野良猫の恋ー②
★
それから数日後の午後、開店三十分前――。
「ちわーす♪ お、結構いいカンジの店じゃん!」
「どーもー! まおがお世話になってまーすっ☆」
ドアベルを鳴らし、騒々しいギャルの一団が入ってくる。星川さんとその友人達だった。
「ごめん、いきなり変なお願いして」
「いや、いいよ……じいちゃんも別にいいって言ってるし」
「今日だけで何度も来させないから」
カウンターにやってきた当の星川さんだけは、何やら申し訳なさそうにもごもご言っている。
彼女から突然『友達がお店に行きたがっているから連れていきたい』と持ちかけられたのは数十分前。教室から出ようとしていたときだ。
どうやら星川さんが入り浸っているので、耕平の出す食事に興味が出たらしい。祖父に許可をもらって耕平が食べさせることにしたのだ。
「ま、いいよ。とりあえず食べてもらおう。でも、お店が始まるまでには帰ってもらうからね」
「ん、それはちゃんと言っておく。量も少なくていいから」
キッチンから小さなホールの方を見ると、いつもの友人達三人はテーブル席に腰かけてくつろぎ始めているところだった。星川さんに負けず劣らずの大胆さだ。
そんなギャル達に気を遣うこともないと思ったのだろう。祖父はキッチンの奥でのんびりと開店の準備をしている。
(いつも通りでいいんだ……いつも通りで……)
星川さんにはだいぶ慣れてきたものの、やっぱりまだギャルという人種はかなり苦手だ。緊張しながらも水の入ったピッチャーとグラスを手に席に向かうと。
「おー、やっとるね、うつい君」
「まおがお世話になってるし、挨拶しておこうと思ってさー」
「いいお店じゃん。こーいうお店、最近珍しいよね」
「どうも……」
テーブルについた星川さんと三人の友人達それぞれに水を配りながら、耕平はもごもご答える。
本当に大胆というか、野良猫四匹に囲まれてしまったようでやっぱり緊張する。
「じゃ、そらの作りたいもの作って。二人前でいいよ」
「わかった。それじゃ、ちょっと待っててね」
ピッチャーを手にキッチンに戻っていく耕平はもう頭の中で料理を作り始めていた。
☆
「うーむ……これはまおさんが惚れてしまうわけですな」
「料理する男かー、なかなかよろしいですな」
「それにしても学校と違いすぎだろっ、別人じゃんかよ」
キッチンで忙しく動き回る耕平の姿を、友人達はやいのやいの言いながら見守っている。彼女達なりに品定めしようとしているらしいのだが。
「…………」
まおは友人達の言葉を聞き流しながら、同じように耕平をじっと見ていた。
手際よく食材を切り、フライパンを火にかけ、何やらかき回し、時折しゃがんで姿が見えなくなったかと思うと、何かを持って現れる。
いつもああやっておいしいものを作ってくれるのだ。
彼が料理をする姿は、作ってくれたものを食べるときと同じくらいに――。
「まおさんや、そんなガチで熱視線送ったらさすがにうついも気づくぞ……」
「…………」
「なははっ、だめだこりゃ」
友人達にからかわれながらも、まおは彼が料理を作る姿にじっと見入っていた。
やがて――。
「お待たせしました」
耕平が二つの皿を持ってやってきて、それをテーブルにことりと置く。
エビピラフと、昨日の余りのポトフだ。
「おー、マジでうまそうじゃん!」
「何か想像よりいいの出てきたっ、いただきまーす!」
そして友人達が遠慮もせずにぱくぱく食べ始めるのを確認し、耕平はそっと席を離れキッチンに戻っていった。
「マジでうまいじゃん、これっ、ほんとにうついが作ったのかよ?」
「さすがまおの胃袋を落とした男だけあるわ」
「毎日こんないいもの食わせてもらってたら時間の問題だろっ」
わいわい言いながら、友人達はピラフをすくい、ポトフを分け合っている。
そんな友人達の姿を見ながら、まおは不思議な気分になっていた。
(そらの料理、やっぱりおいしいんだ……!)
今までは自分がおいしいものを食べられればそれでよかったのに、彼が作ったものを誰かがおいしいと言ってくれると嬉しくなる。自分で作ったわけでもないのに。
それに――。
(魔法のオムライスだって作れるんだから……!)
祖父のテストでは、あのオムライスはまだお店に出せない。
つまり食べられるのは自分だけ。あのオムライスはまだ自分だけのものだ。
他の人が知らないそらのおいしいものを知っている。それがまたまおの心のある部分をくすぐる。
結局、まおは友人達が食べるのを見守ったまま、自分はほとんど食べることがなかった。
★
「それじゃ、ごちそうさまでしたー!」
「急にすみません、お邪魔しました!」
「今度はおじいちゃんの料理食べてさせてくださいねー」
食べ終わった友人達はカウンターからキッチンの奥にいる祖父に声をかけて店を出ていく。
こういう挨拶もちゃんとしていくから、どこでも誰とでもやっていけるのだろう。祖父もなんだかんだで孫の同級生が来てくれたのは嬉しいのか「また来てくれよ」なんて社交辞令を返していた。
「今日はありがと。みんなそらのごはんおいしいって言ってた」
「そっか。それならよかった」
席を片付けながら星川さんと話す耕平は妙なくすぐったさを覚えていた。
よく考えたら、同級生にこうして料理を振る舞うのは久しぶりで、元々はあまりいい想い出がない。それなのに、星川さんを通すことでこんなふうにほめてもらえるなんて。
やっぱり星川さんが『初めてのお客さん』になってくれてよかった。そんな気分だ。
「じゃ、また明日」
「うん」
そして星川さんが店を出ていくのを見守ったあと、耕平はいつもの開店作業を始めるのだった。




