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星川猫は恋を知るー②


「耕平、レタスは?」

「えっ……ぁ、ごめん、今出すっ」

 常連客から注文を取っていた耕平はキッチンから聞こえる祖父の声に、ハッとする。

 そういえば、開店前にレタスを出しやすい大きさに切って水につけておかなければならなかったのに。完全に頭から飛んでいた。

 耕平は常連客にぺこりと頭を下げ、慌ててキッチンに入る。

「トマトも足りないぞ。卵も出してない。開店前に全部確認しておけって言っただろ」

「ごめん……」

 祖父はとりあえずすぐに出せるよう、レタスの一部をちぎっていた。

 一応客の手前もあるのか怒鳴らないようにはしていたが、相当腹を立てているのがわかる。

 そんな祖父からレタスを受け取った耕平は慌てていつも通りの準備を終え、開店前の準備をもう一度確認していく。

(星川さんがいなくてよかったな)

 いつも星川さんが座っているカウンター席は今日は無人だ。どうやらギャル友達とどこかに出かけているらしいけど、あんまり怒られているところは見せたくない。

 そんなことを考えていると――。

「トースト焼いてないだろ、先に料理出してから確認しろ」

「ぁ、ごめん……」

「あんまりぼけっとしてるなら今日は休んでいいぞ」

「大丈夫。ちゃんとやる」

 今日何度目かわからない謝罪を口にした耕平は、慌ててトーストを焼き始める。

 とはいえ、ミスが多いのは耕平も自覚していた。

 何しろ彼の頭の中にあるのはオムライスのことだけだからだ。どうしてもうまくいかず、何度も作り直せないだけに頭の中で何度も試行錯誤を繰り返し、当然、他のことは注意散漫になる。

 そもそも祖父にとっては耕平がオムライスを作れるようになるかは気にしていない――店を継がせる気がないように、できなければそこまでだ。

 だからこそこれではいけないとわかってはいるのに。

「おい! 皿洗ってないぞ!」

「ごめんっ」

 祖父の苛立った声に我に返った耕平はまた慌てて洗い場に向かうのだった。



 それから数日後――。

 いつものカウンター席で耕平の作った料理――今日はパセリがたくさんのエビピラフだった――を食べ終わり、客も多くなってきたのでそろそろ帰ろうと思っていたとき。

 店の奥に引っ込んでいた祖父と耕平が戻ってきた。

 が、その様子が普段と少し違う。

 祖父はやや呆れながらも疲れた感じで、耕平はふてくされている――お説教をされていたのはすぐにわかった。

(また怒られたんだ……)

 ここ数日でもう何度か見るようになった光景だし、その原因も何となくわかっていた――オムライスのせいだ。

 うまくいかないせいでずっと悩んでいて、気が散ってしまっている。しかも、店の仕事もミスが多くなり、どんどん悪化しているのもわかってしまった。

「早く買ってこいよ。お前がいない間、料理が止まるからな」

「…………」

 キッチンから出てきた耕平は祖父の言葉など聞いていない様子で、カウンター席で立ったままメモ帳に乱暴に何かを書きつけている。

 これもここ数日でよく見るようになった風景だ。何か食材を用意するのを忘れてこれから買い出しに行くらしい。

「…………」

 耕平にバレないようちらちらと観察するが、苛立ちと同時に疲れている感じもする。今までに見たことがない表情だった。

「買い物なら私が行ってこようか?」

「……いい」

「じゃあ、買い物行ってる間、お店の手伝いしておく?」

「いい。自分でやる」

 耕平はメモ帳に何やら書きつけながら顔も向けずに答える。強情な横顔だった。

「ん……」

 そんな耕平の言葉にまおはそれしか答えられなかった。

 いつも優しくていろいろ聞いてくれるそらだけど、料理のことになると時々ものすごく頑固になる。こうなったら私の言うことなんて絶対に聞かない。

 それに、そらに怒るおじいちゃんだって間違っていない。元々仕事がおろそかになっているそらが悪いのだ。

 そんなことを考えている間にも、耕平はメモ帳を手に仕事着のまま店を飛び出していった。

(大丈夫かな……そら)

 耕平が出ていったドアを見つめていたまおがキッチンに目を戻したとき、厳しい顔の祖父がこちらを見ていた。

「まおちゃん、あいつの邪魔をしないでくれるかい」

「……えっ? 私、邪魔なんて――」

「できもしない料理を作るって決めたのはあいつなんだ。そのせいで仕事で失敗するのも、恥かくのも、お客さんを困らせるのも自分の責任なんだからひとりでやらせなきゃだめだ」

「ぁ……」

 祖父の言葉にまおはハッとする。だからそらはあんなに頑固だったのだ――全部ひとりでやらなければならないとわかっていて。

「ごめんなさい、私、そんなつもりじゃなくて……」

 ただ役に立とうとか、助けになれればと思っていたのに――またそらがやっていることを甘く見ていた。

 自分でも恥ずかしくなり顔が赤くなるのがわかったが、祖父の表情はもういつものように柔らかくなっていた。

「いいんだよ、こっちこそあいつのせいで気遣わせてごめんね」

「ん……」

「あいつもまおちゃんにおいしいオムライスを食べさせたくて頑張ってるんだ。だからのんびり見守っててくれよ」

「……ん、わかりましたっ」

 もちろん心配だけど、そらがおいしいものを食べさせてくれるために頑張ってくれているならばやっぱり嬉しい。

 それに、私はやっぱりそらが料理をしているところを見るのも好きだ。

 耕平が店を飛び出してから数分――。

 そろそろお客さん達も焦れてくるだろうけど、もちろん手を出すこともできない。

(そらなら大丈夫だよね……)

 あんまり邪魔にはなりたくないし、そろそろ帰った方がいいだろう。

 耕平が帰ってくる前にまおはそっと店を抜け出すのだった。 

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