第1話 出会い
初めて小説を投稿させていただきます。夕陽 実です。楽しんで見ていただければ幸いです。
『才能とは残酷なものである』
才能ある者は大多数の人間が持っていない何かを持っている。
それが優れた容姿であったり、並外れた身体能力であったり、決して手に入らないであろう才能であればあるほどを他者は強い『羨望の眼差し』を才能に向ける。
だが誰もがそうである訳ではない。
羨望とは言い換えれば憧れるだけで決してその才能に対して本気で正面から向きあう事ではないだろう。
では才能ある者と本気で正面から向きあった場合、人は羨望の眼差しを向けるのか……
否、
羨望よりもおぞましい『嫉妬の眼差し』を向けるだろう。
嫉妬という感情は強く、おぞましいが故に取れない汚れの様に払拭できず心に巣食う事だろう。そんな嫉妬を払拭するために才能がないものは才能を持つものを妬みそして、追いつかんとするために努力をする。そういった経緯を通って人は自分の嫉妬心を払拭し、才能あるものと並び立つ時が来る。
……とは限らない。
才能を持つ者、すなわち『天才』は存在するだけで他者から羨望され、そして他者の努力を踏みにじり頂上へとたどり着く。
一方『努力した凡才』は『天才』に己が努力を踏みにじられ、そして考えられないほどの嫉妬心を胸に抱き続ける。それと同時に自分が努力してきたからこそ天才が見えないところで努力してきていることを実感してしまうだろう。
努力したからこそ天才に嫉妬し、そして努力の苦悩を知っているからこそ努力もせずただ天才を批判し嫉妬心を癒すような存在にもなれない。そんな生き地獄の様な状態になってしまう。
だからこそ……
『才能を持つ天才という存在は、才能がなくとも必死に努力し続けた者にとっては地獄を味わうのと同じくらい残酷なものだろう。』
結論を言おう。
才能がないと判断できれば苦しむ前に努力しない方が賢明であるだろう。
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夕焼けに照らされた廊下を重い足取りで歩く男子生徒は職員室と書かれている部屋の前まで歩いていた。
ひとつため息をを零しながら「失礼します。」と言い中に入っていった。
「二年C組 赤崎 雄飛です。早瀬先生はいらっしゃいますか?」
そういいながら職員室の中をぐるっと見渡してみると奥の方から赤いジャージが特徴的な女教師である早瀬 沙月先生が歩いてきた。
「来たようだな赤崎。とりあえずここだとなんだから、奥に移動するぞ。」
移動した先は1つの長机と2つの椅子しかない無機質な個室。
個室に入るなり疲れていたのか先生は重いため息をついて腰を椅子に沈めた。椅子に座るのを見た後同じく椅子に座った。
無言の時間があったがすぐに先生が話始めた。
「とりあえず放課後に呼び出したわけだが、なぜ呼び出したかは検討がついているかい赤崎?」
この人はなんでいちいちわかりきっていることを確認する必要があるのか甚だ疑問ではあったが、本当に知らないようであればやり過ごせる可能性はある。
「いや~全然わかりませんよ先生」
と適当に返答をしてみたら、疲れが増したような表情を浮かべため息をつき「真面目に考えてから答えろ」とだけ言って話を続けた。
「単刀直入に言うぞ。赤崎、なぜ補修をさぼった? きちんとした理由があるならまだいいが、君は一年の時もほとんど補修を受けていなかったからな……」
「まあ理由もなくさぼっているのだろうと思うのだが、そこのところどうなんだ?」
疲れていながらもしっかりと話を聞くためこちらに目を向けてきた先生に対し俺は、今まで何回もお叱りを受けたことはあったけれど、理由なんて聞かれたことがなかったからか、少し驚きながらもとりあえず自分が思っていることを話した。
