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ギャルの休日ー③


「ごちそうさまっ」

「ごちそうさま。おいしかったね」

「ん……そう言ってくれてよかった」

 ぱちん、と手を合わせたまおはいつにない充足感に思わず目を細める。

 友達とはいつも一緒に食べているし、そんな時間も好きだけど今日は何か違う感じがする。そらにいつも作ってもらっているご飯を食べるときも幸せだけど、それともまた違う――そらのご飯は特別だけど、一緒に食べるご飯も特別だ。

「えへ……」

 お腹を満たされた満足感も手伝い、ぼんやりとし気分になり始めたとき。

「お茶のおかわりとお菓子持ってくるからゆっくりしてて」

「ん……」

 食器や容器をお盆に乗せた耕平がそっと部屋を出ていくのを見送り、まおはちゃぶ台に頬杖をつく。

 そらと一緒にご飯を食べて、そらの部屋でのんびり過ごすだけでこんなに楽しいなんて――。

 思考が次第にぼんやりし始めたまおはいつの間にか背後のベッドを見つめていた。

「…………」

 行儀が悪いのはわかっている。男の子の部屋に来ていきなりごろごろするなんて――友達の家でもなかなかしない。しかし、頭の中にあるのは『お腹がいっぱいになったらごろごろしたい』という欲求だけ。

「ちょっとだけならいいよね……」

 そらが戻ってきたら座ればいいし――そう自分に言い聞かせながら、まおはぽん、とベッドに腰かけ、すぐに横たわる。

「ん…………」

 ごく最近替えられたシーツの清潔な臭いと、窓から吹き込む五月の爽やかな風、部屋にまだ微かに残るご飯の匂い、友人のベッドとは違う男の子の匂い……。

 多分、幸せの匂いだ。初めての感覚にまおの意識はあっという間にとろけていく。

「そらが戻ってきたら起きなきゃ……起きるんだから、大丈夫……」

 言いながら、まおはすでに寝息を立て始めていた。



 新しくお茶を淹れた耕平がそっと部屋に入ると。

「……ん……すー……」

 星川さんがベッドで丸くなっていた。

 腕を枕にして穏やかな呼吸を繰り返している。お腹がいっぱいになっているせいだろうか、その表情も穏やかだった。

「星川さん、おやつ――」

 言いかけた耕平は星川さんを起こそうと、手を伸ばしかけてやめた。せっかく気持ちよさそうに寝ているんだし、しばらくこのままにしておこう。

 それにしても遠慮がないギャルだけど不思議なのは自分の方だ。

 今までこんなふうに同級生に気を許したことはないはずなのに、気がつけば自分の部屋にまで招き入れて、当り前のように一緒にいる。

 多分、餌につられてやってきた野良猫が住み着いてしまったような感覚に近いのだろう。

(ま、いいか……)

 星川さんが寝ているベッドを背もたれに腰かけた耕平はまたスマホで動画を見始めた。


 それからしばらくして――。

「…………」

 耕平はスマホである動画をじっと見つめていた。

 祖父が得意料理のひとつである『オムライス』を作っている動画だ。

 卵を割り、箸をかちゃかちゃ鳴らして溶き、フライパンにバターを入れて溶かし、温度が上がったら溶き卵をそっと流し込み――。

 最後にはチキンライスの上に、ぎりぎり形を保っているくらいふわふわのオムレツを乗せ――。

 最後にケチャップをかけ、完成すると祖父はほとんど見せてもくれずに食べ始めてしまい、そこで撮影は終わりだ。

「うーん……」

 祖父に頼んで撮影させてもらい、何度も見返し、自分でも作ってみてはいるのだが、どうやってもうまくいかない。火加減か、混ぜ方か、ひっくり返し方か……。

 再生が終わるとまた卵を割るところから――。

 じっとスマホを画面を覗き込んでいるときだった、肩のあたりにさらっ、と柔らかなものがかかる感覚。

「……オムライス?」

「っ?」

「おじいちゃんが作ってるんだ……」

 動画に集中していた耕平がハッと我に返ると、いつの間に目を覚ましていたのだろう。星川さんが肩越しにスマホを覗き込んでいた。

「うん……そう。今練習してるんだけど……」

「難しい?」

「すごく……でも、作れるようになりたいんだ」

 普通はこんなふうに近づかれたら嫌なはずなのに、星川さんだとまったく気にならない――猫に動画を覗き込まれているようなものだ。

 耕平は構わずに何度も再生を繰り返す。

 その間、肩越しに覗き込んでいる星川さんがごくりと唾を飲み込むのがわかった。本当に食欲に正直な子だ。

「じいちゃんが言ってたけど、一人前の料理人はみんな必殺技を持ってるんだって」

「? 得意な料理ってこと?」

「そう、食べたら作った人のことが一発で好きになっちゃうような魔法の料理だって言ってた」

「……おじいちゃんのシチューみたいなやつ?」

 耕平は無言で頷く。あのシチューで祖母を口説き落とし、今でも作ればたくさんの客が訪れる。そんな料理が自分にも作れたら――。

「作れるといいね」

「うん……」

「できたら一番最初に私が食べるからね。最初のお客さんだし」

「うん、わかった」

 星川さんの言葉に答えつつも、耕平はじっと動画を見つめたまま。

 その横では星川さんもじっと動画を見つめている――耕平と違ってほぼ食欲だろう。

 そろそろ終わりに近づく春の午後はのんびりと過ぎていった。


 だいぶ長くなった春の日が暮れかけた頃――。

 店の外はもうオレンジから赤く、紫に変わりつつあった。

「今日はごちそうさま。おいしかったよ」

「ん、今度はそらのオムライス食べさせてね」

「わかった、たくさん練習しておくよ」

 星川さんの頭はもう耕平の作るオムライスのことばかりになっているらしい。それでも星川さんとのんびりと過ごす休日も悪くなかった。

 思えば休日にこうして誰かと会い、また明日も会うという感覚さえ久しぶりな感じがする。

「じゃ、また明日」

 それだけ言って星川さんはとことこ歩いていく。

 彼女にとっては今日も明日も会うのが当然のことなのだ。

 そんな星川さんが夕暮れの街に消えていくのを見送ったあと、耕平は店に戻る。

 祖父が帰ってきたらキッチンを使わせてもらってオムライスの練習をしなければ。

 久しぶりの休日はゆったりと、過ぎていくのだった。

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