私の事を
三題噺もどき―さんびゃくごじゅう。
9月も終わり、10月に入った。1年も残りあとわずかだ。
秋らしい空きが来ることもなく、今日この日まで夏のような日々が続いてた。
今日になってようやく、涼しくはなったが……さすがに涼しすぎるぐらいに思える。というか普通に寒い。
「……」
「……」
それとも、この肌寒さは、この部屋にいるからだろうか。
電気の消えた薄暗い部屋の中。
1人と1人が対峙している。
うち1人は私だが、もう1人は私ではない。
誰とは言えないが……身内といえばある程度絞られるだろうか。
「……」
「……」
別に今からケンカを始めようとか、何かの別れ話をしようとかそんなではない。
ただまぁ、少し話をしてみようと言うだけだ。
「……」
「……」
重い沈黙が落ちているのは……なぜなのか正直私にも分からない。
つい先ほどまで割と和やかに話していたはずなんだが。
分からないと言うか……理解はしているけどその理解を拒否しているというか…。
「……」
「……ねぇ」
漏れ出たその声に、びくりと跳ねる。
その声は私のものではない。
あぁ、ついでに。
対峙していると言ったが、机を挟んで椅子にお利口に座って向き合っているわけではない。
私はキッチンのシンクにたって手持ち無沙汰にコップをいじっている。
もう1人は机に座っている。
残念ながら、頭を上げる気にならないので、表情は見えない。
「……ん」
「………」
返事ではない。
何か答えなくてはと思って漏れただけだ。
咳払いですらない。この状況で咳払いなんてできやしない。
多分相手には届いてすらいない。
次を出すべきだが、なぜか喉が詰まってこれ以上は出ない。
「……」
「……なに?」
聞こえてたのか。
何……。なんだろうな。
どうして今こんな状況になったんだろう。
確か私は、仕事のことで悩んでいると話していて。他の選択肢もできてきたから、今の仕事を辞めたいと言う話をしようと思って……それで?
「……」
「……」
慰めることを求めていたわけではない。
なんとなく話をしたかっただけで。それで……何だったか。
辞めたいという話までしたはずで。
その後どうするのと聞かれて……?
それから答えを出そうとして。
「……」
「……」
話の雲行きが怪しくなってきたのを悪く思ったのか。
徐々に空気が重くなっていくのを感じて。
気づけば沈黙が落ちていて。
辞めた後の話を催促されたから、私の中で考えていたことを伝えようと思って。
「……」
「……」
それで。
そうして。
そのはずで。
「……」
「……」
声を出そうとしたところで。
なぜか喉が詰まってしまって。
首が絞められて。
息ができなくなりそうになっていって。
「……」
「……」
そのまま声が出せずに、黙り込んで。
あちらも黙ったままで。
ときおり幽かに動く音が聞こえるけれど。
「……ぁ
「っふぅ……」
タイミングが悪い。
なんとかふり絞ってみようとした瞬間に。
溜息でふさがれる。
更に、きゅう―とのどが絞まり、痛みさえ覚える。
「……」
「……」
その痛みゆえか。
それとも沈黙に耐えかねてか。
はたまた何も言えない自分に嫌気がさしてか。
―ジワリと、目頭が熱を持つ。
―そのまま、ぽたりと落ちる。
「……」
「なに……もう……」
ぽたりとシンクに、音を立てて落ちたそれに気づき、更に呆れたような声が聞こえる。
それを聞いてさらに勢いを増す。
涙はぽたぽたと落ちる。
とめる気にもならない。
だって、どうしてこれが流れているのか分からない。
「……」
「……」
いつもこうではあるんだ。
何かを話していて、いざ自分の意見を求められると。
考えはしっかりとあるはずなのに、どうしてかできなくなる。
言葉が詰まって、息が苦しくなって、周りが困惑または呆れていることに気づいて、更に声が出なくなっていって。
そのうちこうして涙があふれる。
「……」
「……」
泣くたくなんかない。自分だって。
これだって、どうにかしたいし、どうにかしないといけないと思っている。
泣きたくて泣いているわけはない自分が一番困惑している。
でも相手はそんなこと知ったことじゃない。
大抵の人は、泣けばどうにでもなると思っているんだろう、というのだ。
「……」
「……はぁ」
痺れを切らしてか、椅子から立ち上がる。
そのまま何を言うでもなく、次の行動に移っていった。
私は何をできるわけでもなく。
こぼれるこれをどうにもできずに。
苦しいままで立ち尽くす。
泣きたくて泣いているわけじゃない。
自分のことを話そうにも話せない。
溢そうとすると息が詰まる。
私だって、自分の思いを吐き出したい。
そんなことは沢山あるのに。
そのどれもが、のどに詰まってどうにもできなくなる。
そのことすら。
吐き出せない。
お題:涙・声・慰める