「理由なんて簡単ですよ先生。自分の進路的に文系科目の勉強をしても無意味だと感じたからですよ。」
「なるほど……ということは今までの補修も同じように理由で受けてこなかったという認識でいいのかい?」
「その認識であっていますよ先生。」
いっそ清々しいほどに言い切った雄飛に早瀬沙月は益々疲れが増していたたようにため息をした。
「これで俺の気持ちが理解できましたかね? これからも補修があっても行く気はありませんからね? それにこの高校は一応、補修に関しては強制ではなく自主性に任せるという方針だったと記憶しているのですが、なぜこうも毎回俺だけお叱りがあるんですかね~」
「しかも今回に関しては毎回のお叱りだけでなく理由まで聞いてくる始末で…」
いったい先生は何をさせたいんですかね~と言おうとしたが、少し挑発の意味を込めて聞いた言葉に沙月が益々苛立ちを増していくことを肌で感じた雄飛は消え入りそうな声で「あ…なんでもないです………」と少しビビりながら、横を向くことしかできなかった。
「はあ~」と少し諦めの表情を浮かべて沙月はため息をこぼした。
「赤崎、君は確かに国語や古文といった文系科目はあまり得意ではないかもしれない。だが、理系科目は学園の中でも上の方で非常に優秀じゃないか……だから君には期待しているし、毎回補修を受けてほしいからこそこうして毎回叱っている。今回に関しては二年になっても補修を受けない君に少しお灸を据える意味も込めてこうして呼び出し、理由を聞くことで意識改善をして次回からの補修を受けて欲しいと思うのだがどうだろうか?」
雄飛のことを少し心配するような表情で話す沙月に対して雄飛は答えるように話始めた。
「確かに俺は理系科目に関しては多少なりともできるからこそ、理系大学の入試試験に向けて努力はしています。ですがねえ~、国語と古文に関しては全くもって必要性を感じていないですよ。一応授業を聞くこと自体は怠っていないのですが聞いたところで全く理解できないんですよね。だからこそ俺は国語と古文に関しては努力すること自体は無駄だと判断しました。」
自分が思っていることを言葉にして話した俺に対して先生は「なるほど、なるほど」と理解を示すように頷きながら話を聞いてくれた。
「まあ授業を聞いてもわからないようなら仕方ないかもしれないがそこは理解できるように努力してみたらどうなんだ?」
「先生、俺はまったく努力してないわけじゃないんですよ。 しっかりと一度は努力してみたんですけどやっぱり駄目だったんで早々に努力をやめたわけなんですよ」
「一度努力してできなかったならより継続してみたらどうなんだ? 継続してみたら結果が出るかもしれないぞ?」
そう言って返答してきた先生の言葉を聞いた瞬間俺は眉をひそめてしまった。自分では感情を表に出さないようにしていても意図せずに眉をひそめてしまった。
「努力は継続したら結果が出るかもしれない。」
この言葉を聞いて俺は、過去の出来事がフラッシュバックの様に脳内で再生された感じがした。
才能という言葉に悩まされ己が努力が無下にされた。
忘れられることなくずっと心を抉るように存在する過去が。
「努力したところでその努力が実るとは限りませんよ先生。」
俺はどうにか言葉を紡ごうとしたが、結果的には絞り出すような声でしか返答できなかった。
俺の言葉を聞いて先生は「そうか……」と呟いた後少しだけ表情を曇らせたが、すぐにいつもの調子に戻ったのか穏やかな表情を浮かべて話始めた。
「まあ赤崎が補修をするのは無意味であると自分で考えて受けないことを選択したのであれば、教師的には補修を受けてほしいところだけれども……一個人としては、自分で考えて受けないと判断したのであればいいかな、と私は思っているよ。」
