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星川さんは手を握りたい⑥

 夕刻――。

「うぶっ? わかった、わかった」

 靴を履いた耕平は玄関にしゃがみ込み、鼻先を押しつけてくるユウを撫で回していた。

 先ほどの『心づけ』が相当効いたらしく、訪れたとき以上の盛大な見送りだ。

 存分にユウを撫で回した耕平はやがて腰を上げる。アンズはというと、奥の部屋にいるらしいが顔を覗かせもしなかった。

「それじゃ、お邪魔しました」

「ん。道に出たら左に曲がってスーパーがあるところ、わかる? そこ曲がれば近いよ」

「うん、多分わかりそう」

「迷ったら連絡して」

 玄関まで見送りにきた星川さんはその手にスマホを持っている手を揺らす。

 先ほど連絡先を交換したばかりなのだ。

「スーパーからは道なりだから」

 星川さんはいつも通りだ。ギャルの友人達と同じように誰かが遊びにくるのも、見送るのも当然のような振る舞い。

 それがまた耕平にはくすぐったい。連絡先を交換したり、こうして見送られたり、帰り道を聞いたりするのも彼にとっては初めての経験だ。そしてやっぱり少し名残惜しくもなる。

「じゃ、また明日。今日はありがとう」

「えと……」

「?」

 オートロックを外してドアノブに手をかけたとき、星川さんがためらいがちに切り出す。いつも口数が少ないながらも遠慮をしない彼女には珍しい歯切れの悪さだ。

 そして星川さんはほんの少し迷うかのように口をもごもごさせていたかと思うと。

「またどこか行こ、そらがよかったらだけど」

 星川さんには珍しい早口に驚いたものの、耕平自身、その言葉に表情がやわらぐのがわかった。そしてやっぱり、ほんの少しくすぐったくなる。

「うん。またどこか行こう」

「ん、じゃあ」

 そしてドアノブに手をかけたままだった耕平はようやく星川さんの家を出る。

 初夏の日は既に暮れかけ、外は紫色よりもさらに濃い色になっていた。それでも昼間のむっとした熱気はまだ残っている。

(またどこか……かぁ)

 マイペースな星川さんのことだ。明日、明後日にすぐ出かけるというつもりもないだろう。

 それでも、耕平にとっては誰かと遊びに行く約束は初めてだ。たったそれだけのことでも心が浮き立つのを感じる。

(またどこか……)

 星川さんがかけてくれた言葉を頭の中で繰り返しながら、夕闇の住宅地を早足に歩き店に戻るのだった。



「…………」

 耕平が帰るのを見送ったあと、まおは部屋に戻りワンピースのままベッドに身を投げる。

 服は友達にああでもないこうでもないと着せ替えられたものが散らかったまま。

 今日一日のいろいろなことが頭に浮かんでは消え、とりとめのない思考が広がっていく。が一番大きく感じたのは。

「何だろ……」

 突然部屋が静かになったような、すかすかになったような不思議な感覚だ。

 気の合う友人達が帰ったあとの静けさとはまた違う。

 思えば、初めて耕平を家に誘うときは緊張もしたのに――何しろ初めて男子を家に入れるのだ――部屋に通してからはそれもなくなってしまった。

 いつもそらと一緒にいて話しているときの自然な感じ。

 それが突然なくなったような違和感さえ感じる――自分の部屋なのに。

 と、握り締めていたスマホがまたピコン、とメッセージ着信を告げるが、まおはじっと耕平が先ほどまで座っていた小さなテーブルを見つめていた。

 テーブルの上にはまだお盆とピッチャー、飲みかけのグラスが置きっぱなしになっている。

「そらのごはん、食べたいな」

 何故かそんな気分になり、気づけばまおはお腹をさすっていた。さっき言葉を交わしたばかりなのに、無性に彼のごはん食べたくなている。多分、お腹が寂しがっているのだ。

「でも、また遊びに行けるし」

 自分でも何故あんなことを言い出したのか実はわからない。でも、そらがそのまま帰って、もしかしてもう家にこないかも……と思うと勝手に言葉が出てきてしまった。

「今度は怖くない映画がいいよね」

 映画館であったいろいろな出来事がまた頭に浮かんでは消え、顔が赤くなるのがわかる。それでも、決して嫌な気分ではなかった。

 それに、また一緒にどこか行くなんて。友達と遊ぶ約束をしたときとはまた違う、わくわくする感じだ。

 と、今度こそお腹がくぅ、と微かに鳴った。

 途端、まおは飛び起きる。

「やっぱり、そらのごはん食べにいこ」

 一度決断すると、もうそのことしか考えられない。

 ワンピースの上からジャケットを羽織ったまおは、早足に玄関に向かい、いつも履いているローファーをつっかけ、家を飛び出すのだった。

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