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新入りはコロッケ好き


 翌日――。

(今日も降りそうだな……)

 相変わらずどんよりと湿った午後の空の下、早足に帰ってきた耕平が店のドアを開けると――。

「…………」

 まだ開店前の店内には制服を着たひとりの少女の姿があった。

 いつも星川さんが腰かけているスツールで、頬杖をついて退屈そうに脚をぶらつかせている。

 キッチン内ではパイプ椅子に腰かけた祖父がスポーツ新聞を広げていた。今週の競馬の予想でもしているのだろう。

「おう、今日も降りそうだから傘立てとシート出しておけよ」

「わかった……先輩、また来てくれたんですか」

「暇だったからね。ちょうど小腹も空いてたし」

 そんなことを口にする間も先輩は頬杖をついたまま、ぼんやりとキッチンを見つめている。

「いいから何か作りなさいよ。食べさせてくれるんでしょ?」

「……ぁ、そうですよね。ちょっと待っててくださいね」

「ん」

 先輩は相変わらず顔も向けずに頷くだけ。

 やっぱり気位が高いというか、人間に餌を与えられるのが当然だと思っている猫のようなふてぶてしさだ。

 それでも、こうして自分の作るものを食べにきてくれる人がいるのはやっぱり嬉しい。

 店の奥に引っ込んだ耕平は急いで開店準備を始めるのだった。


 そしていつものように開店準備を終えてキッチンに入ると、祖父は新聞から顔も上げないまま。

「あとでパンの在庫確認しておけよ。お前が使いまくるからかなり減ってるぞ。それとあレジの釣銭足しておいてくれ」

「わかった」

「……宮古ちゃんもいい子だな。お得意さんになってもらえるよう頑張りな」

「うん、わかってる……」

 先輩も星川さんと同じ大事なお客さんだ。自分の料理の腕を上げる練習もあるけど、やっぱり自分の料理を食べて喜んでもらいたい。その気持ちは変わらなかった。

「それと、一応まおちゃんと取り合いにならないように席はちゃんと決めたおけよ」

「? わかった」

 不思議な言葉だ。空いている椅子に勝手に腰かければいいのに。子供でもないのにそんなことがあるだろうか。

 しかし、祖父は相変わらずスポーツ新聞に退屈そうに目を通している。きっとこの仕事をずっと続けているからこその経験があるのだろう。


 それから――。

 祖父に言われた通りに下準備をし、雑事をこなし終わった頃にはかなりの時間が経っていた。

 先輩も退屈しているのかもううとうとしかけていた。いつ帰ってしまうかとひやひやしていたが、どうやら帰る気配はないらしい。

「すいません、待たせちゃって……今から作りますね」

「……っいつまで待たせるのよ! 寝そうになっちゃったじゃない」

 カウンター越しに声をかけると、先輩がはっとしたように顔を上げる。

 頬に何かのあとがついていて明らかに寝ていたのがわかる。それでも食べ物にありつけるとわかった途端、表情が変わるのがわかった。

 あまり感情を見せない星川さんと違って、わかりやすい反応だ。

「苦手な食べ物ものとか――」

「ないわ」

 食いしん坊の人間に聞くだけ野暮というものだろうが、やはり即答だった。

「じゃ、ちょっと待っててくださいね」

「早くしなさいよ。お腹空いてきちゃったんだから」

「すぐできますよ」

 やっぱり年上とは思えない人だ。正直すぎるというかなんというか。

 苦笑した耕平は銀色の冷蔵庫からバットを取り出し、ラップに包んだそれをいくつか別のバットに移す。実は昨日のうちにほとんど準備してあった。もちろん先輩に食べてもらうためもあるが、半分は星川さんの分だ。

 そのバットを手に耕平は既にまたいくつかの材料を取り出し始める。



 宮古が見ている前で少年はいくつか並べたバットのうちに小麦粉を入れ、別のバットにはがさがさとパン粉を入れていく。それが終わるとボウルに卵を割り入れてカチャカチャと菜箸でかき混ぜてバットに流す。

 特別慣れてはいないが、よく練習しているのがわかる手つきだ。

(今日はコロッケかしら……)

 予想通り、少年はバットの中にある手の平サイズの平べったいものからラップをはがし、それを小麦粉の入ったバットに入れ、今度は溶き卵につけ、最後はパン粉の入ったバットに。

 やはり慣れているとは言えないけれども、丁寧な手つきだ。

(やっぱりね……私の好物を選ぶなんてなかなかやるじゃない)

 そんなことを考えている間にも、タネに衣をつけた少年は、既に熱した油が入っている鍋にそっと入れた。

 じゅっ、と食欲を誘う音と、衣が上がる香ばしい匂いが漂ってくる。

「…………」

 揚げ上がる瞬間を見極めようとしているのか、少年は鍋の中をじっと見つめている。

「ふふ……っ、こういうのもいいわね……」

 コロッケがあがる音や匂いに反応して胃袋はきゅるきゅる言っている。

 早く食べたいけれども、できあがるまでのこの瞬間も悪くない。頬杖をついた宮古は空腹を楽しみながら、少年を見守っていた。



(……うん、これくらいだ)

 菜箸でコロッケを持ち上げた耕平はそっと油を切ってバットに乗せる。粗熱を取っている間にキャベツの千切りを皿に盛り、小さく切ったトマト。

 あとはその上にコロッケを乗せ、試作のウスターソースを多めにかけて――。

「お待たせしました。どうぞ」

 そのお皿を先輩の前にことりと置くと。

「いただくわ」

 先輩はカウンターに置いてあるフォークを取り、早速食べ始めた。

 フォークの『みね』――側面――をコロッケに押しつけて衣ごとざくっ、と切り分わけると、それを口に入れ、もぐもぐやり始める。

「ん……」

 しばらくもぐもぐやっていた先輩は何やら『うんうん』頷き、ふた口目を食べ始める。

 それを飲み込むとキャベツの千切りを口に入れ、コロッケをまたひと口食べ、時々グラスを水を煽り、次第に勢いよく食べ始めた。

「……悪くないわ」

「そうですか、よかったです」

 先輩が食べる姿は一生懸命だ。真剣というか、時々落ちてきたショートヘアを耳にかける以外は、わき目もふらずに食器や口を動かしている。やっぱり行儀はいいけれども、それでも夢中で食べてくれているのがわかった。

 と、先輩が顔を上げる。

「あんまりじろじろ見られると食べにくいんだけど……」

「あ、すいません。ごゆっくり……」

 人間にまだ気を許していない猫が餌を食べるようなものだろう。

 先輩が食べている間、耕平はちらちらとそれを観察しながらも、祖父に言われた通りレジを確認するのだった。

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