猫(ギャル)の手も借りたいっ②
☆
「……ごちそうさまっ」
最後にアイスティーを飲み終えたまおはぱちん、と手を合わせるが。
(???)
いつもより騒々しい店内を見回す。
お客さんも多いし、祖父や耕平も忙しそうだし、そろそろ帰った方がいいだろう。
マイペースなまおなりにぼんやり考えながら、グラスの中に残っていた氷をかりかり噛んでいた。
「耕平、皿足りないぞ。洗ってこい」
「わかった、代わりにパンやっておいて」
その間にも二人は相変わらず慌ただしく動き回っている。
やっぱりかなり忙しそうだ。
「皿は洗っておくから先に下げてきてくれ、まったく、猫の手も借りたいよっ」
「そういうこと言うなよっ、自分の責任だろっ……」
(?)
その言葉に何となく厨房に目をやったまおと耕平の目が合う。
★
「?」
特に意味もなくそちらに目をやったとき、星川さんが耕平を見ていた。
氷を口に入れているらしくもごもごやっている。
「……ぁ、いや、星川さんのことじゃないよ?」
自分もなぜ星川さんを見たのかわからない。
とはいえ、そろそろカウンター席もいっぱいだ。星川さんにも帰ってもらわなければ。
「星川さん、そろそろ――」
「忙しいなら手伝おうか?」
「…………え?」
予想外の言葉に反応がワンテンポ遅れてしまった。
まさかマイペースな星川さんがそんなことをい出すなんて。
「私、こういうバイトしてたから大体わかるよ。席に案内して注文取って運んでレジ打てばいいんでしょ?」
「いや、そうだけど……」
さすがにそんなことをしてもらうわけにはいかない。
耕平は丁重に辞退しようとするが。
「それなら手伝ってくれるか? バイト代は弾むから」
「ちょっと、じいちゃん!」
祖父までこんなことを言い出すとは。
しかし、それだけ忙しいのも確かだ。これから毎日忙しいわけではないし、シチューが切れるまでの数日間手伝ってもらうだけでも助かる。
「じゃあ、いきなりで悪いんだけどお願いできる? そんなに難しいことは頼まないから」
「ん、わかった。そのエプロン貸して」
☆
店の奥の水道台の前に立ったまおはエプロンに首を通す。
次に長い髪を一度根本でまとめてからくるりとサイドに巻き上げてお団子に。
少し毛先も出さないと可愛くない。
(んー……やっぱいまいちかな……)
最後にヘアクリップで髪形を固定したまおはいろいろな角度から髪を確認する。
本当は決まるまで何度もやりたいところだけど。
(……ま、いいか)
前髪は整っているし、髪はサイドで一応綺麗にまとまっているし、邪魔にならない程度に可愛く整っている。
それに、そらとおじいちゃん、お客さんも待っているし、あんまり時間をかけていられない。
(多分、私が手伝ったら助かるよね)
丁寧に手を洗いながら、まおは自身が言い出したことに驚いてもいた。
本当はこんなつもりなんてなかったのに、そらやおじいちゃんが大変そうにしているのを見ていたら、つい口が動いていた。
(やっぱり、そらに喜んでほしいし……)
いつもおいしいご飯を作ってくれるし、これくらいしてもいいはずだ。
それに、そらが喜んでくれると思えばやっぱり嬉しい。
そんなことを考えながら手を洗い終わり、備え付けのペーパータオルで表に戻ると。
ホールでは耕平が相変わらず忙しそうにしていた。
注文を取りながら料理を運び、下げた皿をカウンターに積み上げている。
あまりいいことではないけれどもそれだけ大変なのだろう。
「ぁ、星川さん、準備できた?」
まおの姿に気づいた耕平が駆け寄ってくる。
足取りからしてもかなり慌てているらしい。
「ん、あとは教えてくれれば何とかなると思うよ」
「じゃあ――」
しかし、言いかけた耕平はまおの手をじっと見つめていた。
「?」
「ごめん、星川さん。ネイルは落としてくれる?」
まおの爪は伸ばしているわけではなくても、自分でデザインした黄色やピンクやつやつやした模様が描いてあった。とはいえ、そんなに派手でもないし――。
「でも……」
「落としてくれないと手伝わせられないよ」
「ぁ……」
耕平の意外な強い口調にまおは思わずたじろいでいた。
普段の少し気弱な彼とは違う、絶対に譲らないということがその目からも伝わってくる。
「ごめん……落としてくるっ」
まおは半ば逃げだすように店の奥に引っ込むのだった。
(うぅ……怒られた……)
いつも持ち歩いているメイクセット――除光液など――でネイルを落としたまおは、すぐに手を洗い始める。
(怒られた怒られた怒られた怒られた怒られた怒られた)
自分の顔が恥ずかしさや情けなさで赤くなっているのがわかる。
こんなお店で働くのだからネイルを落とすのは当然なのに、大事にしているからってついわがままを言ってしまった――そらが怒るのも当然だ。
加えて、初めてあの少年に叱られたということがまおを一層へこませる。
今まで優しくて、おいしいものを作ってくれる男の子だから、つい甘えてしまったけど、彼の大事なものを蔑ろにしようとしたのだ。
(怒られた……そらに怒られた……)
自分でも何故こんなにへこんでいるのか、実はまおにもよくわからない。
いつも怒られたり注意されても適当に流しているのに。
ただ少年に怒られた事実が重くのしかかっているのを感じながら手を洗い続ける。
★
(ちょっと強く言い過ぎちゃったかな……)
星川さんがなかなか裏から出てこないので覗きに行ったところ、その姿を見て耕平も反省していた。
めそめそしながら手を洗う星川さんときたら、しょぼくれた猫のようで見ているこちらが申し訳なくなる。
ギャルにとっても『毛づくろい』と『爪いじり』は大事な身だしなみだということは耕平もわかってはいるのだが。
(ネイルはだめだよな……)
お店のルールだ。それだけは耕平も譲るわけにはいかなかった。
が、それでもやっぱり少しかわいそうだ。
「星川さん、バイトが終わったらあとでじいちゃんのシチュー出してもらうからさ」
「……っ」
その言葉に星川さんがぴくりと反応する。
「食べたいでしょ? シチュー」
「…………」
無言で頷く星川さんには少し元気が戻ってきたようだ。
やっぱり食べ物には弱いのだろう。
「じゃ、頑張ろう」
「ん」
星川さんがようやくやる気を取り戻してくれたのを確認し、耕平は慌てて表に戻るのだった。
そして――。
「お客さんが来たら席に案内……注文はメニューと個数だけ書いて値段は会計のときに見ればいいから……あとはできた料理を運んで……席が空いたら片付けて……」
「うん……うん……」
「レジの打ち方はわかる?」
「こうやってメニューの値段を足していけばいいんでしょ」
レジの前に立った星川さんは器用に操作して、ガチャン、とドロア――お金が入っている引き出し部分――を飛び出させる。
「そうそう、伝票はここに刺しておいて」
本当に大丈夫だろうかと思ったものの、意外とできそうだ。
どうしようもなくなったら自分が手伝えばいいし、そんなこんなでギャルも加えて三人での営業が始まった。




