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妹一匹ご来店


 午前9時過ぎ――。

 夏の陽は既に高く昇り、駅前のアスファルトをじりじりと焦がしている。

 駅舎の日陰に佇む耕平は改札から出てくる人々の中に目当ての人物を探していた。恐らく今出て行った各駅に乗っていたはずだ。

 と、改札を抜けてくる人々の中に少し身長の低い姿を見つけた。肩にかけた大きなボストンバッグをぶつけながら機械の間を通り、苛立たしにスマホを読み取らせて出てくる。まだ耕平を見つけていないのかきょろきょろと周囲を見回していた。

(変わってないな)

 と言っても最後に会ったのは数か月前だが。

 少し大きめの帽子にだぼっとしたTシャツ、ハーフパンツ、スニーカー。この前は下ろしていた髪はふたつ縛りにしていた。夏仕様という感じだ。

 耕平が近寄っていくと、ようやくその存在に気づいたのかとことこやってくる。

 いつもころころ笑う無邪気な顔立ちも少し大人びたというか、数か月ぶりに会うたびに懐疑的なものに変わっていく感じがする。成長期というやつなのだろうか。仔猫と成猫の間の微妙な時期というか。


 やってきたのは耕平の4つ下の妹――文美。今年中学に入学したばかりだ。

 春、夏、冬の休みの時期になると、祖父の店に帰省がてら数日間泊まっていくのが年中行事になっていた。

 以前は超がつくくらいの甘ったれで、耕平も実家にいた頃はそんな妹を可愛がっていたし、文美もかなりのお兄ちゃん子で世話を焼かされたものだ。祖父の家に住み込むことになったときなどは大泣きされて大変なくらいだったのだが。


「またそんな大荷物で来たのか? 大変だろ」

「別にいいでしょ。お兄ちゃんが使うわけじゃないんだから」

 そして、彼の足元にどさっとバッグを下ろすと。

「大変だと思うなら持ってよね」

 それだけ言って店の方向に歩き始めた。

(まったく……)

 いつまでも昔の無邪気な妹ままでいてくれるわけにはいかないとわかっていても、やはり寂しいものがある。それに、文美が泊まりにくるのは別の理由もあるのだ。耕平としてはあまり望ましい理由ではないが。

(ま、来てくれてるんだからな)

 理由はどうあれこうして会いに来てくれたんだから、こっちにいる間はできるだけ楽しく過ごせるようにしてやろう。そんなことを考えながら妹のあとを追うのだった。


 店では既に祖父が待ち構えていた。

 耕平がドアを開けてやり、文美が入ってくるのを見てカウンターから身を乗り出してくる。

「お~、よく来たな文美。少し背伸びたか?」

「うん、少しだけね。あと、おじいちゃんにおみやげ持ってきたよ。ふたりで食べてって」

 耕平の持っているバッグから紙袋を出して祖父に手渡すと、祖父は目を細めてそれを受け取る。文美の様子も兄に対するものよりはだいぶ柔らかい。

「いつもありがとうな。今度はどれくらいいるんだ?」

「う~ん……一週間くらいかな」

「そうかそうか、ま、ゆっくりしていくといい。寝るのは耕平と一緒でいいか?」

「うん、ちょっと狭いけどあとでお布団貸してね」

「すぐに出しておくよ」

 祖父にとっては可愛い孫なのだろう。一応自分も孫なのだが、目を細めて話す姿に耕平は複雑な気分だ。

「今飲み物出すからな。お茶でいいか?」

「うん、ありがと」


 祖父がキッチンで動き始めると、文美がじっと店内を見回し始める。

 おもむろにテーブルに近づき、調味料が乗っているトレー、容器の底をじっと確認する。かと思うと窓に歩み寄り、サッシに指を走らせたり、ガラスに息を吹きかけたりし始めた。

(……始まったか)

