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東雲宮古は甘いものに逆らえない⑤


「よかったらメイプルシロップもかけてね」

「ん」

「アイスティのお代わりは?」

「ん」

 フレンチトーストに夢中になっているのか、星川さんの反応はいつもよりそっけない。それでも、あまり慣れていないのかナイフとフォークをかちゃかちゃ鳴らし、時折アイスティを飲むために上げる顔には口にバターがついていた。食べるのに一生懸命という感じだ。

(甘いものもよく食べるな)

 二杯目のアイスティーを淹れながら、耕平はちらちらと星川さんの様子を確認する。

 この前一緒に出かけたとき、甘いものをおいしそうに食べていたこともあり作ってみたのだが、予想以上の反応だ。それに。

「…………」

 謎の少女の方は相変わらず行儀よく、星川さんよりも少し静かに食べている。

 こちらもやっぱりほとんど顔も上げずに食べていた。

(何かいいよな、こういうの……)

 静かな店内には二人の少女しかおらず、かちゃかちゃと微かに食器が鳴る音だけ。

 無関係のふたりだが、こうしてカウンター席に並んで座り、自分の作ったものをそれぞれのペースで食べてくれている。祖父に比べればまだまだでも、二人のお客さんが食べている素敵な光景だ。


 そんなことを考えていたとき――。

 先に食べ始めた少女がナイフとフォークを静かに皿に置き――綺麗に揃えられていた――そばにあった紙ナプキンで口を拭う。

「ごちそうさま。まぁまぁだったわ」

「ありがとう。お皿下げるね」

 耕平の言葉に少女は鷹揚に頷き、皿を下げてもらうのを待つ。

 そして耕平が下げた皿をキッチン内のシンクに入れようとしたとき。

「どう? おいしいでしょ、そらのごはん」

 顔を上げた星川さんがじっと彼女を見ていた。その口には追加でかけたメイプルシロップがついているが、少し誇らしげな顔だ。

 そんな星川さんを少女もうろんげに見返す。

「あんたが作ったわけじゃないでしょ、何で偉そうなのよ」

「だって、おいしかったでしょ」

「別に食べさせてほしかったわけじゃないわ。こいつが食べてくれってお願いするからよ」

 そして少女はスツールからぴょん、と飛び降りると制服とセットらしいベレー帽をかぶり、鞄を肩にかける。髪が少し濡れている以外は、店に入ってきたときと同じ気位の高そうな雰囲気そのままだ。

「助かったわ。それじゃ」

 それだけ言って、とことことドアに向かう。

「よかったらまた来てね。まだ練習中だけどハンバーグとかも作れるようになるから。オムライスも得意なんだ」

 思わず言葉が口をついて出ていた。

 もしかしたらもう来てくれないかもしれない。彼にとっては二人目の大事なお客さんになってくれるかもしれない存在だ。少し子供っぽいメニューかもしれないが逃がすわけにはいかなかった。

「…………」

 その言葉にぴくりと反応した少女が足を止めて振り返る。挑むような表情で彼を睨みつけてきた。

「あなた、さっきから失礼なこと考えてない?」

「……え?」

 一体何を言ってしまったんだろうか。耕平は素早く出会った瞬間――店の前で雨宿りしているのを発見したとき――からを思い返す。が、心当たりがなかった。

 それでも、かなり怒っているのは間違いない。わけもわからず謝ろうとしたときだった。

「その人、私達より年上だよ」

 フレンチトーストを食べる星川さんは顔も上げず、背中を向けたまま口にする。

「はい……?」

 意外な言葉に、耕平は思わず少女を改めて観察する。顔立ちは年上というには少し幼い気がするし身長もかなり低いし――。

「だから、それが失礼だって言ってるのよっ!」

「その、すいませんっ、見慣れない制服なのでつい……」

 体格から年下――へたしたら中学生の制服かと思っていたのに、まさか年上とは……。

「このへんじゃ有名なお嬢様学校だよ。そのリボンの色、三年生でしょ」

「そうなんだ……」

 星川さんは相変わらず顔も上げずに食べ続けている。

 ギャルならではの情報というか人脈というか、校外の事情にも通じているのだろう。耕平はというと、校内のことさえあまりよくわかっていないというのに。

「ふんっ」

 星川さんに『正体』を見抜かれたことにわずかに溜飲を下げたのか、少女は鼻息も荒く胸を張る。

「三年の東雲宮古よ、もう少し年上を敬うようにっ」

「あ、それはどうも……先ほどは失礼しました。どうぞごひいきに」

 が、そんなお嬢様相手に耕平はどうしていいかわからない。ホールに回って適当な接客トークで『東雲さん』が座っていた席を片付けていく。

「ん……」

 星川さんに至っては背中を向けたままフレンチトーストに夢中になっている。相変わらずのマイペースだ。

 そんなふたりの様子に東雲さんがまた苛立ち始めるのがわかった。握り締めた手が微かに震えている。

「人が自己紹介してるんだから、あなた達もしなさいよっ。第一、あなたこのお店の従業員でしょ?」

「あ、すいません……二年の空井耕平です。このお店は祖父の洋食屋で自分は見習いです」

 耕平が手振りでキッチンの奥を示すと、伝票とにらめっこをしていた祖父が軽く手を上げた。

「……星川猫」

 星川さんはフレンチトーストに夢中なのか、背中を向けたままもごもご答える。いつものペースだ。

 それぞれが自己紹介らしきものをすると、『東雲さん』はやがて納得したように軽く息をついた。

「……まぁ、いいわ。雨宿りもさせてもらったし、気が向いたらまた来てあげる」

 それだけ言って、とことことドアへと向かうと、今度こそベルをがらがら鳴らして店を出て行った。雨は既に止み、ドアの外には梅雨の湿気がアスファルトから立ち昇っているのが感じられた。

 東雲さんが出て行ったドアを眺めていた耕平は、やがてカウンターを片付け始める。

「また来てくれるかな」

「……さあ」

 星川さんは相変わらずそっけない。けれども先ほどよりも緊張がやわらいだのがわかった。ほんの少し食べるペースがゆっくりになったような。

「おい、在庫!」

 祖父がキッチンの奥から声を上げる。まだ在庫の確認が残っている。

 耕平は慌てて片づけを済ませ、キッチンの奥へと引っ込むのだった。



(ほんと失礼しちゃうわ)

 雨上がりの蒸したアスファルトを小さい歩幅できびきび歩きながら、宮古は先ほどのやり取りを思い出してまた憤慨する。まさか下級生にあそこまでこけにされるなんて。

 私を甘いもので釣ろうとする少年と、失礼なギャル。多分クラスメイトなのだろう。きっと食べ物をたかっているのだ。

(まぁ、悪くはなかったけどね)

 正直なところ、食べようと思えばもっといいものも食べられる――家の誰かに頼めばそれなりのものを取り寄せてくれるだろう。

 でも、そういうことじゃない。あの見習いが、初対面の私のために精一杯のできたてを提供してくれた。

 それに、お店の雰囲気も悪くない。気がつけばいつまでもいてしまう、独特な雰囲気だ。あの小娘も居座っているに違いない。

(うん、悪くないかも)

 思えば降水確率50%の賭けは負けたかもしれないが、それなりに得るものはあった。

 途切れた雨雲の隙間から差し込んでくる陽光は、夏がすぐそばまで来ていることを感じさせた。

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