星川さんはちょうどいい
星川さんがお店に来るようになってからしばらく、そろそろ5月の陽気も感じるようになった日の朝――。
「ひっ…………何っ? 何ですかっ?」
耕平は昇降口でクラスのギャル達――星川さん以外――に絡まれていた。
下駄箱で靴を履き替えようとしたところ、いつの間にやってきたギャルが彼の逃げ道を塞ぐように立っていたのだ。
星川さんは別として、やっぱりギャルは苦手だ。金髪や茶色の毛並みの野良猫達が一斉に詰め寄ってくるようで、耕平は既に及び腰になっていた。
「うついさー、最近まおにメシ食わせてるんだって?」
「えっ? ぁ、はい……」
「あいつ、よく食べるよな?」
「それはもう……とてもよく食べますが」
ギャル達に何を聞かれて、自分が何を答えているのかもわからない。
が、素直に答えなければひどい目に遭わされるのは確実だ。
そんなギャル達はさらに耕平に詰め寄ってくる。
「一度メシ食わせたんだから、最後まで責任取れよ?」
「途中でやっぱり食べさせないとか、マジで許さねーからなっ」
「まおから食べ物取ったら……わかってるよな?」
「…………」
恐らく、この子達なりに星川さんのことを気にかけているのだろう。
食べることが大好きな友人を悲しませるな、ということのなのかもしれないが。
「大丈夫です。僕のご飯を食べてに来てくれる限りは必ずお腹いっぱいにします」
自分でも驚くような言葉が口をついて出てくる。
でも、これだけは保証できる。自分の大事な『お客さん』なのだから見捨てるわけがなかった。
「「「…………」」」
ギャル達は彼の言葉に一瞬惚けていたかと思うと。
「よっしゃ、よく言った!」
「なははっ、さすがまおを餌付けするだけあるわ!」
「あたしらに任せておけば悪いようにはしないからな、これからも頼むぞっ」
ギャル達は耕平の背中をばしばし叩き、やがて上履きをつっかけてどこかに行ってしまった。
ひとり下駄箱に取り残された耕平はしばらく呆然としていた。
「……一体何だったんだ」
よくわからないが、とりあえずは無事に済んだらしい。
ひと息ついた耕平は上履きに替え、ようやく教室に向かうのだった。
授業中――。
教科書をぱらぱらめくりながら、耕平は隣の席のギャルをちらちら観察していた。
朝のギャル達とのやり取りがどうしても頭から離れなかった。
(星川さんって俺にとって何なんだろうな……)
彼は未だに星川さんとの距離を測りかねていた。そもそもどういう関係かもわからない。
相変わらずお店には来てくれて、ご飯もたべてくれる。大事なお客さんには違いない。
それなのに学校ではほとんど会話もせず、今までと何も変わらないように思える。
本当にただ『ご飯をくれる人』なのかもしれない。
(それならそれでいいけど……)
そんなことを考えている間も、星川さんは髪を弄ったり、爪の手入れをしたり、うとうとしたり、授業を聞いているのかいないのかもわからない。
(……ま、こういう子か)
それに、夕方になったら一目散に店に来てくれるし。
わずかなもどかしさを覚えながらも耕平はまた授業に集中し始めた。
しかしその日の昼休み――。
耕平はぼんやりと校舎裏のベンチで昼食を摂っていた。
日当たりはいいし、教室から離れているのでほとんど生徒はこないし、とにかく静かだった。
友人もいないに等しい彼だけの特等席と言っていいだろう。
そんな場所でのんびりしていたとき。
すぐそばで突然カサカサと音がしてそちらに顔を向けると――。
「…………」
星川さんがベンチの少し離れたところに座っていた。コンビニ袋をごそごそやっている。
「むぐっ……っ星川さん?」
一体いつの間に近づいていたのだろう。
突然の来訪に驚いた耕平は口の中に入っていたものを喉に詰まらせそうになる。
が、星川さんはいつもの調子だ。
コンビニの袋からパンや弁当などを取り出して食べる準備を整えている。
「えーと何か用?」
「別にないけど、何かそういう気分だから」
手をぱちんと合わせた星川さんは弁当を突き始める。
どうやら何か用事があるわけでもなさそうだ。耕平も食事を再開した。
それからしばらく互いに無言で箸を動かしていたとき。
「……ここ、あったかいね。あんまり来たことなかったけど、いい場所じゃん」
「そうだね、ちょっと教室から遠いから人も来ないし」
「そっか、ここで授業サボろうかな」
「うーん、それはどうだろう。職員室からは近いから危ないかも」
「そっか」
そして会話は途切れ、また二人とも黙々と食事を続ける。
それでも、気まずい空気ではなかった。
星川さんはベンチの少し離れた場所に座っていて、マイペースに食事を続けている。
無理に会話をつなごうともせずに、ごく自然にそばにいるのだ。
(……これでいいのかもな)
耕平にとっては心地よい距離感でもあった。
実のところ、耕平も友人というほど星川さんに気を許しているわけではない。
かといって赤の他人でもない、絶妙な距離だ。
そんなことを考えながら食事をしている間にも、先に食べ終わった星川さんは早くもうとうとし始めている。
「ぁー、ここ、あったかくてやばいかも……ちょっと寝よ」
それに、星川さんになりに気にかけてくれているような気もする。
いつもひとりで食べているので様子を見に来たのだろう。
かといって、余計なお節介もせず、少し離れた場所に当り前のようにいてくれる。
(何かいいよな……こういうのも)
春の心地よい日差しを浴びながら、耕平はのんびりと時間を過ごすのだった。
それから――。
昼休みを終えるチャイムが鳴ると、のそりと身体を起こした星川さんはとことこ教室に戻っていった。 来たときと変わらず、何事もなかったかのように。




