作戦当日
よろしくお願いします。
目覚ましの音で目を覚ますと、外から鳥の鳴き声が聞こえてくる。窓からは僅かな日の光が差し込んでいる。布団から立ち上がってカーテンを開けると、薄暗い外の景色が目に入って来る。
そこには昨日とは違い、快晴の空だった。日はまだ上っておらず、早朝特有の涼しさが気持ちいい。
昨日と同じようにエーデルワイスと紫苑を起こして、ちょっと早い朝食を食べる。そして、部屋に戻って出かける準備をする。昨日紫苑がもらった弾はバイクの横に置いてある。必要な分だけは補充したので問題ない。
宿屋を出た俺たちは、昨日と同じ建物に向けて出発する。
町の様子はまだ人は殆ど外出しておらず、静かだった。早朝なので当たり前なのだが、なんだかゴーストタウンになったみたいで嫌な感じだ。
だが、目的の建物が見えてくると、装備を整えた昨日のメンツが揃っていた。まとまった人数を見たことで少し安心したが、正次が見えた途端気分が下がる。
「遅いぞ。この無能が。」
俺は正次を無視して斎藤さんに挨拶をする。こんな奴精神衛生上無視一択だ。なんで嫌いな奴に自分から話しかける必要があるのだろうか、いやない。
「おはようございます!いい朝ですね。晴れてよかったですよ。」
「おう、おはよう。今日はよろしくな!」
斎藤さんは俺に明るく挨拶を返してくれる。他の人にも挨拶をして、今日の背中を任せる云々雑談に花を咲かす。だが、それを見て正次がこっちに突っかかってくる。
「は?何無視してんだ?俺がリーダーなんだが?」
「あー、はい。おはようございます…」
なんでこいつは俺に暴言を吐いたのに、挨拶されると思ってるんだ。思考回路がぶっ壊れていそうな正次に俺は渋々挨拶をした。尚返事は返ってこなかった。
マジで何がしたいのか理解できない。
暴言を吐かれたので無視したらキレる。そうかと思ったら、挨拶を強要してきた挙句、返事は返さなかったりと本当に理解ができなかった。下に見てるのは伝わってきたが、俺とどういう関係になりたいんだよ。
だが、次の紫苑に対する接し方に、全ての答えがあった。
「やあ、君も大変だね。こんな屑で無能の世話をしないといけないなんてね。」
「あ、あはは…死ね。」
小声とはいえ紫苑が珍しく本音を漏らしたのも驚いた。だが、それは置いていて、また凄いセリフが飛んできた。昨日知りあって二言三言言葉を交わした相手をここまでコケにできるとは、最早才能だ。
というか普通に考えたら紫苑と一緒に行動してる俺を馬鹿にすることで、紫苑からの印象が悪くなるとか考えないのだろうか。考えないからできるのだろうが、本当に俺には理解できない。
俺たちは作戦開始前から憂鬱な気持ちになりながら上之保の町を出発した。
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俺は襲撃のポイントまで歩いていく間、斎藤さんと話をしていた。足元はぬかるんでおり、少し歩きづらい。戦闘の時は注意した方が良いだろう。空が晴れてくれたのが唯一の救いだった。雨の中で襲撃をしたこともあるが、視界も悪くて戦いにくいったらありゃしない。
斎藤さんが言うには、数日前にやった大規模な戦闘で上之保は人手不足らしい。町には結構な人がいると思ったが、どうやら戦闘ができる人がいないようだ。先の戦闘で多くの人が負傷ないしは戦死したと言っていた。
「だから、今回は何とかして人を集めきゃいけなかったんだ。」
「なるほど。車両二台を要求しても通されたのはそれが理由ですか。」
「ああ。運んでいる物資は全部こっちがもらっていいという話だったからな。車両も要らない訳じゃないが、燃料とかと比べればまだ許容できたってことだ。」
俺はその話を聞いて納得する。正次がリーダーをやっているのはその辺の事情もあるのだろう。戦闘中は正次の指示はすべて無視して、事前に決めておいた作戦通りに動けばいいらしい。
紫苑は俺の後ろにくっついて歩いていた。正次に話しかけられるを避けたいらしい。気持ちは死ぬほどわかる。歩いている最中こっちをちらちら正次が見てくるのがキモかった。俺の嫌いな察してほしくて目の前をウロチョロするという一番むかつくタイプだ。
そうこうしている内に昨日話していたポイントまでやって来た。左側には崖があり、そこに爆薬が仕掛けられている。中央に山道があり、道の右側は緩やかな傾斜になっている。傾斜側が俺の配置だがぬかるみが酷く、腐葉土がベタベタだった。
