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疑惑のベビーカステラ


 放課後のうつい亭の前――。

「うぅぅぅぅ~~~~~……」

 7月も半ば近く、強烈な午後の日差しの下で宮古は唸りながら店の前をうろうろしていた。さっさと入ればいいとわかっているのに。

(……どんな顔して会えばいいのよっ)

 先日の出来事がまだ頭を離れない。というよりずっと残ったまま、何度も思い返してしまうのだ。部屋に戻っても、食事中も、学校でも――。

(うぅぅぅ……むかつくっ、とにかくむかつくわっ、何であたしがあんなこと……っ)

 男子に触れられるなんて宮古にとっては身体を許すに等しい不祥事だ。しかも、自分の不注意でそんなことになるなんて。

(忘れるのよっ、忘れなさい……宮古っ、あんなことは今すぐにっ、それが一番なのよ! どうせあいつだって忘れてるだろうしっ)

 自分だけ意識しているのも馬鹿らしい。第一、自分にとっては不快なはずの出来事だし、思い出すたびに不快になるはずのに、何度も思い出し、その感覚を何度も味わってしまうのだ。

(あいつ、結構しっかりした身体してるのよね)

 普段の気の弱そうな印象とかけ離れた腕の力の強さ、引き締まった身体――きっと普段から力仕事をしているからだろう。まるで子猫か何かをキャッチするみたいな軽々とした動き。心配そうな表情――初めてあの少年を男子だと意識した瞬間。

「うぅぅぅぅ~~~~~~っ!」

 また不機嫌な声を上げて店の前を行ったりきたりしているときだった。

 ガラン、と店のドアが開くと。

「何やってるんです? もう入って大丈夫ですよ」

 少年が不思議そうに宮古を見ていた。

 宮古はその姿にまた心臓がばくばく鳴り始めるのを感じながらも。

「ふん……っ」

 彼の横をすり抜けて店に入るのだった。



 開店前のうつい亭のキッチンに立った耕平は、熱したたこ焼き用の鉄板の前に立っていた。

「もうちょっと待っててくださいね」

 穴それぞれに生地を流し込み、タイミングを見て焼き上がった半球をつつき出し、別の半球の上に乗せる。あとは完全な球状になった生地をひっくり返しながらゆっくり焼いていくだけだ。

「たこ焼きみたい」

「そうそう。これ、家の奥で見つけたからちょっと使ってみようかと思って……面白いよね」

「…………」

 カウンターでテスト勉強をしている星川さんは身を乗り出してじっとその様子を見ている。

 一方の先輩は来たときから何やら機嫌が悪そうだが、それでも気を惹かれているのかちらちらこちらを見ているのがわかった。

「うん、できた」

 やがて焼き上がりいい色になった『玉』を千枚通しで突いて取り出し、二つのお皿に乗せていく。そして氷をたっぷり入れたアイスティーと一緒にそれぞれの前に置いた。

 ホットケーキの生地で作ったベビーカステラだ。

「味はついてるから。そのまま食べてね」

「ん、いただきますっ!」

「……いただくわ」

 ずぶっ、と大胆にフォークを刺した星川さんはひと口で詰め込む。まだかなり熱いのがふうふう言いながらもぐもぐやっていたかと思うと。

「はふっ……ふっ、うん、おいしいっ」

 嬉しそうに目を細め、アイスティーで流し込み、またひとつ口に詰め込んだ。

「熱っ……?」

「気をつけて食べてね。チョコレートとかも入ってるから」

「ん……おいしいからいい」

 それでもやっぱり猫舌の星川さんには大変なのか、少し慎重に食べ始めた。本当においしそうに食べてくれて、こちらも嬉しくなってしまうくらいだ。

 一方の先輩はというと――。

「…………」

 何も言わずにもぐもぐやっている。あまり大きく頬張らないようにして口に入れ、時折アイスティーを煽っていた。



「先輩はどうですか? お口に合えばいいんですけど……」

「……おいしいわ」

 もぐもぐやりながら――あまり行儀がよくないが――宮古はもそもそ答える。

 ホットケーキの生地はおいしいし、中の『具』もいろいろあって面白い。いちごやチョコレートだけでなく、チーズとかもなかなかだ。

 見た目も可愛いし――。

(こいつ、やっぱり悪い男なんだわ……)

 こっそりおいしいものを食べさせて、人を犬猫みたいに軽々と抱きしめて、またおいしいものを食べさせて、篭絡しようとしているのだ。

 いくらこんなことをされたらまおみたいな食い意地の張ったやつでなくても……。

「うぅぅぅぅ……こんなの食べさせられたって……私はこんなのじゃ……っ」

 食べ物につられて自分の気持ちを決めるようなことしない。

 そう自分に言い聞かせるのに、ベビーカステラを食べる手は止まらない。

「そろそろお代わりを焼き始めましょうか。星川さんもいる?」

「ん。あと6つくらい食べたい。具はチョコ多めでね」

「はいはい。先輩はいくつ食べますか?」

「7個……具はお任せするわ」

 食べかけのカステラを口にしながら宮古はもごもご答える。

(こいつ、やっぱりあたしを落とそうとしてるんだわ……こうやっておいしいものを食べさせて……)

 そしてまたグラスのアイスティーを煽り。

(それで、今度ホットケーキを食べさせられたときに、あたしは……)

「うぅぅ……」

 半ばあきらめ、半ばわけのわからない高揚感を覚えながら、宮古はむしゃむしゃカステラを食べ続けた。



(怪しい……)

 カステラを食べながらも、まおは二人のやりとりを横目で観察していた。

(……何か隠してる)

 それが直感だった。何とはわからないけど、絶対に私の知らない何かがある。

 宮古の話し方とか、声のトーンとか、食べ方とか……。

 そらだって先輩に対して少し接し方が変わった気がする。

(そういうの、わかるようになったんだから……)

 自分でも不思議だけど、何となくわかるようになってしまった――特にそらのことになると。もちろんそらと宮古の間のことだから私には関係ないはずだけど。

「……二人とも最近何かあった?」

 勝手に言葉が口をついて出ていた。今まではそらの食べ物だけ食べられれば他のことなんて気にしなかったのに。できるだけ興味がないつもりで聞いたつもりだったけど。

「何にもないよ」

「……何でもない」

(やっぱり何かあったんだ!)

 二人の返事に、まおの中に目覚めた警戒心が首をもたげる。

 最初に宮古が店にやってきたときに感じた感覚がざわっ、と首筋を這い上がってくるのを感じたが。

「そう……」

 どうすればいいのかわからない。友達の言うようにそらを問い詰めた方がいいのか、先輩を脅かした方がいいのか。自身の中でざわつく何かを感じながら、まおは無表情にカステラを食べ続けた。


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