猫(ギャル)の帰還ー①
放課後――。
「そっちの掃除終わったらキャベツ買ってきてくれ。千切り俺がやっておくから」
「わかった」
開店前の『うつい亭』は普段よりも少し慌ただしい。
祖父がロールキャベツの仕込みを始めたため、彼はほぼホール仕事だ。
行き当たりばったりに作り始めているようでいて実際はかなりの人気メニューで、売り切れるまではかなり人が来てくれるだろう。
もちろん耕平だって作れるようになりたい。キャベツの切り方、中に入るタネの量、包み方……こそこそ見ながら見ながらホール――と言ってもカウンターとテーブルが数脚だけの小さなスペースだが――を整えていた。
椅子やテーブルを拭き、上に乗っている調味料の量、ナプキンの枚数を確かめているとき。
ガラン――。
とドアベルが鳴って顔を上げると、鞄を背負った先輩が立っていた。
ベレー帽にボレロの制服、耕平が見下ろすくらいの身長差だが、それを補って余りある気位の高い視線が見上げてきた。
「忙しそうね。お邪魔だったかしら」
「いえ。大丈夫ですけど、ちょっと待っててもらえますか?」
「いいわよ、それくらい」
先輩は鷹揚に手を振り、カウンターの隅の席に座ろうとするが。
「すいません。隣の席にしてもらえますかね」
「何でよ? 席くらい好きに座らせなさいよ」
「いえ、今日は星川さんが来るんで……」
耕平も別に確信がわるわけではない。でも今日は必ず来る、そんな気がした。だからこの前祖父に言われた通り、一応席を決めておかなければ。
「? よくわからないけど、まぁ、わかったわ」
先輩も少し不服そうだったが、それでも隣の席に腰を下ろしてくれた。
「耕平、キャベツ!」
「今行く!」
祖父にどやされた耕平は慌てて先輩に水を出し、店を飛び出すのだった。
開店前に買ってこなければならない。
そして耕平の予想通り――。
七月の午後遅くの熱気はかなりのものだ。キャベツを抱え額に汗をにじませながら開店時間ぎりぎりに戻ってくると、その席に見慣れた姿があった。
以前と変わらず頬杖を突いて、退屈そうにあくびをしている。
「いらっしゃい。星川さん」
「ん。宮古、私もお水」
「この小娘がぁぁ……いい加減にしなさいよ」
「いいじゃん、ちょうど入れてるところなんだから」
こちらを見もせず、星川さんは隣の先輩にコップを突き出す。
いつの間に仲良くなったのか、先輩と星川さんは何やら言い合いながらコップに水を注いだりしていた。
「ちょっと待ってて、もう少ししたら作るから。先輩ももう少し待っててくださいね」
「それよりこいつを何とかしてよ。年上に対する敬意ってものがなってないわ」
「ははは……っ」
「笑い事じゃないわよ、まったく!」
もしかしたらマイペースと気位の高い同士で意外と合うのかもしれない――星川さんが気にしなさすぎなのかもしれないが。
そんなことを考えながらキッチンに入るのだった。
キッチンでは祖父が相変わらず忙しく動き回っていて、キャベツを巻いたものを並べたバット、寸胴ではスープが作られていた。
店内は冷房を効かせているがキッチン内はかなりの暑さだ。
耕平がキャベツの外側数枚を巻いて渡すと。
「おう、助かったよ。開店したらまおちゃんと宮古ちゃんに何か作ってやりな。コンロはすぐ使えよ」
「わかった」
それだけ言って相変わらず忙しく動き回っている。こういうときの祖父はかなり殺気立っている。いう通りあまり邪魔をしないようにした方がいいだろう。
とはいえ、何を作るかはもう決めてしまっていた――せっかく星川さんが戻ってきてくれたのだから。
耕平は冷蔵庫に向かい卵を取り出し、炊きたてのお米をとりわけ、素早く準備を整える。
☆
(オムライスだ……!)
キッチン内の台に集められた食材を見て、まおは直感する。
途端、きゅっ、と胃袋が締めつけられるのを感じた。きっと私のために作ってくれるのだ。そう思うだけで胸まで苦しくなってくる。
そして予想通り、卵をいくつもボウルに割り入れてかき混ぜていたかと思うと、火にかけたフライパンにお米や切り分けた食材を入れ始めた。
それを炒めながらケチャップを入れ、かき混ぜていると次第に酸味と香ばしさが混ざったような匂いが漂ってくる。
「今日はオムライスか……あたし、オムライスにも結構うるさいのよね」
何を作っているか宮古も気づいたのだろう。同じようにじっと耕平が作る様子を見つめていた。
「ふふ……」
頬杖をついたまおの頬が緩む。そらのオムライスは『魔法のオムライス』だ。宮古だって絶対に認めるに決まっている。
それに――。
「…………」
チキンライスを二つの皿に盛った耕平は、新しいフライパンにバターを入れじゅわじゅわと焼き溶かしている。そして溶き卵をそっと流し込み――。
(やっぱり料理してるときのそら……かっこいいよね)
菜箸でそっと卵を動かしながら火が通る瞬間を見極める、その表情に見とれてしまうくらいだ。私のために作ってくれていると思うとなおさら嬉しくなる。
「…………」
隣に座る宮古に観察されていることも気づかないまま、まおはじっと耕平に熱視線を送っていた。