「それじゃあ、配置に付け。俺の命令は絶対だからな。」
正次がそう言うとみんなが無言で散っていく。やはり誰も相手にしたくないのだろう。紫苑と別れて、俺もエーデルワイスを引き連れて配置に着く。俺の位置は崖から一番遠い場所だった。
「天童、昨日の打ち合わせ通りに爆発と同時に私が前に出ます。天童は私の後ろから援護をお願いします。」
「わかった。頼りにしてるぞ。」
俺たちは静かに輸送隊が来るのを岩陰で待つ。時間を確認すると、七時近くなっていた。予想ではそろそろ来てもおかしくない頃合いだ。
山道の方を見ていると、そこにガシャガシャと音を立てながら機械兵の輸送隊がやってくる。車両は六台で、周りを人型の機械兵が守っている。数は約六十機程度いた。
(予想よりも数が多いが、やるしかない。)
腕のデバイスを見ると、作戦開始のカウントダウンが始まる。
輸送隊がだんだんこちらに接近してくる。そして、崖の横を通り過ぎようとしたとき、カウントがゼロになる。
爆発音が山の中に響き、大岩が輸送隊を分断する。爆破係の人はうまくやったようで、岩の前に三台、後ろに三台に分かれた。機械兵は急なことに動揺しているようで、あたふたしていた。
俺は手筈通りに後ろに分断された輸送隊を攻撃する。今回は紫苑の狙撃以外の支援もあるので強気に攻める。
エーデルワイスが俺よりも前の岩場から人型の機械兵を撃ち抜いていく。俺もそれに続いて、敵をディアノートで撃ち抜いていく。他の人からの攻撃も始まり、機械兵がどんどん駆逐されていく。
このまま掃討していけばこの人数でも何とかなりそうだ。
だが、一定数機械兵を倒したところで、輸送車の中から一体の人型の機械兵が飛び出してくる。
他と違い、そいつの身長は二メートル半はあった。体は真っ黒な鎧に包まれており、手にはアサルトライフルを握っている。
「あいつが指揮官か。斎藤さん!これから指揮官機と戦闘に入ります。そっちも黒い機械兵が居たら注意してください。」
「おう、こっちも来たぜ。負けんなよ!」
俺は斎藤さんに通信を入れてから、機械兵に攻撃を仕掛ける。アサルトライフルを機械兵の胸の辺りに集中砲火する。だが、全ての弾は弾かれ、ダメージを与えられているようには見えなかった。
そして、その機械兵がこちらに向かってアサルトライフルを連射してくる。岩の影に隠れると、ガガガガという音と共に岩が削れていく。
俺はそれを見て攻撃の合間を見計らい、更に機械兵との距離を詰める。距離が近くなれば敵の攻撃を受ける危険も増す。だが、遠くからちまちま撃っていてもらちが明かなかった。
ぬかるみに足を取られないように、上手く走りながら岩場まで走る。
エーデルワイスの横まで来ると、敵の攻撃が更に激しくなる。このままではいつか削り倒されてしまう。
俺は岩陰から紫苑に通信を入れる。
「紫苑、あいつを輸送隊から引き離すことはできるか?」
「無理!こっちも他の機械兵の相手で精一杯。」
俺はそれを聞いて、紫苑の方を見ると、残りの機械兵を他の人と一緒に相手をしていた。こいつは俺とエーデルワイスで倒すしかない。
岩陰に隠れながらエーデルワイスがこちらに話しかけてくる。
「マスター、私がマグナムで敵の装甲をこじ開けます。とどめは任せていいですか?」
「わかった。だけど、ただ突撃するだけじゃだめだ。────」
俺は銃撃が飛び交う中、エーデルワイスに自分の策を託し、手榴弾を渡す。
「わかりました。待っていてください。必ず成功させて見せます。」
「頼んだぞ。行ってこい!」
俺がそう言うとエーデルワイスはネイルガンナーを岩陰に置いて、マグナムを片手に突撃する。
俺はエーデルワイスが距離を詰める間に狙われないよう、後ろから援護をする。その間にエーデルワイスがマグナムの射程まで肉薄し、胸部装甲を攻撃する。
さすがにマグナムの弾は完全に防ぐことはできないようで、僅かに装甲が歪む。俺はエーデルワイスに当たらないように後ろから援護を続ける。
エーデルワイスは超至近距離で近接格闘を合わせながら攻撃を続ける。そういえば忘れていたが、彼女は近接戦闘もできる。その威力はかなりのもので、機械兵の膝に蹴りを入れる。すると、その部分が曲がり、駆動部分が動かなくなる。
そして、足が止まったのを確認してから、次はアサルトライフルを握る右手の装甲の隙間を撃ち抜き、ぶきを遠くに蹴り飛ばす。
