星川さんはお店に居つく
どうやら星川さんは耕平の料理を気に入ってしまったらしく――。
翌日の夕刻、いつものカウンター席に腰を落ち着けた星川さんは、耕平が作ったまかないを食べていた。油揚げを細切りにしたものをご飯に乗せ、かつおぶしと長ネギの輪切りをかけて、しょうゆをかけただけものだ。
もう彼の作れるレパートリーもほぼ使い果たし、こんな料理になっていたが。
「ちゃんとしたメニューじゃないけどお口に合うかな」
「うんっ……おいしいよ」
星川さんは顔も上げず、スプーンをかちゃかちゃ鳴らして口に運んでいる。
本当に何でもおいしそうに食べてくれる子だ。そんな姿を微笑ましく見守っていると。
「まおちゃん、おうちではあんまりご飯は食べないのかい?」
「ん、食べますよ、むぐっ、むぐっ」
星川さんは相変わらず顔も上げずに食べ続ける。
(星川さん、よくわからない食生活してるよな)
実は耕平も少し気になっていたことだ。いつも変わらずにおいしく食べてくれるのは嬉しいけれども、家ではちゃんと食べていないのだろうか。でも、どうやら家でもちゃんと食べているらしい。
「晩ご飯もおうちで食べるの?」
「ん。でも、うちの作り置きより……んむっ、そらのごはんの方がおいしいけど」
夢中で食べている星川さんから祖父が話を聞き出したところ、どうやらご両親は仕事で家を開けがちなものの、食事はちゃんと用意してくれているらしい。ただ、一人っ子なのでいつもひとりで食べているとのことだ。
要するに、家とここで二食分を食べている想像以上の食いしん坊なだけだった。
「そうか……じゃあ、好きな時にうちに食べに来なさい。もちろんお父さんお母さんを心配させないようにね」
「ちょっと、じいちゃんっ、何もそこまで――」
してあげるのは違うだろう。耕平は思わず口を挟むが。
「耕平のご飯が嫌いじゃなかったらだけど、どうかな?」
祖父は無視して勝手に話を進めてしまう。
その言葉を聞いていた星川さんはわずかに不安そうな表情だったけど、相変わらず口はもぐもぐやったままだ。
「そらのご飯、好きだけど……でも、お金――」
「いいよ、耕平の料理の練習相手になってやってくれれば。その代わり、贔屓にしてくれよ」
「……ん、わかりましたっ」
安心したのか、星川さんはまた食べ始める。もしかしたら今までも星川さんなりに少し気を遣っていたのかもしれない。
(おいおい、どうするんだよ……)
本当に星川さんに居つかれることになってしまった。
内心、溜息をつきつつも近所の野良猫を餌付けしてしまったような、くすぐったい気分でもあった。自分の作ったものをおいしく食べてくれる『お客さん』が来てくれるのだから、嬉しいに決まっている。
日も暮れた頃――。
耕平は星川さんの店の外に送り出していた。
「ごちそうさま。おいしかった」
「ありがとう。何かじいちゃんが勝手に決めちゃったけど、よかったらまた来て」
「ん。じゃ、また明日」
それだけ言って星川さんはとことこ歩いていった。
そんな星川さんを見送っていた耕平は、春の温かさの残る夜の空気を大きく吸い込む。
「……もっと練習しなきゃな」
星川さんに飽きられないように、いろいろ作れるようにならなければ。
今までただ上達したいとかそんな気持ちばかりだったけど、誰かに食べてもらうために……なんていう気持ちは初めてだ。
自分でも不思議と気持ちが高揚するのを感じながら店に戻るのだった。




