餌を与える者の責任ー③
☆
蒸し暑い夕刻のアスファルトを二人は無言でとぼとぼ歩いていた。
喧嘩をしたあとの高揚感はとうに過ぎ、おまけに叱られたことで、半ばショック状態と言ってよかった。
(どうしよう、やっぱり謝ったほうがいいよね……)
正直謝るのは気に入らないけど、やっぱり私も悪いし、でも謝るのは気に入らない。
そんなことを考えながら歩き続け、ある路地に差しかかったとき。
「……今日は悪かったわ。ちょっとやりすぎたわね」
立ち止まった宮古が突然切り出した。
ハッとして立ち止まりそちらを見ると、腰に手を当てた宮古はそっぽを向いている。謝りたくなくて渋々という感じだったが。
「……私もごめん。別に喧嘩までしなくてよかったよね」
「そうね」
多分、お互いに喧嘩したこと自体に謝ってはいない。
小競り合いをして、そらに叱られたから。
お互いが相手に対して恥をかかせてしまったからだ――誰だって好きな人に叱られたくはないだろう。
「お店では喧嘩しないようにしよ」
「それがよさそうね。あたしだって耕平に迷惑かけたくないし」
「じゃ、また明日……」
「うん」
そして宮古は路地の角を曲がってとことこ歩いていく。
その後ろ姿を見送ったまおも自宅へと向けて歩き出す。
(またそらに怒られちゃった……)
しかも怒鳴られるなんて。ひとりになって思い出すとじわっ、と涙が出そうになるけど。
(宮古、大丈夫かな……?)
お嬢様だし、プライドが高いし、叱られるなんて経験には慣れていないはずだ。
もしかしたら私よりもショックかもしれない。
もちろん気遣う義理なんてないけど、やっぱり心配だ。
そんなことを考えながらとことこ家路を歩いていくのだった。
◇
「あぅ、ひっく……えぐっ、うく……えぐっ」
「いつまで泣いてるのよ、ちょっと怒られただけじゃない」
「だって、ひっく、ぅぅぅ……」
ベッドに腰かけた宮古は、姉に頭を撫でられながらしゃくり上げ続ける。
自分では平気なつもりだったのに、まおと別れた途端に突然じわっ、と涙があふれ、気がつけば走り始めていた。
そして、帰宅するなり姉の一人の部屋に駆け込み、こうして泣きついている。
姉妹で仲がいいせいもあって、宮古の話は当然のように共有されていた。
「宮古だけ怒られたわけじゃないんでしょ? 相手も悪いみたいだし、引き分けでいいじゃない」
「でも、あんなに怒られたら……ひっく、耕平、絶対怒ってるもん……えぐっ」
「大丈夫よ、そりゃ怒っただろうけど、もう来るなって言ったわけじゃないんでしょ?」
「……えぐっ、でも、もうお店行けない、恥ずかしいし……」
頭を撫でる姉が溜息をつくのが聞こえたが、宮古にはそれくらい深刻だ。
何しろ今まで同年代の男子――それも好きな相手――に怒られたこともないせいで、どう対処していいかわからない。
「じゃあ、お店行くのもうやめる? そのギャルに耕平くんを取られちゃってもいいのね」
「ひっく…………やだ」
「それならまたお店行って、ちゃんと謝って、もう一回やり直しなさい。その子だって怒られて同じ条件なんだから、宮古だけ引き下がる道理はないでしょ」
「…………うん」
鼻をすすった宮古は顔を姉の服に擦りつける。
恥ずかしいけど、きっと姉さんが正しいはずだ。それに、まおにひとり勝ちさせるのはやっぱり気に入らない。
「こらっ、服汚すんじゃないわよっ」
「……明日行って謝る」
「まったく
しばらく宮古の頭を撫でていた姉は少し安堵したようにくすりと笑うのがわかった。
「まぁ、思ったよりまともそうな子じゃない。ちゃんと叱ってくれる子でよかったわ」
「…………?」
「あんたみたいなおてんばは好きな男の子に叱られるくらいがちょうどいいのよ。じゃないと反省しないんだから」
「そんなのやだ……」
思い出すと惨めで、情けなくて、また涙があふれてくる。でも、やっぱりもう怒られたくなくて、喧嘩したくない。反省しているのも確かだ。
「とにかく、フラれたわけじゃないんだから、いつまでもめそめそしてるんじゃないのっ……このまま終われないでしょ?」
「ひっく…………うん」
初めて男子に叱られたショック状態から未だに回復していないものの、このままあの小娘に耕平をみすみす渡してしまうわけにはいかない。
意気消沈していた宮古の中でまた闘争心がちりちりと火を起こし始める。
「……ひっく、ありがとう、姉さん」
「まったく、世話が焼ける子ね。ちょっと甘やかしすぎたのかしら」
言いながら、姉は頭を撫でてくれる。昔から変わらない手つきに安心した宮古は姉にしがみつきながら、そのままうとうとし始めた。