「これで、ダメ押しです。」
エーデルワイスが短くそう言うと、機械兵の足元に手榴弾を投げて、山道の右側に吹っ飛ばす。
機械兵が俺の目の前まで飛んでくる。だが、武器は無くなり、足も片方が動かずにこのぬかるみの状況ではまともに立つこともできない。
俺はディアノートで露出している動力部を撃ち抜き、機能を停止させる。
指揮官機を破壊したのを確認して、他の機械兵の掃討に戻る。戻って来たエーデルワイスにネイルガンナーを渡して、再び岩陰から射撃する。
敵は指揮官が打ち取られたことで、指揮系統がマヒしたのか全く統率が取れていない。
俺たちはそれを一体ずつ処理していく。こっちはもう時間の問題だった。俺は斎藤さんに通信を入れる。
「斎藤さん、こっちはもうすぐ何とかなりそうです。」
しかし、少し待っても返事が返ってこなかった。
「斎藤さん?」
「天童か!?正次が敵の攻撃を受けて気絶した!頼む、こっちに人を回してくれ!」
「斎藤さん!大丈夫ですか!?」
すぐに通信は切れてしまい、向こうの状況を詳しく把握することはできなかった。こっちは時間を掛ければ倒せる。こっち側は幸いにも紫苑の援護があるので負傷者はいない。
「マスター、私も行かせてください。」
「来てくれるのか?」
「任せてください。」
俺は少し迷ったが、エーデルワイスのことを信じてみることにした。こっち側であの装甲を突破できるのは紫苑のスナイパーライフルかエーデルワイスのマグナムの二つしかない。紫苑はまだこっちに必要な戦力だ。なら残るはエーデルワイスしかいない。
「頼む。正次も今は俺たちの仲間だ。助けてやってくれ。」
「マスターならそう言うと思ってました。必ず私が倒します。」
エーデルワイスはそう言うと、スモークグレネードを投げて、敵からの視界を遮る。そして、その中を凄まじい速度で走っていった。俺は紫苑に通信を入れた後、その煙が消える前に急いでエーデルワイスを追いかけた。
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作戦会議のとき、そいつは現れた。スポーツ型に刈り上げた短い髪、背中に背負った異質な銃。そして、美少女を横に侍らせているのが気に入らなかった。あんな銃俺でも持っていないのに、なんであんな奴が持っているんだ。
そいつは俺に対して挨拶もしなかった。遅れてきたくせに本当に生意気な奴だ。何様のつもりなんだろうか。
「やれやれ、そろそろ初めていいか?早くこっちに来い。」
俺が急かすと、そいつは馬鹿にしたような顔で返事をした。
「あ、はい。すいません。」
俺はデカいため息をつく。今回の人員補充は外れのようだ。上司に向かってそんな口の利き方をするなんて無能すぎる。
「やれやれ、それじゃあ、作戦会議を始めるぞ。今回襲う車両は六台。これを包囲殲滅する。作戦は以上だ。」
俺はさっき考えた完璧な作戦を披露する。みんな俺の考えた最強の作戦に口を開けて呆然としていた。
(凄すぎて言葉も出ないか。やれやれ、また天才の片りんを見せてしまったようだな。)
「はぁ…?」
みんなが尊敬の目を寄せてくる中でそいつはまた文句を言い始める。これだから協調性のない無能は困る。
「正次様、ちゃんとお話ししてあげたほうがよろしいかと。」
俺がイライラしていると、横にいた那由他 由香里からそう言われる。こいつは俺の彼女だ。半年前に俺に一目ぼれしたと言い寄って来た女で、顔が良いので側においてやっていた。偶然を装ってお尻とかを触っても何も言わないので、本当にいいやつだ。
大きく開いた胸元をみて心を落ち着かせた俺は、無能に対して丁寧に説明をしてやる。
「やれやれ、凡人にはちゃんと話さないと分からないか。敵を囲んで倒すことを包囲殲滅って言うんだ。これで理解できたか?」
「いや、そうじゃなくて、敵の規模から考えてそもそも包囲するのは無理だろ。ここは輸送隊の進路を調べて、そこに罠を置いて…」
この俺がせっかく説明してやったのにまだ訳の分からないことを言い始める。
俺は話を理解しない無能が一番嫌いだった。再度大きなため息をつく。
「凡人には俺の作戦が理解できないか。俺が言うことが間違っているって言いたいのか?」
「そうだよ。」
俺は間髪入れずに自分の言葉を否定されたことを理解できずに固まる。
(今こいつなんて言った?俺は有能なんだが?お前より上なんだが?)