 これが妹が泊まりにくる別の目的だ。

 どうやら兄が真面目に働いているか調べて親に報告しているらしい。もし働きぶりが文美に納得いかなければよくない報告をされる――要するに『査察』に来ているのだ。もちろん営業が始まれば接客態度まで見られることになる。

 どうやら両親はそんなことはさせておらず妹が勝手にやっているらしいが、悪い報告をされるのは耕平だって避けたいし、妹がそんなことをする理由だって何となくわかっていた。

 そういうわけで、ここ最近妹が泊まりにくるたびに甘んじて査察を受けることになってしまっていた。特に今回は前日にいきなり妹から連絡がきたこともあって、ほぼ抜き打ちだ。


 その間にも文美はとことこ客用トイレに歩いていき、すぐに出てくる。

「これくらいなら、まぁ、いっか」

 何やらぶつぶつ言っていた妹がまた何か探し始め、きょろきょろし始めたとき。

「文美、朝ごはん食べたか? じいちゃんが何か作ってやろうか」

 途端、文美の顔がぱっと明るくなったかと思うと、店の隅のテーブル席に腰を落ち着けた。店内を見渡せる場所が好きらしい。

「じゃ、作ってもらおうかな」

「おう、何でも作ってやるぞっ、何食べたい?」

「うーん……任せるっ。ちゃんとおとなの量でいいからね」

 とりあえず祖父が助け舟を出してくれたが、いつまでも食い気で誤魔化すわけにはいかないだろう。

(やれやれ、今回も大変そうだな……)

 半ば溜息、半ば苦笑しながら耕平は妹を構ってやるため、水の入ったピッチャーとグラスを持って隣の席に腰を下ろすのだった。



「父さんと母さんは元気にしてるか?」

「普通。お父さんが出張行ってるから、お母さんずっとぐうたらしてるけど」

「はははっ、元気ならよかった。文美はどうだ? そろそろ学校慣れたか」

「まぁまぁかな。同じ小学校の子ばっかりだし、新しい友達はなかなかできないね」

「そか。知らない人間ばっかりよりはそっちのほうがいいかもな」

「…………」

 お水を注いでくれるお兄ちゃんは数か月前と何も変わらないように見える。

 力仕事をしているから運動不足とは無縁だし、のんびりした雰囲気も変わっていない。わがままをいうたびに困っていた顔だってそのままだ。

 でも、ほんの少しだけおとなっぽくなった感じがする。

(……何でだろ?)

 そんな兄の変化を訝しんでいたときだった。

「文美、最近髪伸ばしてるのか?」

「えっ――」

 一瞬、頬が緩みそうになるのを文美はかろうじて抑え込む。まさかお兄ちゃんがそんなことまで見ているなんて。でも、こんなことでご機嫌を取られるわけにはいかない。お店にいる間は厳しくチェックするのだ。

「まぁね。校則違反じゃないし」

「そか。でもメイクとかはそれくらいにしとけよ。学校始まったらしないだろうけど」

「っ?」

 思わず兄の顔をまじまじと見つける。が、次の瞬間。

(おかしい……!)

 文美の中に警戒心が芽生える。

 鈍感なお兄ちゃんがそんなことに気づくはずがない。本当にバレるかどうかぎりぎりのナチュラルメイクだったのに。

「……お兄ちゃん、最近いいこととかあった?」

「いいこと? そうだなぁ……」

 ぼんやり店内を見回す兄の目がカウンターの一角に据えられる。

「ちょっとあったかな」

(やっぱり……!)

 何かを思い出しているのか嬉しそうな兄の表情に文美は確信する。

 女の人だ。間違いない。お店にくる女の人の誰かがお兄ちゃんに悪いことを教えているのだ。

(絶対突き止めてやるっ!)

 それであんまりにも手が付けられなかったら本気でお父さんとお母さんに言いつけてやる。今回はお客さんにも注意を払わなければ。

 そんなことを考えながらグラスの水をひと口煽った。

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