「君が言う通りこの学校は自主性を重んじているから結局は補修を受けるのも人によりけりだ。まあ君以外はだいたい補修を受けることで得られる内申点の回復のために受けている節があるからな。君はあまり気にしてないようだからこれ以上は追及しても無駄なようだな。」
先生の話を聞いていて俺はもう少し説得されると思っていたが、今度から心置きなく補修を受けずに済むことに安堵した。
話が終わるのも束の間、先生が少し考える素振りを見せたかと思うと先ほどまでの疲れが嘘のように、俺がしたような憎たらしい笑顔を浮かべてきた。
あっ、先生ぜーったい碌な事考えてないな。そう思った俺は一言「話は終わったと思うのでこれにて失礼します」と言って早々に部屋を出ようとした。
部屋を出た瞬間、ものすごい力で肩を掴まれたと思って後ろを振り向いたら、ニコニコした先生が「まあそんなに急いでいこうとするなよ」と脅しているじゃないかってぐらいの雰囲気で話してきた。
「赤崎。確認のためにもう一度質問するが、君はこれからも補修を受けずに学校生活を受けるということでいいのかい?」
「あっ、えっと~……これからも補修は受けないと思います。」と内心ビビりながらも補修は受けたくない一心で答えるしかなかった。
「そうかそうか……ならば君には私が受け持つサークルに入ってもらおうかな♪」
ほんとこの先生は……と思いながら、「シンプルに嫌ですよ先生。何故俺がサークルに入らなくちゃいけないんですかね?」と嫌な顔を崩さず言った。
「そんな嫌な顔しても無駄だ赤崎。君は補修を受けない。すなわち他の生徒よりも補修を受けない分時間があるじゃないか。」
「確かにそうかもしれませんけど……けど別に入る理由としては足りないんじゃないんですか」
「フフフッ♪ さっき私が言ったこと覚えているかい?」
そう先生が言った後俺は少し考えたが、なんか部活に入る理由になるようなことを言われた気がせず否定の意味も込めて沈黙するしかなかった。
「わからないようだな……。正解は、教師的には補修を受けてほしいけれど、一個人としては別に補修を受けなくとも構わないと言ったんだよ。」
「つまり! 教師的には、補修の代わりに何かを課さなければ面子が保てない、ということなんだ」
指をビシッとこちらに指してきた先生には強い意志が感じられた。
これ以上反論しても意見は変わらなそうだな、と思ってとりあえず「先生の話は分かりました。」と遠回しの言葉で承諾したが、普通にやりたくない気持ちでいっぱいだ。
「そうかそうか! なら今から向かおうか!」
「向かうってどこにですか先生?」
「そんなもんは決まっているだろう君。行こうか我らがサークルへ!」
「付いて来い!」、そう言って声高らかに部屋を出て職員室を後にした先生に俺は急いで付いていった。
職員室を出て外を見てみれば部活中の人たちの姿。聞こえてくるのは部活中の人の声と吹奏楽部の演奏。皆が部活に励む中、俺は来た時同様にまだ夕陽は沈んでおらず未だに薄暗い廊下を先生と一緒に歩いていく。
「そういえば、サークルってことでしたけど具体的に何をするんですかね?」
「ああ、具体的な事は何も伝えてなかったな。一応学校内のイベント、運動会や文化祭などに運営側として参加してもらう、所謂ボランティアサークルみたいな感じだ。後は、私の雑事も手伝ってもらうこともある。これでも私は生活指導として生徒の相談を聞くこともあるからな。それに付随して雑事が発生することもあるからな。」
俺は理解するように頷きながら先生の話を聞いていた。
「とまぁ、こんな感じの内容なんだが実際はそこまで活動してもらうことはないから暇な期間の方が多いだろうな。その間は好きなことしてもらって構わない。」
「なるほど。一応活動内容は理解しました。というか先生、サークル受け持っていたんですね」
「あぁ、今年度から受け持っていてな。と言っても、もう一人のメンバーが私に相談してきたことがきっかけでサークルを作ることになったんだがな。」
