愛猫弁当(ねこべん)ー②
(やっぱり星川さんに連絡させてもらおうかな)
廊下を歩く耕平は弁当箱を水平に保ったまま、ギャルに囲まれてびくびく歩いていた。
何か誤解しているみたいだし、この際星川さんに相談させてもらいたい。
切り出そうかどうか考えているうちに、気がつくと校舎の片隅のあたりまで来ている。
(ど、どうしようっ、これは本当にやばいかもっ)
日陰側の校舎特有のひんやりとした空気が肌寒く感じる。
こんな人気のない場所に連れ出されて一体何をされるか……。
耕平が思わず身構えたとき――。
(あれ?)
廊下の突き当り、小さな窓から差し込む陽光の影で星川さんが壁に寄りかかっていた。
居心地が悪いのか、腕を組んでそわそわしている。
(一体何なんだ……)
どうやら星川さんのために連れてこられたらしいけど、教室で話せないようなことなのだろうか。
わけのわからない状況に戸惑っていると。
「じゃ、あとは頑張れよー、まお」
それだけ言って、ギャル仲間達は行ってしまった。
その場に二人だけが残され、妙な沈黙が訪れる。
「「…………」」
静寂の中、窓の外から蝉の声が微かに聞こえ、校舎のどこかから昼休みの喧騒も聞こえてきた。
「えと、うぅ……えーと……」
「?」
マイペースな星川さんには珍しい。
何やらもごもご言っていたが、やおら椅子に置いた鞄から何かを取り出し、耕平に突き出してくる。
「お弁当、交換しよっ」
その手には弁当箱大の平べったい包みがある。どうやら星川さんが用意したものらしい。
「え? うん、別にいいけど……」
一体どういうつもりなんだろうか。
予想外の言葉はもちろん、いつもの星川さんらしからぬ、探るような上目遣いの視線だ。どことなく何か期待している猫みたいな目。
「本当に俺のと交換でいいの? 量違うし、残り物だよ」
「いいよ。そらがいつも食べてるので。量は大丈夫」
(そりゃそうだ……)
星川さんに対して『少なすぎる』という心配はあっても『多すぎる』心配はしなくていいだろう。
自分の弁当箱の代わりに受け取った包みを見つめていた耕平は、ようやくそこである事実に気づく。
「もしかして……このお弁当、星川さんが作ったの?」
「うん、あんまりうまくできてないかもだけど……」
「そんなことないよ、食べさせてもらうねっ」
まさか星川さんが作ったお弁当を食べることになるなんて。
未だにわけがわからないけど、何だかすごく嬉しい。
――ということは、これはお弁当を交換して食べるための呼び出しだったのだ。
きっと騒がしい教室が苦手な星川さんなりの場所選びだったのだろう。
「本当にあんまり期待しないでね。うまくできてないかもだから……」
「いいから、いいから」
一体どんなお弁当を作ってきたのだろう。
椅子に腰かけた耕平は、わくわくしながら白地に薄青の星があしらわれたふきんの結び目をほどく。
現れた大きな弁当箱の留め具を外し、慎重に蓋を開くと――。
「わっ……すごいね、これ」
ご飯の上に乗っているのは海苔を切り抜いて作った大きな猫の顔。
その周りには星形に切ったたくあん。
おかずのスペースには何かのフライが綺麗に並べられ、断面には緑色のものが挟まれているのがわかる。それに赤いものが入っている卵焼き、パプリカらしい野菜の炒め物。
色合いは綺麗だし、猫の絵も可愛いし、とても手が込んでいるのがわかる。
「ん。味も結構頑張ったんだよ。自信ないけど」
「うん、じゃあ、いただきますっ」
ぱちんと手を合わせた耕平はさっそくセットになっている箸で卵焼きをつまむ。
よく焼いた卵の風味とちょうどいい塩加減。それにしゃり、と微妙な歯ざわり。
「これ、紅ショウガ? 面白い味だね」
「ん。入れると傷みにくくなるし、結構好きだから」
食べ慣れていない味だが、歯ざわりや酸味が意外に卵焼きと合っていて癖になる味だ。それに、この季節を考えてちゃんと熱を通してあるし、傷みにくい工夫がされているのも嬉しい。
(本当にちゃんと作ってるんだ……)
少しもったいないけれども、海苔の猫と一緒にご飯を口にいれると、微かにカリ、コリ、とした歯触り。
「こっちも何か入ってるね……」
「刻んだ梅とじゃこ……買ったやつだけど、かりかりしたごはん好きだから」
「そうなんだ……うん、ごはんが進むね、やっぱり」
いつもおかずと一緒に口に詰め込むだけのごはんなのに、こうして工夫してあるだけでお米だけでもおいしく食べられる。それに、星川さんの好みがわかるのも何だか嬉しかった。
気がつけば耕平は夢中で弁当を食べ始めていた。
☆
(食べてる……! そらが食べてる! 私のお弁当……)
横目でその様子をちらちら見ながら、まおは言いようもない高揚感に胸を躍らせていた。
いつも食べてばっかりだけど、誰かに食べてもらうのがこんなにどきどきするなんて。少しそらの気分が分かった気がする。
それに――。
(これがそらのお弁当)
耕平が食べている間、まおは彼からもらった弁当に手をつけずにいた。
弁当箱の半分ほどは白いごはんで、真ん中に梅干しが乗っている。
おかずの部分はタレのかかっていないミートボールと、煮卵が二つ、少し空いたスぺ―スにきんぴらごぼうが詰められている。
飾り気はないけれども、そらがお店の仕事をしながら作ってきたと思うと。
(ふふ……)
不思議と頬が緩む。
料理を作ってもらうのもいいけど、いつもそらが食べているものを食べられるのも嬉しい。
「いただきます」
そしてまおも彼の作った弁当に箸をつけ始めた。