俺はさすがに我慢の限界になり、そいつを睨みつけながら言葉で攻撃する。
「いいから俺の言うこと聞けよ。この無能が。」
俺がそう言うと、そいつは押し黙ってしまった。やれやれ、少し本気を出したらこれだ。そんなに弱いのに突っかかって来るなんて馬鹿な奴だ。これだから無能は救えない。本気をださないのが格好いいというのは無能な奴らには理解できない価値観だろう。
「他に無能はいるか?いないようだな。ならこれで作戦会議は終了だ。」
そして、出ていく途中でそいつの横にいる女の胸を見る。本当にデカい胸だ。俺は別に女に興味なんてないが、これだけ胸が大きいなら合格だろう。俺の彼女にしてやってもいい。いや、俺は美少女が言い寄ってくるくらいいい男なんだ。すぐに俺の物になるだろう。
「お前、可愛いな。欲しい武器があったら家に来い。お父さんに頼んでやる。」
俺がそう言うと、女は笑顔になる。女なんてちょっと可愛いって言えばすぐ落ちる。チョロいもんだ。
「わーい。ありがとー!なら、アサルトライフルの弾とスナイパーライフルの弾がたくさん欲しいな!」
「なんだそんなことか。後で運んでおいてやる。どこに住んでいる?」
俺がやれやれといった様子で返事をする。こういうのは自然に居場所を聞き出すのができる男だ。
「そんなわざわざ運んでもらわなくていいよ。ここに運んでくれたら、自分で何とかするよ。ありがとうね。凄く嬉しいよ。」
そう言ってその女は手を胸の前で振る。それで胸がムニっとなり、俺の目はそこにしか行かなくなる。
「そうか。なら正午までには運んでおこう。それより、暇な日は無いか?俺と遊びにでも行かないか?」
「んー、来週の同じ曜日なら空いてるよ。」
「ならその日にここで待っているぞ。」
完璧な話題の運び方だ。相手の女も話している内に様子が変わって来て、どうやら俺に惚れているようだった。
俺は由香里と一緒に建物から出ていき、家に入った後手紙を書いた。そして、お父さんに言って弾を用意してもらい、そこに手紙を付けた。これで確実に落ちるだろう。
俺は自分の才能が恐ろしかった。
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「生きていますか?」
俺が目を覚ますと、そこにはあいつの横にいたもう一人の奴がいた。ていうかこいつ女だったのか。あの黒髪の女と違って胸は無いが、顔はいい。こいつも俺の彼女に加えてやってもいいだろう。
俺は自分の足から痛みがする。どうやら弾が掠ったようで足が少し赤くなっていた。こんな重傷を負っても戦い続けるなんて俺はすごい奴だな。
「やれやれ、モテる男は大変だな。由香里?どこにいる?早くタオルを持ってこい。泥でベタベタだ。」
俺は自分で立ち上がって周りを見る。すると、由香里があの無能と話しているのが目に入って来る。由香里はあの無能に笑顔を向けていた。
(なんであいつが由香里と話してるんだ!それは俺の物だ!お前が話していいような奴じゃない!)
俺は自分の中に怒りが満ちていき、あの無能の前まで傷ついた足を動かしながら歩いていく。
「この無能の泥棒が!それは俺の物だ!」
そして、俺はそいつに向かって顔面を殴りつける。自分の物を盗ったのだから、殴っても許されるはずだ。
「この無能!俺の物を盗もうとしたって無駄だぞ!わかってるぞお前の考えなんて。どうせこいつの顔が気に入ったんだろ?でも、これは俺のなんだが?無能が触っていいような奴じゃないんだが?」
俺がそう言うとそいつは気色悪い顔をした後、無言で他の人のところに歩いて行った。
「は!無能がイキるからこうなるんだよ。由香里、大丈夫だったか?変な事されなかったか?」
「…はい。マサツグ様ありがとうございます。」
俺はこの手で自分の物を守り切った達成感でいっぱいだった。
読んでいただきありがとうございました。