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男子の部屋は危険な縄張り


(やっぱり帰ろうかしら……)

 狭い和室のちゃぶ台の前で宮古は正座したまま固まっていた。握り締める拳にも汗が滲む。

(耕平の部屋なんて、絶対まずいじゃないっ)

 宮古にとって友人の家、しかも男子の部屋で二人きりというのは初めて。絶対に危ない場所にいる確信がある。

 異性に一切免疫がないこともあり、緊張や警戒心で逃げ出したいくらいだ。それに。

(一応まおのこともあるし……やっぱりまずいわよね)

 耕平の部屋に上がるなんてまおの縄張りに入り込むようなものだ。応援する義理はなくても、他の女の子の縄張りを荒らしてはならない――自分だってそれくらいの仁義はわきまえているつもりなのに。

(男の子の部屋ってこんな感じなんだ……)

 初めて入った場所への好奇心もやっぱり抑えられない。

 狭い室内にあるのはベッド、本棚――料理の本ばかり詰まっている――何やらいろいろな雑貨が乗っている棚。それくらいでかなり手狭だ。


 きょろきょろと室内を見回していたとき、階段を上がってくる足音がする。

 そしてお盆を抱えた少年が部屋に入ってきた。

「すいません、狭い部屋で。もうちょっと温度下げますね」

 ちゃぶ台を片手にエアコンを操作する耕平は手慣れた様子で、初めて宮古を部屋に案内しているのに緊張した様子もない。

 切り出すなら今しかなかった。

「その……ここにはまおは来たりしないの?」

「時々ね。星川さんはこの前はごはん持ってきてくれましたよ。そのあとそこで寝て帰りましたけど」

「相変わらずね、あいつは……」

 耕平が示した先のベッドを見て宮古は苦笑する。本当にマイペースなやつだ。

 一方のこの少年も何も考えていない。女の子をひょいひょい部屋に上げて、適当にごろごろさせている。たぶん犬猫を可愛がっている感じなのだろう。恐らく自分も――。

(ま、いいか……)

 一杯飲んですぐ帰ればまおも許してくれるだろう。

 そう判断した宮古はまた部屋をきょろきょろし始めた。



「……それより、本当に狭いわね。寝る場所しかないじゃない」

 それもそのはず、今日は店の中を片付けるために一時的にいろいろなものが出ている。店に入れたはいいものの、カウンターも客席も使える状態ではなかった。

 仕方なく先輩を自室に案内したのだが。

「こんな狭い場所でどうやって暮らしてるのかしら」

 狭いスペースに置いたちゃぶ台を前にして、先輩はちょこんと正座し周りをきょろきょろ見回している。

 脚を伸ばして座れないこともあるが、何やらかしこまっているというか、見慣れない場所に緊張しているみたいだ。

「本当にすみません。冷房のある場所はじいちゃんの部屋とここしかないんです」

 言いながら、耕平は先輩のグラスに緑茶を注ぎ、キュウリとナスの漬物が乗った小皿をその横に置く。

 先輩もそれに気を惹かれたらしい。

「……あら、紅茶とお菓子だと思ったのに」

「暑いですし、塩分補給も兼ねて。甘いものの方がよかったですか?」

 実際は余っていた冷蔵庫の見やすい場所に余っていた漬物があっただけで、それに合わせて緑茶を入れただけなのだが……。

「ううん、こういうの嫌いじゃないわよ。なかなか気が利くじゃない」

 先輩は途端に警戒心を緩めたのか、緑茶をぐいっと煽り、漬物をつまんで口に放り込む。

 そしてしばらくかりかりやり、またお茶をぐいっ、とやり、それをしばらく続けていると、ようやく息をついた。

「うん……こういうのも悪くないわね、夏っていう感じがするわ。おかわりっ」

「それはよかった。ゆっくりしてくださいね」

 先輩が突き出してきたグラスにお茶を注いでやり、耕平も自分のグラスに注ぐ。

 そして同じようにひと口煽り、息を突いた。

 外で動いていたせいもあって喉にしみ込んでいくような感覚が心地よい。

 それにしても――。

(何か変な感じだな……)

 先輩とはまだ会ってからそれほど経っていないのに、こうして自分の部屋でお茶を飲んでいる。特に重大な決断をしたわけでもなく、いつの間にかこうしているのだ。

「このキュウリのお漬物、なかなかいけるじゃない。もうちょっともらおうかしら」

 それはきっと先輩の性格のせいもあるのだろう。

 耕平が自分の世話をするのが当たり前だと思っている、そんな振る舞いが妙に気持ちいいというか、思い切りがいいというか。つい世話をしてしまう。

 星川さんのするりと入り込んでくる厚かましさとはまた別の性質だ。

 と、そんな耕平の視線に気づいたのだろう。

 漬物をかりかりやりながらもの問いたげな目を向けてくる。

「……何よ? さっきからじろじろ見て。言いたいことがあるなら言いなさいよ」

「いえ、先輩のことほとんど知らないなと思って……」

 他の常連さんに聞いたところ、先輩の家は地元でかなりの名家らしい。

 そんな人がこのお店に来て、こうして目の前に座っているのはやっぱり変な感じだ。

「先輩って、いつもはどんな生活してるんですか?」

「は? 別に普通よ。朝起きて、ご飯食べて、学校行って、習い事して、ご飯食べて、寝るだけ」

「その……いいおうちはいろいろ自由がないって聞きますけど」

「まぁね。授業は長いし、習い事とかであんまり家から出れなかったりするけど、それくらい。姉さん達に比べれば気楽なものよ」

「きょうだいいたんですか」

「いるわよ、それくらい。上が二人と。全員女だから仲はいいのよね」

 ということはきっと学校から帰る間の、自由がきく少ない時間でお店に寄ってくれているのだろう。

 いいところの猫の散歩コースになっているようで、何となく気恥ずかしくなるが。

「……今日は大丈夫なんですか? こんなところで寄り道して」

「遅くならないように帰れば大丈夫よ」

 言いながら、先輩はうっとうしそうに髪を払って、漬物を齧る。

 どうやら今も家を抜け出してきているらしい。想像以上におてんばというか、飼い猫にしようとしてもなかなか家に落ち着かない猫みたいな人だ。

 きっと家族も苦労しているだろう。

「それより、ちょっと聞きなさいよ。今日家を出てくるときにね――」

「はいはい、お茶をもう一杯どうですか」

「いただくわ。でね――」

 気がつけば先輩は膝を崩し、ちゃぶ台に肘をついてお茶を煽っている。

 きっと人知れず苦労もあるのだろう。耕平はそんな先輩の愚痴をそれからずっと聞いてやることになるのだった。

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