなる。

「う、うるさいわねっ、あたしの家族関係はどうでもいいでしょっ」

「ふふふっ、やっぱりそうだと思った」

「妹にだって人知れず苦労があるのよっ」

 宮古がこんなにわがままなのはお嬢様とかだからじゃなくて、きっとお姉ちゃんがいて甘やかされてきたからだ。

 そんなやりとりがしばらく続いたのち――。

「……それで、どうする?」

「まぁ、文美ちゃんの気持ちは痛いくらいわかるけど、耕平を辞めさせるわけにはいかないわよね」

「「…………」」

「ここは手を組みましょ」

「わかった」

 そらがお店に残れるよう、一時的に協力して文美の抜き打ちテストをしのぐしかない。

 ふたりは固くカウンターの下で硬く手を握り合うのだった。

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