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今日はみんなが勝者にー②


 その日の午後――。

 強烈な日差しがピークをわずかに過ぎる頃、耕平は店の前に水を撒いていた。

 ホースの口を指で潰し、往来に注意しながら撒いてはみるものの、冷えているという実感はほとんどない。撒いたそばからアスファルトにしみ込むか、乾いていってしまう。

 半ば無駄だとは思いつつも、蛇口をわずかに開いて水の勢いを強くしたとき。


「ちょっと、危ないじゃないっ!」

 ハッとして声の方を振り返ると、先輩が飛びのいてホースの水をかわしたところだった。

 明るい色のワンピースにすっきりしたデザインのサンダル。つばの広い帽子に、レースのついた日傘、ハンドバッグ。朝と違ってお嬢様モードだ。

 耕平は慌てて蛇口を締める。

「すいません。気をつけてたんですけど……かかっちゃいましたか?」

「大丈夫だけど、もっと周り見て撒きなさいよね。まぁ、どうせすぐ乾いちゃうから意味ないと思うけど」

「……俺もそう思うんですけどね」

「まったく、濡れちゃうところだったわ」

 ぶつぶつ言いながら、先輩は地面が濡れている場所を避けて大回りで店のドアに近づき、耕平が開けてやるととことこ入っていくのだった。

 そろそろ星川さんも来る頃だろう。先輩みたいに濡れるのを嫌がるかもしれないし、水を撒くのはやめておいたほうがいいだろう。

 そんなことを考えながら、ホースを片付けていると。

「…………」

「星川さんっ?」

 店の前にはいつの間にか制服姿の星川さんがいた。しかし、日なたでは乾き始めている水溜まりの中に立ったまま、店に入ろうとしない。

 耕平も不思議な行動を訝しんでいたものの、すぐにそのわけに気づいた。

「ごめんね、今マット出すから」

「ん、ありがと」

 どうやら靴が濡れたまま店に入りたくはないらしい。

 礼儀正しいというか、こういうところは先輩とは結構性格が違う気がする。


「それで、テストはどうだった?」

「ん、絶対大丈夫っ!」

「そっか。よかった……」

 星川さんのことだから、正直どうなることかと思ったけど、無事に済めば何よりだ。

 自分のことのように安堵していると。

「うん。そらの作ってくれたお弁当食べて頑張れたよ。ありがとう」

 言って、星川さんが微かににひっ、と笑うように目を細める。クールな星川さんには珍しい笑顔だった。

 そんな星川さんの笑顔に、耕平の胸がきゅっ、と締めつけられる。

「うん、こちらこそ。食べてくれてありがとう」

 自分の作ったものを食べてくれて、おいしいと言ってくれて、こんなことまで言ってくれるのだ。自分にとってこの人は本当に大事な――。

 と、首筋がぴりっとするような殺気を感じてそちらを見ると。

「…………」

 店の中から先輩がじっとこちらを見ていた。いつものスツールに腰かけて、退屈そうに頬杖を突きながらも、何となく不機嫌なのが伝わってくる。きっと待ちくたびれているのだろう。

「とりあえず入って。今日は冷たいおやつ出すよ」

「うんっ!」

 耕平はドアを開け星川さんも店に入れてやるのだった。



 キッチンの中で耕平がごりごりとハンドルを回している。

 機械にセットされた小鉢にさらさらと氷が積もっていく様子を、まおは半ば鼻歌混じりに見つめていた。

 今日は頭を使って疲れたし、ちょうど冷たいものが食べたかったところだ。

 テストは絶対大丈夫だし、これで心置きなく夏休みを過ごせる。

「宮古、今日までありがとね」

「さっきも聞いたわ。第一、まだ合格したってわからないんでしょ?」

 隣では宮古も同じように頬杖を突いてじっとキッチンの中を見つめている。何故かほんの少し機嫌が悪そうだ。

「ううん、絶対合格してる。してなくても、宮古に助けてもらったのは忘れないから」

「これで貸し借りナシって言ったじゃない。あんたもしつこいわね」

「うん、けど……ありがと」

「ふん……っ」

 まおの言葉に、宮古はそっぽを向いてしまう。

 実際、何度宮古にお礼を言っても足りなかった。

 結局そらにはバレてしまったけど、宮古に助けてもらわなかったらどうなっていたか考えたくもない。私が諦めそうになったときだって、宮古が励ましてくれたのだ。

(やっぱり、ちゃんとお礼したいよね……)