「へぇ~そうなんですか。ていうか俺の他にメンバー1人しかいないんですね。」
「君と私そしてもう一人の計3人のサークルになるな。」
意外と人が少ないけど人数が多いとそれはそれで嫌だな。そう思いながら歩いていたら部活中の音があまり聞こえないことに気づいた。職員室があった本棟から別棟に移動していたようだ。
別棟を歩いて少ししてくると、どこからかセリフめいた声が聞こえており、徐々にその声は大きくなっていった。
「よし、そろそろ着くぞ赤崎!ちょうどもう一人のメンバーもいるようだな」
「もう一人のメンバーってこの声の主ですかね」
「そうだな。まあこの学校の有名人だから君も知っているだろう」
嫌な予感がしてならなかった。この学校の有名人なんて考えても一人しかいないから。俺は感情が表に出ないようにと思いながら貼り付けの笑顔を浮かべるしかなかった。初対面なのに嫌な顔をするのは失礼だからな。
「赤崎。君のその顔ははっきり言って気持ち悪いぞ。」
「先生。そういうことは思っていても口に出さないのが常識ですよ。」
「まぁ、そうなんだがな。そんなに今から会うやつが嫌か?」
「嫌かと言われれば嫌ですね。」
「そうか。ならばその嫌という感情を今日で無くさないとな! 君は今でも友達が多い方ではないだろうからここで新しい友達でも作ったらどうだ。」
「まあ善処しますよ。」
適当なこと言っていることはわかっているが、俺はこの笑顔を崩さないことに必死だった。
「さあ着いたぞ!」そういうと先生は勢い良く教室のドアを開けた。
「暁~いるかい!」そう言いながら教室の中に入っていった先生の後についていった。
「先生さっきから私の声が聞こえていたと思うのですが聞こえていなかったですかね?」
「聞こえていたとも、けれども挨拶の一環で言ったまでさ。」
「そうですか。それはそうとして後ろのは人は一体誰ですか?」
「おお!そうだったな。紹介しよう、今日から我らがサークルの新メンバーとなった赤崎 雄飛だ。」
先生の紹介の後、俺は初めて女子生徒の方を向いた。張り付けた笑顔を崩さないように。だが、女子生徒の顔を見た瞬間俺の笑顔は崩れてしまった。案の定、俺が予想した通りの人物が目の前にいるのだから。
朝比奈 暁。170cmはありそうな身長に、キリっとした目元、金色の様な金髪をショートカットで揃えたその容姿は学校内で金色の王子様と言われるほど整っていた。俺と同じ高校二年であり、頭脳明晰である彼女は学校の中でも一際目立つ存在だった。これだけでも学校の有名人たる素質がある彼女だが彼女にはそれ以上のものがあった。凡人では決して持ちえない才能。
それは演技の才能。子供の頃から子役としてドラマなどに出演し演技の経験を積み、高校生の今では立派な女優としての道を行かんとしていた。
そんな凡人とは一線を画す彼女は俺にとって見たくも知りたくもない存在であった。けれど噂とは恐ろしいもので、知りたくなくとも耳に入ってきてしまう。この学校に朝比奈 暁がいるということが。
そんな天才である彼女と面と向かって話をするだけで嫌な過去を思いだしてしまう。だからこそこの一年間この女を無視してきたのにここにきて接触してしまうことになるとは思わなかった。
俺は心の中で膨れ上がってくる才能への嫉妬を抑え込み無感情で挨拶をするしかなかった。
「二年C組、赤崎 雄飛。これからよろしく。」そう言った後、俺は心の中で思ってしまった。
嗚呼、やっぱり才能がある奴はいつ見てもまぶしく、表舞台で星の様に輝いているみたいだ。けれど輝きの後ろには敗者という名の影が纏わりついているように見える。俺のような敗者がな。
これが「誰よりも才能に嫉妬し続ける彼」と「誰よりも才能を持ち羨望され続ける彼女」との初めての会話であった。