キャットファイト(アウトレンジ)
☆
「「「だから言っただろうがぁぁぁ……」」」
まおの報告を聞いた友人達は一斉に声を上げる。
授業が早く終わった放課後、ランチタイムを過ぎたファミレスで先日の出来事を話したのだが――。
「だって、しょうがないじゃん」
まおとしてもどうしていいかわからない。みんなに脅かされていたことも覚えているし、私だって覚悟していたつもりなのに。
「……ごめん」
「まぁ、いきなりガチで来るとは思わんよなぁ」
「っていうか、悪いのはうついでしょっ! まおに隠れてお嬢様をこっそり餌付けするとかありえないし!」
「まおももうちょっと怒っていいんだぞ?」
「怒るって……そんなの無理だよ。そら、悪いことしてないもん」
「「「してるだろっ!」」」
友人達の言い分もわからないではなかった。
宮古にこっそりおいしいものを食べさせていたとか、部屋に上げたとか、宮古のドジとはいえ抱きかかえられていたとか――私なんか手を握るくらいしかできていないのに。
多分、怒ろうと思えばもっと怒られるかもしれないけど。
「私、みんなにいろいろ食べさせるそらがいい……みんなにそらの作るもの食べてほしいよ。いつかおじいちゃんのお店継いだら、たくさんお客さんが来るかもしれないし」
不思議な感情だった。自分だけにおいしいものを作ってほしいという気持ちはやっぱりあるのに、でも、みんなにそらの料理を食べてほしい。例え今回みたいなことがあっても。
そんなまおの言葉に友人達は溜息をつく。
「うついと会ってから変わったな、まお」
「そうかな?」
「うん、すっごく面倒になった」
「……っうるさいなぁ」
まおは恥ずかしまぎれにグラスの水をがぶがぶ飲み干す。
自分でも面倒臭いことを言っているのはわかる。でも、これが私の正直な気持ちだし、宮古に負けたくない気持ちもやっぱりあるし……。
「まぁ、まおが覚悟決めてるならあたしらは応援するだけだよ」
「頑張れよ。きっとあっちはガチで来るからな」
「うん……」
「まおも負けないでアピれよっ、お嬢に勝つにはそれしかないからな」
「……うん」
きっとそれしかない。宮古はお嬢様だからそういうことには私より疎いはずだ。
宮古に気を取られないように気を惹き続けるしかない。
そんなことを考えながら、まおはネイルをいじり始めた。
★
開店前のうつい亭――。
カウンターに腰かける二人のプレッシャーを感じながら、耕平はボウルに入れた冷たいパスタにサラダの具材、味を調えたオリーブオイルを入れ、がちゃがちゃかき混ぜる。
最後に綺麗に皿に乗せて二人の前に置く。
「はい、お待たせ。今日は残り物だけど冷たいのにしたから」
「あら、気が利くじゃない。ちょうど冷たいのが食べたかったのよね」
「ん、冷たい方がいいかもっ」
実際、ほとんどは昨日のサラダの余りもの――トマト、レタス、細切りのきゅうり――に余ったささみ肉を蒸して裂いたものを使っただけだ。
それでも見た目は結構綺麗だし、冷たくて食べやすいだろう。
「じゃ、いただきますっ」
「いただきます」
猫舌の星川さんには冷たい方がいいのだろう。元気よく食べ始める。フォークに大量のパスタを巻きつけ、先端でトマトやレタスを突きさして口に詰め込む。かなり豪快な食べ方だ。
一方、先輩はやっぱりおとなしい食べ方だ。くるくるとフォークを器用に回してパスタを小さく巻きつけ、うまく具材を乗せて少しずつ口に運んでいる。
それでも、二人ともそれぞれにおいしそうに食べてくれるのが嬉しい。
「塩減らしたぶん少しお酢を多めにしたけど、ちょっと酸っぱかったかな?」
「ん……もうちょっとしょっぱい方がいいかも」