 私の方がよっぽど宮古に借りがある。ちゃんと返さなければ。


 と――。

「はい、お待たせ」

 ハッと我に返ると、まおの前にとん、とガラスの小鉢が置かれる。

 その横には湯気の立った緑茶がなみなみとそそがれた湯呑。

「わっ、すご……っ?」

 思わず声が漏れてしまった。

 たっぷり詰まれた氷に練乳、あずき、白玉、つぶあんなど、様々な具材が乗せられた豪華な和風かき氷だ。

「すごいわね、これ……食べきれるかしら。いただきます」

 言いながらも、その声は既に弾んでいた。

 そして早速スプーンをざくっ、と氷に差し入れ口に運び始めている。

「私も、いただきますっ」

 まおの思考もあっという間に食欲に支配されていた。

 スプーンを山の中央に差し込み、練乳がしみ込んだ氷を大きくすくって口に入れる。

「「ん~~~~~~~っ」」

 心地よい冷たさに二人同時に声を上げていた。

 そしてまたすくっては口に入れ、その冷たさ、甘さを楽しむ。

 上に乗ったつぶあんと一緒に食べるのもおいしいし、横に乗っている白玉はもちもちして氷に飽き始めたころにちょうどいい。

 それに、熱い緑茶がかき氷をまたおいしくしてくれた。

「先輩、あんまり急いで食べると頭痛くなっちゃうから気をつけてくださいね」

「うん、でもこれ、おいしいから……ん~~~~っ」

「はははっ、食べ終わったら普通のも作れますよ。去年のですけどシロップが残ってるんで」

(今日はよかったな……)


 スプーンでざくざく氷をすくいながら、まおはこの時間を堪能していた。

 テストには絶対合格だし、そらにお弁当を作ってもらえて、かき氷を食べて……。

 多分完璧な一日だ。でも――。

(全部、宮古のお陰なんだよね)

 助けてもらえなかったから、こんなに楽しい一日は過ごせていない。

 やっぱりちゃんとお礼をしないと。

 食欲の片隅でそんなことを考えながら、まおはかき氷の山を崩していくのだった。



「ごちそうさま……たまにはかき氷もいいわね」

 両手で湯呑を持ち、お茶をすすっていた宮古はそれをとん、とカウンターに置く。

 温かいお茶がかき氷で冷えた胃にちょうどよかった。

「それはよかったです。今度また冷たいおやつを作りましょうか」

「楽しみにしてるわ」

 こんなにたくさんかき氷を食べたのは生まれて初めてかもしれない。

 家でわざわざこんなものを作ったりはしないし、ひとりで食べたって面白くない。耕平が作ってくれて、まおと一緒に食べたからおいしかったのだ。

(まぁ、これでよかったのよね……)

 結果的にまおのプライドは守れたし、こいつだって頑張ったんだから、さっきみたいに店の外で耕平とちょっといい雰囲気になってもいいはずだ。

 結果的に『敵』に塩を送ることになってしまったけど、間違ったことはしていない。

「…………」

 先ほどの出来事を思い出し、食後の満足感に面白くない気分が混ざりかけたとき。

 ぬっ、と横からスマホを持った手が差し出される。

「……何よ?」

「宮古、今日はありがとね。やっぱりちゃんとお礼させて」

「だから、何度言わせるのよ。これで貸し借りなしでしょっ」

「ううん、私の方が助かってる」

「どっちが助かるとかじゃなくて、あたしが納得してやったことなんだからもういいでしょ」

 今日は妙に絡んできて、少し面倒臭いくらいだ。

 思わずスマホを持つまおの手を押しのけようとしたとき。

「そらの連絡先教えてあげる」

「――は?」

 思わずまおの顔を見るが、その顔に冗談の色はない。というより、いつものマイペースな小娘のままだ。それでも、涼しげな瞳がまっすぐに宮古を見据えていた。

 今まで耕平の連絡先は聞きそびれたり、邪魔されたりしていたのに、まさかまおが言い出すなんて。

「宮古、本当は私を助けない方がそらと仲良くなれたのに、助けてくれたんだから。私だって借りは作りたくない」

「…………」

 そしてまおはスマホを持った手を揺らしてにひっ、と珍しく笑みを浮かべる。

「それで本当に貸し借りなしにしよ?」

「…………わかった」

 多分、これはこの小娘なりの仁義なのだ。あたしには正直そこまで重要には思えない――耕平の連絡先だっていつか聞くつもりだった――それでも、まおにとって大事なことなら聞くしかない。

 宮古がそう答えるが早いか、まおはキッチンの奥にいる耕平に向けて自らのスマホを落ち上げて見せる。

「そら、宮古に連絡先教えていい?」

「別にいいけど……あとで先輩の連絡先も教えてくださいよ。いきなり来たらびっくりするんで」

「ぁ……うん、それはわかったわ」

 そしてまおと耕平の連絡先を共有し、耕平とも挨拶代わりのメッセージを送り、あっという間に登録が終わってしまった。

「…………」

 思いがけない展開に、宮古はスマホの画面をじっと見つめる。

 元々友人が少なく、連絡先一覧も乏しいせいで、まおのアイコンや彼の初期アイコンがよく目立っていた。

「ふふ……っ」

 知らず笑みがこぼれてしまう。

 何だかんだで今日は悪くない一日だ。

 にやにやしながら、宮古はいつまでもスマホの連絡先一覧を眺めていた。

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