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粉だらけの頑固者ー②


 それから――。

 耕平が食後の冷たい緑茶を出してやると、先輩はそれをぐいっと煽る。いい飲みっぷりだ。

「ふぅ……」

「もしかして今日もおうちを抜け出してきたんじゃないでしょうね?」

「悪い? 最近ああでもないこうでもないってうるさいし、玄関で待ち伏せされてるから、窓から抜け出してやったわ」

(猫か、この人は……)

 きっとそのためにこんな服装をしてきたのだろう。おうちの人はやっぱり苦労しているに違いない。もしこのお店に来ていることがバレたらと思うとひやひやものだが。

 そんなことを考えていたとき。

「そういえば、まおが時々魔法のなんちゃらって言ってるけど、何なのあれ?」

「……星川さん、そんなこと言ってくれてるんですか」

 きっとオムライスのことを言っているのだろう。ほめてくれるのは嬉しいが、そんなふうに人に話されるとやっぱり恥ずかしい。

「何照れてるのよ、わけわかんないから説明して」

「まぁ、そんなに大した話じゃないんですが――」


 そして耕平はオムライスの練習をしていた当時のことをかいつまんで話す。

 魔法というのは料理を作った人に夢中になってしまうこと。

 そんな素敵なオムライスがうまく作れなかったこと。

 そのせいでお店や学業にも影響したこと。

 祖父に追い詰められてようやく作れるようになったこと。

 星川さんが泣きながら食べてくれたこと。


「――まぁ、こんな感じなんですけど、なんか恥ずかしいですね」

「そういうことだったのね……」

 話を聞いていた先輩は何か悟ったように、口の中の氷をカリッと嚙み潰す。

「まぁ、食い意地の張ってる小娘らしいわ」

「? でも、やっぱり嬉しいですよ。そういうふうに言ってくれるのは星川さんだけですから」

 今でも注文が入るたびに時々作らせてもらうが、常連客には祖父が作ったものと違うとバレてしまう。結局のところ完全に模倣できているとは言えないが、それでも、誰かに喜んでもらえれば嬉しいに決まっている。

 でも、だからこそ今回は頑張っているところを人に見せたくないのだ。

 星川さんは喜んでくれるけど、無理をして必死で作っているところは見せたくはなかった。

 と、先輩がうろんげな目を向けてきていた。

「言っておくけど、あたしにはそんなまやかし効かないから。まおみたいにちょっと何か食べさせたらなびく女だと思わないでよね」

「? わかりました」

「……わかってないわね」

 溜息をついた先輩はグラスに残っていた氷をざらっ、と口に流し入れ、ボリボリ噛みながらスツールから飛び降りる。

「それじゃ、ごちそうさま。長居してわるかったわね」

「いえ、こちらこそごちそうさまです。じいちゃんにも言っておきますね」

「いいのよ。あんたはホットケーキに集中しなさい」

 さすがにちゃんと見送った方がいいだろう。耕平は慌ててキッチンから出て、先輩のためにドアを開けようととするが。

「いいわよ、そんなの」

 帽子をかぶった先輩はひらひら手を振って店を出ていこうとするが。

「えっ――」

 突然見えない何かに足を取られたようにつまずき、そのまま倒れ込む。

「ちょっ……」

 瞬間、反射的に腰を落とした耕平は片腕でその身体を支えていた。



(えっ? えっ? あれ?)

 自身の状況がわからない宮古は思わず床に手を突こうとした手をさまよわせていたが。

「大丈夫ですか?」

 膝を突いた耕平がお腹のあたりに肩腕を回してそっと支え、心配そうにしている。

 それに気づいた瞬間。

「~~~~~~~~っ」

 顔を上気させた宮古の頭の中で様々な思考がぐるぐる回り始める。

(ちょっ、えっ? あたし、こいつに……はっ? だめでしょ、これっ、めちゃくちゃ近っ、っていうか、こいつ力つよっ?)

「本当に大丈夫ですか?」

 言いながら、耕平は片腕でそっと先輩を立たせ、足元に屈み込んで何やらやり始めた。

「ちゃんと結ばないと危ないですよ。外で転んだら大変ですからね」

 どうやら靴ひもを結んでいるらしい。そこでようやく宮古もほどけた靴ひもを踏んで転びかけたことに気づいた。慣れない靴のせいでそんなことにも気づかなかったのだ。

「その……えーと、えーと……その……」

 様々な感情が相変わらずぐるぐる回っている。

 初めての失態に顔が赤くなる。しかも、突然女性をこんなふうに抱えるなんて失礼すぎる。でも、助けてもらって感謝もしている。初めて男子に触れられた羞恥に心臓がばくばく鳴っている。

 そしてとうとう――。

「もういいわっ」

「今結び終わりますから、ちょっと待っててください」

「うぅぅぅ……」

 その間、宮古は半ば足踏みしていたが、やがて耕平が結び終わると。

「~~~~~~~」

 帽子のつばで顔を隠し、そのまま間にも言わずにドアを乱暴に開け、店を飛び出した。

「うぅぅ……どうしよう……どうしよう……」

 顔を赤くしたまま宮古はずかずか歩き続ける。心臓はばくばく鳴り続けているのに、思考はほとんど働いていない。半ばショック状態に近かった。

 ずっと女子校だった宮古にとって、男子との接触は皆無に等しい。耕平のような男子と話すことさえ珍しいのに――それが突然抱きかかえられるなんて。身体を許すに等しい行為だ。

「……屈辱だわっ」

 多分、それが今の感情に一番近いだろう。

 怒りと羞恥、わけのわからない昂りに煽られ、宮古はひたすらずかずか家路を歩き続けた。


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