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餌を与える者の責任ー②


(よかった、まだいる……!)

 裏口から帰宅した耕平は店内の様子を確認し、いつもの場所におとなしく座っている二人の姿を目にして胸をなでおろす。と同時に。

(……悪いことしたな)

 申し訳ない気持ちにもなる。開店してからもう一時間は経つし、ここまで水だけで我慢していてくれたのだろう。

 そんなことを考えながら身支度を整えてキッチンに入ると。

「おう、準備は全部やっておいたから、これ、武田さんの席な。戻るときに他の席の皿も下げてこい」

 祖父がカウンターにコーヒーとトーストのセットを置く。

 遅いから叱るとか、少し休ませてからとか、そんなものはなく、先ほどからいたような様子だ。お客さんがいれば星川さんや先輩にも触れない。もちろん耕平もそれはわかっていた。全部自分の都合だ。

「わかった」

「終わったら奥の米をこっちに移してくれ」

「うん」

 待ちくたびれているのだろう。期待に満ちた二人の視線を感じながらも、キッチンを出てカウンターに向かう。


 ――。

「お待たせしました。今日は早いですね」

「おう、お帰り。学校、そんなに忙しいのかい?」

「今日はちょっと用事があって……」

 注文されたものを机に置くと、耕平は常連客のグラスに水を注ぐ。

 いつも来てくれるだけあって祖父だけでなく、耕平のことも気遣ってくれていた。

 そしてちらりとカウンター席のほうを見ると、秘密めいた口調でこそこそ口にする。

「あの子達、結構待ってるよ」

「はははっ、あとでちゃんとやりますから」

 常連さんだから気遣ってくれているが、やっぱり店に来てくれるお客さんの方が大事だ。他のことが終わるまで二人は放っておくしかない。

 二人の『食い気』をひしひし感じながらも、客席に置いたままの皿を下げるのだった。


 それから――。

「米、移しておいたよ」

「おう、じゃあ皿洗っておいてくれ」

「わかった」

 あれやこれやとお店の仕事をやっているうちに帰ってきてから一時間が経とうとしていた。

 早く二人に何か作ろうと思うのだが、今日はいろいろなことが重なる。すべて自分の責任だし、祖父はいつもと同じ調子なだけだが、とにかくもどかしい。

「「…………」」

 カウンター席に頬杖を突く二人も耕平がキッチンに入るたびに目をきらきらさせる。今度こそ食事にありつけると期待しているのが伝わってきた。

(早く食べさせなきゃっ)

 二人は耕平にとって大事なお客さんだ。焦りながらも皿を洗っていると。

「耕平っ、皿割る気か? 丁寧に洗えよ」

「ぁ、ごめん……」

 乱暴に洗い過ぎていたのだろう。祖父に叱られハッと我に返った耕平はもどかしさに耐えながら仕事を続けるのだった。


 それからようやく店の仕事がひと通り終わり、常連客が少し残っているだけになった頃――。

「そろそろ二人に何か作ってやれよ。待ちくたびれてるぞ」

「わかったっ」

 ようやく祖父の許可が出た。耕平は急いでキチン帽とエプロンをつけてキッチンに向かう。

 うつらうつらしていた二人もようやく食べ物にありつけると感づいたのだろう。ぱっ、と顔を上げる。

「待たせちゃってごめんね。すぐ作るよ」

「うん……!」

「別に待ってないけどねっ」

 星川さんはもう食い気全開だが、先輩は相変わらず気位が高い。が、二人とももう食べる気満々だ。ずっと待っていたと思うとやっぱり申し訳ない。

「今日は早くできるものにするね」

 もう何を作るかは決まっていた。コンロに大鍋を置いた耕平は早速お湯を沸かし始めるのだった。



 そして――。

「はい、お待たせ。時間ないからひとつにしちゃったけど、仲良く食べて。乗せるもののお代わりほしかったら言ってね」

 耕平がカウンターに置いたのは大きなガラス鉢に入ったそうめん――緑や赤のものも混ざっている――と、その周りに置いたいろいろな薬味の皿。氷の浮いた鉢も、ハムやキュウリを細切りにした具の小鉢も、夏らしい色合いだ。

