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明日は当たり前に


 やがて最後のひと切れ――お皿に残ったシロップとバターを塗りつけて――口に運んだ先輩はしばらくもぐもぐやっていたかと思うと、静かに飲み込んだ。今はもう落ち着いたけれども、まだわずかに肩をひくつかせている。

「……その、どうでした?」

 耕平としてはこんな反応をされるとやっぱり不安だ。一応おいしいとは言ってくれたけれども、食べながら泣かれるとこちらだって気まずい。

「…………もういい」

 しかし、先輩はかちゃりと静かにフォークを置いたかと思うと、残っていたアイスティーを煽る。そしてスツールを飛び降り、そのままドアに向かいガラガラ音を鳴らして駆け出していった。

「「…………」」

 ドアがゆっくり閉じ、やがてカチャリと音がするまで、二人はそれを無言で見つめていた。

「先輩、本当に大丈夫かな?」

「さあ?」

 振り返りながらももぐもぐやっていた星川さんは耕平に空いたお皿を渡したかと思うと、mたカチャカチャやり始める。相変わらずのマイペースだ。

 とはいえ、耕平としては心配で仕方ない。

 頭の中で何度も材料や行程を確認するのだが、失敗した覚えがない。でも、先輩の反応はやっぱり普通ではないし……。

「もしかして、もう来てくれないとか――」

「それはないよ……むぐっ、絶対また来る」

 ホットケーキを口に詰め込む星川さんの言葉は妙に確信めいている――自分のことのようにわかっているというか。

「あんまり心配しないでも、むぐ、ほっとけばそのうち来るから……んぐ、そらのホットケーキはすごくおいしいよ……私が保証する」

「そっか……ありがとう」

 よくわからないけれども、星川さんにそう言ってもらえると心強い。

 第一、こんなにおいしそうに食べてくれているわけだし。きっと先輩も猫みたいに気分の浮き沈みがあるのだろう。

 そんなことを考えていたとき。

「それより、お代わりくれる?」

「次は何段にする?」

「んー……二段っ! シロップは少なめでね」

「わかった。ちょっと待っててね」

 目の前に自分の作ったものをこんなにおいしそうに食べてくれる『お客さん』がいるのだ。集中しなければ。気持ちを切り替えた耕平はまたボウルに生地を入れ、かちゃかちゃやり始めるのだった。


 星川さんが思う存分にホットケーキを食べ、満足して帰ったあと――。

 店の奥にいる祖父にもおすそ分け替わりに小さいものを作って、置いてきた――あまり興味がなさそうだったが。

「ふぅ……」

 耕平は散らかったキッチン台に手をつき、思わず息をつく。

 今日までお店の手伝いをしながら自分なりに試行錯誤はしたし、テストもこなしたし、きっと先輩からの合格ももらえた。

 毎日無理なくやってきたつもりだけれども――。


 すぐそばでカチャリと音がしてハッと我に返って身体を起こす。

 祖父がスポーツ新聞に目を通しながら、食べているところだった。

「……どうだった?」

「甘いものには興味ないんだがな……まぁ、毎日これと同じものが営業しながら作れるようになったら考えてやる」

 それだけ言って祖父は紙面とにらめっこを始める。店で営業しているときよりもここまで真剣な表情はなかなかないだろう。とはいえ。

(そうだよな、こんな無理なやり方してちゃだめか……)

 お店は今日も――あと数十分で――開店するし、明日も、明後日も続く。みんなそのつもりでお店に来てくれる。

 耕平にとって特別な日でも、お客さんにとっては当たり前の日だ。

 ホットケーキだって星川さんと先輩には喜んでもらえたけど、必死で作っているところなんか見ても他の人は引くだけだろう。だから、当たり前に作れるようにならなければならない――今までずっと作っていたように。

 多分、祖父はそれを言いたいのだろうし、実際、ずっとそうやってきたはずだ。

(うん、頑張ろう……)

 それでも、先輩に喜んでもらえて、一歩前に進むことができたのだから、嬉しいに決まっている。いくら理屈はわかっていても、この達成感は格別だ――それにテストも終わったし。

 昨日よりも身体が軽くなっているのを感じながら、片付けと開店準備を始めるのだった。

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