野良猫は二度現れる
翌日――。
耕平が教室にやってきた時、星川さんは自分の席で机に突っ伏して寝ていた。
そして、隣の席の気配に気づいたのかむくりと身体を起こす。
「星川さ――」
「…………」
彼をじっと見つめていた星川さんは、すぐに興味をなくしたように机に突っ伏して寝てしまった。昨日までとまったく変わらない反応だ。
(何を期待してたんだ……俺)
まさか一食ご飯をあげたくらいで、いきなり態度が一変するはずもない。星川さんは常にマイペースだ。
それなのに、昨日あれだけ面倒に感じていたのに、これはこれでどうも納得がいかない。
妙な感情を覚えながら、耕平も席についた。
放課後――。
耕平はとぼとぼと帰り道を歩いていた。
あれから星川さんときたら相変わらずで、休み時間中はうとうとしていたり、いつの間にか教室からいなくなっていたり。まるで昨日のことなどなかったかのように過ごしていた。
(これでいいんだよな……これで……)
店に居つかれて面倒なことになるよりもよっぽどいい。自分も昨日のことは忘れればいいのだ。
そんなことを考えながら帰ってきたとき。
(……あれ?)
黒髪ギャルが昨日貸した傘を手に軒下に佇んでいた。
「星川さんっ?」
自分でも滑稽なくらい、心が軽くなるのがわかった。
昨日渋々餌をあげた猫がまた厚かましくもやって来たような、そんな複雑な喜びに耕平が思わず駆け寄ると、星川さんが傘を差し出してくる。
「これ、ありがと。使わなかったけど助かったよ」
「傘くらい学校で渡してくれればよかったのに……」
「ちゃんと返したかったし、そらのご飯食べたかったから」
まさかそのためにこうして店の前で待っていたのだろうか。マイペースだけど、律儀な子には違いない。
「…………」
またご飯をあげたら今度こそ居つかれてしまうかもしれない。
でも、自分のご飯をおいしく食べてくれるお客さんでもあるのだ。
面倒、でも食べさせたい。妙な感情が彼の中でせめぎ合っていたが。
「入って。また作らせてもらえるか聞いてみるから」
「ん」
耕平が店のドアを開けると、星川さんは隙間からするりと入り、昨日と同じカウンター席にすとんと腰を下ろす。
「おう、いらっしゃい、まおちゃん」
「お邪魔します。またそらのご飯食べてもいいですか?」
「そうだなぁ……今日はちょっと忙しいから待ってもらうけど、それでもよかったらゆっくりしててくれよ」
勝手に話が進んでしまうが、作らせてもらえなら文句はない。
自分でも驚くくらい心が浮き立っているのを感じながら、耕平はバックヤードで素早く着替え、手を洗い、キッチンに入る。
「おう、油替えておいてくれ。あとそこの米移しておけよ」
「わかった。すぐやるっ」
新しい一斗缶を開けてフライヤーに注いでいく。それが終わるとキッチンの隅に溜まっているいくつもの一斗缶――古い油が入っている――を店の外に運び出して、積んでおく。あとは業者に持っていってもらうだけだ。
いつもならかなりの重労働のはずが、今日は驚くくらいに軽い。
キッチンの外に置いてある数キロの米袋も、普段よりも軽く感じるくらいだった。一つずつ運び込み、常温庫に積んでいく。これもあっという間に終わってしまった。
「全部終わったらいつものやつな。まおちゃんが待ってるからって雑にやるなよ」
「わかってるって」
やっぱり焦っているのは祖父に見切られていたのだろう。間髪入れずに釘を刺され、耕平はもどかしい思いをしながらもいつも通りに仕事をこなしていく。
キャベツ半玉分の千切り、サラダ用の野菜も切り、ひき肉を解凍し……。
すべてが終わる頃にはもう開店していて、常連客もちらほらと入ってきていた。
(星川さん、待ちくたびれちゃったよな……)
注文を取ったり、料理を手伝ったり、レジを打ったりしながら、耕平は時々星川さんを観察していた。
カウンター席に座っている星川さんはうとうとしながらのんびりと座っているが、きっと食事を待っているに違いない。そう思うと、どうしても焦ってしまう。
そんな耕平を見かねたのだろう。
「耕平、こっちは大丈夫だからまおちゃんに何か作ってやれ」
「待たせちゃってごめんね。今、作るから」
その言葉に、ぼんやりしていた星川さんの目が輝く。行儀よく待ってくれていはいたが、やっぱり待ちかねていたのだろう。
「別にいいよ。食べるまで帰らないつもりだったし」
「それじゃ、今日はすぐに食べられるやつにするよ」
相変わらずマイペースというか、食い意地が張っているというか。
そんな星川さんの言葉に苦笑しつつ、キッチンに入った耕平は、冷蔵庫から食パン、先ほど作ったサラダの具材などを取り出した。
「お待たせ、紅茶セット」
耕平が星川さんの前に並べたのはいわゆる喫茶店の『コーヒー・紅茶セット』だ。
トーストにバター、生野菜のサラダ、かりかりに焼いたベーコン……それと少しいい葉っぱで淹れた紅茶。夕方からの営業だとあまり注文がないが、昔はランチもやっていたらしくその名残でこういうものも出しているのだ。
「ん、いただきますっ」
トーストに鼻をひくつかせていた星川さんは早速バターの包装を剥き、パンに塗り付けて食べ始める。時折サラダやベーコンを突き、またトーストをかじり、紅茶に口をつけたかと思うと。
「熱っ……」
口を離した星川さんは息を吹きかけ、少しすすり、また息を吹きかけてすすり、またトーストを齧り始める。
「ゆっくり食べてね」
「うん、でもおいしいからっ」
耕平の言葉に顔を上げた星川さんは口にパンを詰め込んだまま、嬉しそうに目を細め、またぱくぱくやり始める。
(本当においしそうに食べてくれるよな……)
こうして星川さんが食べる姿を見ているとこちらまで嬉しくなってくるくらいだ――もちろんまた食べてほしくもなる。そんな星川さんを見守っていると。
「おい、耕平、ぼけっとしてないでポテサラ! それとテーブル片付けろっ」」
「ごめんっ、すぐ行く! じゃあ、ゆっくり食べてね」
祖父にどやしつけられた耕平は星川さんをその場に、再び忙しく動き始めるのだった。
それから十数分後、星川さんはいつの間にか姿を消していて、席にはきれいに食べた後のお皿とカップだけが残っていた。邪魔にならないように声をかけずに帰ったのだろう。
少し寂しいけれども、きっとまた食べに来てくれるに違いない。そんなことを考えながら仕事を続けるのだった。




