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星川さんは手を握りたい②


 翌日の午前10時過ぎ――。

 約束通り、耕平は駅前でぼんやりと星川さんの姿を探していた。

 6月に入った昼間の日差しは既にかなり強く、既にじんわりと夏の気配を含んでいる。

 それにしても。

(まだ来ないのかな……)

 休日の駅前に行き交う人は多いものの、星川さんはいるだけで目立つタイプだ。こうして探しているのに見つからないということは、いつものマイペースなのだろう。


 さらに5分経過し――。

(さすがに一応連絡入れとくか)

 メッセージくらい入れておけば星川さんも今日の予定を思い出すかもしれない。

 そんなことを考えながらアプリを立ち上げ、もそもそ操作しメッセージを送信すると。

「…………」

 どうやら同じように待ち合わせをしているのだろう。すぐそばで日傘を差している女性もスマホを操作している。

 直後、耕平のスマホアプリが着信を告げた。

 どうやらもう到着しているらしい。

(???)

 が、いくらあたりを見回しても星川さんらしい姿がない。

 もしかしてからかわれているのだろうか――星川さんがそんなことをするとは思えないが。

 わけもわからずまたメッセージを送ろうとしたとき、すぐそばにいる女性がわずかに日傘を傾け、控えめな視線を向けてくるのがわかった。

 思わずその視線に反応してそちらを見たとき。

「っ星川さん?」

「…………」

 そして星川さんはまた、さっ、と日傘を差し直す。

「……もうちょっと早く気づいてよ」

 いつもよりぶっきらぼうな感じがするのは気のせいだろうか。

 学校では制服を着崩し、誰に見られても気にしない。そんな星川さんが今は居心地悪そうに日傘をくるくる回していた。

「ごめん……」

 言いながらも、耕平はその意外な姿に驚いていた。制服以外の星川さんを想像したことがないせいもあるだろう。

 薄い青の細めのサマーワンピ―スに、足元はヒールの低いストラップサンダル。それに黒い日傘。

 いつもおろしているストレートロングの髪は軽く結い上げ、ピアスなどのアクセサリーなども今日は少なめで、ネイルも涼しげな色だ。

 普段からは想像もできない格好は、何となくいいお家のよく手入れされた飼い猫という感じだ。

「……何? 変だったら変って言っていいから」

「ごめん、ちょっと驚いちゃって……その、いつもと違うけど変じゃないよ」

「そう、ならいいけど」

 星川さんの表情はほとんど変わらない。それでもその言葉に微かに安堵したのが耕平にもわかった。きっと星川さんなりに緊張していたのだろう。

 本当なら『似合っている』くらいは言うべきなのはわかっている。けれども、いきなりそんな恥ずかしいこと言えるわけがない。

 誰かに作ってもらった料理を正直に『おいしい』ということくらい簡単なはずなのに、どうして口にできないのだろう。そんな自分をもどかしく感じながら、耕平はわざとらしくスマホで時刻を確認する。

「えーと、まだ時間あるけどもう行っちゃおうか?」

「ん」

 そしていつものようにぶっきらぼうに答えた星川さんは、先に立って――履き慣れないサンダルなのか少し歩きにくそうに――先に歩いていく。

 そんな星川さんの様子に、ようやく耕平も安堵してついていくのだった。

「ここ、どうぞ」

「うん……」

 上映開始までまだ時間があるせいか照明は落とされておらず、席はすぐ見つけることができた。

 星川さんに促されるままに耕平が腰を下ろすと。

「飲み物買ってくるから待ってて」

 それだけ言って、すぐにどこかに行ってしまった。

 もしかしたら星川さんなりにサービスしてくれているつもりなのかもしれない。

「…………」

 落ち着かないまま、耕平は首を巡らせて館内を見回す。

 休日にも関わらずほとんど席が埋まっていない、ということはあまり人気のない映画なのだろう。それにしても――。

 友人とどこかに出かけるなんていう経験はほとんどなく、映画館なんてひとりで来ることもない。それが今はクラスでもちょっと浮いているギャルの星川さんとふたり。

(やっぱり落ち着かないよな……)

 店のことも少し気になる。祖父には気にせずに遊んでくるよう言われたが、今までずっとやっていたことから離れるのは少し心細い気もする。

 結局、星川さんが戻ってくるまで耕平は落ち着かない時間を過ごすことになるのだった。



「まお、こっち、こっち!」

 シアターを出たまおが足早に出口へと向かうと、共用部分から身を乗り出した友人が手招きしていた。別の友人の手には特大のカップやポップコーンなどの軽食がトレーに乗せられている。

「ありがと。あとでお金払う」

「いいって。初デートのまおへのあたし達からのプレゼントっ」

「じゃあ、ありがたく受け取っておく」

 友人達からそれらを受け取るまお。

 実は待ち合わせ場所からずっと彼女達に追跡されているのを、まおは耕平に隠していた。まお自身も望んでこうなったわけではないのだが、好奇心旺盛な友人達に『いざというときにサポートする』と押し切られこんなことになってしまった。

「……で、どうだ? まおのイメチェン作戦はっ、うついもさすがにびびってたろ?」

「ちょっと驚いてたけど変じゃないって」

「「「はぁぁ~……」」」

「そか、まぁ、うついならそんなもんだ」

「気落とすな、びびらせただけでこっちのもんだぞ」

「うん……」

 一斉に溜息をつく友人達の反応にまおは戸惑うしかない。

 きっと耕平の反応は期待外れ――あるいはぎりぎり許せるくらい――だったのだろう。

 しかしまお自身が彼にどんな反応をしてほしいか、どんな言葉をかけてほしかったかわからないのだ。

 それに、そらだって好みがあるはずだ。自分でも居心地が悪い服装で気を惹こうとしても、結局見抜かれてしまうかもしれない。

 そんなことを考えながらも、まおはトレーに乗った数々の軽食を無意識に観察していた。ポップコーン(特大)、ホットドッグ×2、フライドポテト(大)、チュリトス×2、コーラ(特大)×1……。

「ごめん、飲み物足りないんだけど」

「わざとに決まってるだろ! ふたりで飲めよっ」

「え――」

 友人達の言葉にまお自身も顔が赤くなるのがわかった。

 一緒のストローで何か飲むなんて、時々お店で味見させてもらうときとはわけが違う。

「何照れてんだよっ、それぐらいしないとあいつにはわからないだろ?」

「でも、そらが嫌がるかもしれないし……」

「大丈夫だって、鈍感でもそんな空気読めないやつじゃないから! たぶん!」

「そんな考えずに何気なくやればいいんだよ、かるーくな」

「…………」

 やっぱり今日はいろいろ無理なことが多すぎるかもしれない。

 慣れない服装で、慣れないことをして――。

 トレーを手にしたままぐずぐず考えていると。

「あと、飲み物はふたりの間に置いとけよ。チャンスがあったらうっかり手握るんだっ、怖いシーンがあったときとかなっ」

「え、そんなの――」

 無理に決まっている。友人の大胆すぎる言葉に挫けそうになるのを感じた。が、友人達は容赦ない。

「そのためにホラーにしたんだろ! 甘えんなっ!」

「ジュースはまあいいけど、一回は手握るまで出てくるなよっ!」

「わかったらとっとと行け!」

「ぅぅ……」

 友人達の目は本気だ。

 やっぱりついてこさせないほうがよかったかもしれない。今さらそんな後悔をしつつ、彼女達の声に追い立てられてとぼとぼ席に戻っていくのだった。


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