 まおと分け合って食べるのは気に進まないけど。

「「いただきますっ」」

 元気な声を上げた二人は同時に箸を取り、競うように食べ始める。

「落ち着いて食べて。お代わりはまだ出せるから」

「ん……」

「うん、なかなかね」

 そうめんもつゆも出来合いのものだってすぐわかるけど、ちゃんと作られているし、乗せるものを選べる楽しさもあって、いくらでも食べられそうだ。

 しかし――。

「おつゆと薬味お代わりっ」

「はいはい。ちょっと待っててね。お代わり茹でようか」

 宮古はあまりはしたなくならないよう、そうめんを小さくすくい上げて音を立てないように食べている。が、まおは大きくすくい上げてずるっと飲み込んでしまうのだ。

 そうなると食べる量にも差が出てくる。

「ぁ、こらっ、もうちょっと少しずつ取りなさいよ」

「宮古も遠慮しないで食べなよ。思いっきり食べた方がおいしいよ」

「もぅ……!」

 このままでは宮古に全部食べられてしまう。負けないよう宮古も大きくすくい取るようになっていき、そうめんはどんどん減っていく。

「落ち着いて食べてって言ってるのに、ほら、お代わり」

 そして鉢が氷水だけになる頃、耕平が新しくガラス鉢を出してくれる。


 二人は続けて食べ始めるが。

「宮古、さっきから色つきのやつばっかり食べてるでしょ」

「そんなことないわよ。まおこそ食べ過ぎじゃない?」

「私が食べる量は関係ないじゃん、色つきばっかり食べる理由にしないでくれる?」

「はあ? 言いがかりつけないでよっ」

 確かに色つきの麺は綺麗だから食べているけど、そればっかり狙っているつもりもない。それに、まおは大きくすくうせいで色つきもたくさん食べている。

「ちょっと、二人とも。仲良く食べてって言ってるでしょ……」

「大体まおは具も使いすぎでしょっ、もうちょっと丁寧に食べなさいよ」

「宮古が食べるの遅すぎるだけじゃんっ」

「星川さん……先輩も……ちょっと落ち着いてっ」

 耕平の制止も耳には入っているのだが、しばらく空腹で気が立っていた上、耕平のものを独り占めしようという独占欲でどうしても手が止められない。それはまおも同じようで、二人のやり取りは次第に険悪になっていく。

 そのうち、二人は互いにそうめんを独占しようと肘で押し合うようになっていた。

「そろそろ食べ終わりなさいよっ」

「うるさいな、宮古こそもう充分でしょっ?」

「…………」

 そして互いを押しのけようとそれぞれの頬をむにむにと肘で押し始めたとき。

「こらぁッッッッ!!!」

「「……っ?」」

 店内に怒声が響く。大音量ではないが店内がぴりっ、と張り詰めるような声に、二人は思わず手を引っ込める。

 カウンターの向こうから耕平が厳しい顔で二人を見ていた。いつにない怒気を感じ、宮古は思わずスツールに縮こまる。隣でまおも同じく縮こまっていた。



 カウンター席で縮こまる二人に冷静に言い聞かせようとするものの、自分でも気が立っているのがわかった。

「お代わりもあるって言ったでしょ? 喧嘩するなら食べさせないよ」

「「…………」」

「それに、うるさくしたら他のお客さんにも迷惑になるでしょ。しゃべるくらいならいいけど、仲良く食べてくれないと」

 うつむく二人の顔が赤くなり、恥じ入っているのがわかる。

 恥をかかせて悪いけれども、他のお客さんへのけじめもある。ただでさえ二人は特別扱いなのだから、自分が責任を持たなければならない。お店に迷惑をかけるなんてもっての他だ。

 やがて二人は顔を上げると。

「……ごめんなさい」

「悪かったわ……静かに食べる」

 もそもそ口にして、今度は静かに食べ始めた。

 互いに相手が箸を出すときは待ち、同じ量をすくい、黙々と食べ続ける。

(やっちゃったな……)

 そんな二人の姿を眺め、耕平は内心溜息をつく。

 他のお客さんもいる中で怒鳴ってしまうなんて。

 まさか喧嘩を始めるとは思わなかったけど、そもそも小競り合いが起きないよう皿を分けておくべきだったのだ。今日は少し慌てていて、つい同じ鉢にしてしまったのがよくなかった。

(今度はちゃんとお皿を分けてあげよう)

 ここまで脅かしたら、もしかしたらもう来てくれないかもしれない。それを考えると少し心が痛むけれども、お店のためには仕方ない。そう自分に言い聞かせ、また心の中で溜息をつくのだった。

 やがて食べ終わった二人は静かに箸を置き。

「「ごちそうさま……」」

 それだけ言ってとぼとぼ店を出て行った。

 ガラン、とドアが閉まる音を聞き、耕平は溜息をついてキッチンを出て客席に向かう。

 祖父もお客さんも知らぬふりをしていてくれたが、気分がよくはないだろう。

「すいません。大声出しちゃって……」

「ま、言うときは言わないと。耕平くんの大事なお客さんならなおさらね」

「ありがとうございます。多分、一回言えばわかってくれると思うんですが」

 先ほどとは別の常連客の皿を下げながら謝ると、笑って許してくれた。実際どう考えているかはわからないが、騒がせておくよりはよっぽどよかったはずだ。

 他のお客さんにも謝りつつ皿を下げ、店は通常営業に戻るのだった。

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