「私はこれくらいでいいかしら……」
「そっか。覚えとくね」
正直、今は作るので精一杯だが、祖父は常連ひとりひとりの好みを覚えているらしいし、それぞれの好みに合わせて作れるようにならなければ。
そんなことを考えていると、星川さんがぱちん、と手を合わせる。
「っごちそうさまでした。おいしかったよ」
「ありがとう。今、果物出すね」
そしてお皿を受け取ったとき、指先がそっと触れ、ほんの少しネイルが当たり引っかかれるように感じた。
「?」
「どう? これっ、いつもとちょっと違うでしょ」
にっ、と笑う星川さんが猫のように手を丸めて爪を見せてくる。
どの指も水色に近い透明の涼しげな色、小さな星がちりばめられていた。
「へぇ、夏っぽくていいね」
手の込んだデザインに思わず顔を近づけてしまう。と、手の向こうの星川さんと目が合った。何やら嬉しそうに目を細めていた。
「えへ、結構うまくできてるでしょ?」
「……っ」
今まで見たことのない表情に、どきりとした耕平は慌てて皿を持ってシンクに向かう。好きなものを食べたときだってこんな顔はしなかったのに。
「えーと、今果物出すからちょっと待っててね」
「ん」
その間も星川さんの機嫌のよさそうな視線を感じながら、冷蔵庫から果物を出すのだった。
◇
(小娘ぇぇぇ~~~~……っ)
その横でようやく食べ終わった宮古はカリカリと歯ぎしりしていた。
甘ったれた声を出して、見ているこちらが恥ずかしくなるくらい露骨なアピールだ。
しかも。
「…………」
ちらりとこちらを見たまおが勝ち誇ったような笑みを浮かべ、爪を見せつけてくる。あたしがそんなおしゃれができないことがわかっているのだ。
(こいつ……いつまでも調子乗ってるんじゃないわよっ、そっちがその気ならこっちにだって考えがあるんだからっ)
やはりこいつに手加減はできない。
どうしてくれようか考えているとき、耕平が何かを前に置いてくれる。旬が終わりかけているさくらんぼが盛られたガラスの小鉢だった。
「はい、もらいものだけど、結構おいしいからどうぞ」
「ん、いただきますっ」
(……んふふ、あたしを舐めるんじゃないわよっ)
まおは既に機嫌よく食べ始めているが、さくらんぼを見た宮古はひとりほくそ笑む。
そして無言で茎ごと口に入れると。
「…………」
もごもごやり始める。
さすがにこれはこの小娘もできないはずだ。
宮古はしばらく口をもごつかせたのち。
「ね、耕平、見てみてっ」
口の中で結んだ茎を舌に乗せて出す。
それを見ていた耕平は一瞬わけがわからないようだったが。
「えっ、先輩そんなことできるんですかっ、どうやってるんですかそれっ」
「ふふっ、ちょっとしたコツがあるのよ」
「へぇ……」
好奇心なのか、耕平が茎を覗き込もうと顔を近づけてくる。
ここが揺さぶりどころだ。茎をつまみ、舌を引っ込めると。
「これができるとキスが上手らしいのよね、もしかしたあたし、結構うまいのかも」
「…………っすいません、お茶淹れますね」
顔を近づけていたことにようやく気づいたのだろう。耕平は慌ててキッチンの片づけを始める。その顔がわずかに赤くなっているのは宮古にもわかった。
(ふふふっ、小娘には負けないわよっ)
ちらりと横を見ると、恨みがましい視線を送ってくるまおと目があった。かと思うと、まおはふん、と鼻を鳴らし興味なさそうに顔を背け、自身もさくらんぼを食べ始める。
「あー、おいしいわ、このさくらんぼ」
「…………」
きっとほんの少しだけ『勝利の味』も混じっているのだろう。
それからは二人は互いに牽制しながら食後の時間を過ごすのだった。




