会議
よろしくお願いします。
服屋を出ると良い感じの時間になっていた。エーデルワイスにはさっき買ったばかりの迷彩柄のフード付きのマントを着せた。これでフードを被せれば、人目を引くことも減るだろう。
だが、心なしかさっきよりも空が暗くなっている気がした。もういつ降り出してもおかしくない。
「降ってきそうだしさっさと行くか。じゃあ、紫苑案内頼む。」
「オッケー。こっちこっち。」
俺たちは紫苑の案内に従って町を歩いていく。もう殆どの人は起きているようで、町に活気が出てきていた。
軒先で武器の手入れをする人。武器屋に弾薬の補充に行く人。銃のおもちゃで遊ぶ子供。荷物を大量に積んだ車列。こうしてみると意外と人はたくさんいるようだった。人々が行きかう中をぶつからないようにかわしながら歩く。
「人が多いですね。」
「郡上もこれくらいは居たはずなんだけどなぁ…」
俺は目の前で吹き飛んだ人たちのことを思い出してしまい、気分が沈む。俺がもし一瞬でも早く気付いてあの弾を撃ち落とせていたら、そう思わずにはいられなかった。だが、その考え方は傲慢とも言えた。俺が何かしていればあそこにいた人を助けられたなんて、傲慢と言わずして何と言うのか。
どれだけ悔やんでも、死んだ人が帰ってくることは無い。
悲しみに暮れていると、とある建物の前までやってくる。
「ここが集合場所だって。」
「それにしても昨日会ったばかりの奴を襲撃作戦に加えるなんて、よっぽど戦闘員が足りていないのか?」
普通は作戦に加える前に素性をある程度調べたり、能力を測ったりするのが当たり前だ。戦場で背中を任せるのだから、最低限それだけはしないといけない。なのに今日はそれがない。なんだか嫌な予感がした。
「さーねえ。でもそのおかげで私たちが参加できるんだからよかったじゃん。」
「そうだな…そう考えよう。」
悪い方に考えてしまうのは俺の悪い癖だ。悲観的になると、ストレスを抱えやすくなるらしい。気を付けよう。
時間通り到着する。コンクリート製の建物の中に入ると、そこには七人の大人がテーブルを囲んで立っていた。その中には、昨日紫苑と話していた門番もいた。
他には男が五人、女が二人だ。
「おお来たか。紫苑ちゃんこっちだよ。」
「斎藤さん。こんにちは!」
紫苑は門番────斎藤さんと挨拶をする。
昨日と同じで、アサルトライフルを一つ肩から掛けている。長髪を後ろでまとめており、無精ひげを生やしている。
紫苑のコミュ力には恐れ入る。とても昨日初めて会った人とは思えないくらいフレンドリーに接している。俺には絶対に真似することができないだろう。
紫苑と話し終えた斎藤さんは今度はこちらに歩いてきた。そして、笑顔で右手を出してくる。
「兄ちゃんもよろしくな。斎藤康男だ。」
「夜花天童って言います。こっちはエーデルワイス。よろしくお願いします。」
俺は斎藤さんと握手を交わす。昨日はばりばり敵意を向けてきたのに今日は人が変わったように優しい。これも紫苑のおかげだろう。
斎藤さんと暫し談笑をしていると、テーブルの一番奥で腕を組んでいる男が声を発する。
「やれやれ、そろそろ初めていいか?早くこっちに来い。」
「あ、はい。すいません。」
俺たちはテーブルの内扉に一番近い側に立つ。
「斎藤さん、あいつ誰ですか?」
「正次直道だ。今回の作戦のリーダーでな。あいつの親がこの町の武器屋をやってるもんで、今回の人選もその辺から圧が掛かったらしいぞ。」
それを聞いてなんとなく話が見えてきた。つまりこいつは親の力に物を言わせてリーダーになったということだ。より簡潔に言えばごり押しだ。
「やれやれ、それじゃあ、作戦会議を始めるぞ。今回襲う車両は六台。これを包囲殲滅する。作戦は以上だ。」
俺はあまりの意味不明な作戦に、一瞬脳が思考停止する。
「はぁ…?」
こいつは一体何を言ってるんだ?普通に考えればたった十人で包囲殲滅なんてできる訳ないだろ。その規模の輸送隊だから人型の機械兵は五十体はいるはずだ。というかなんで他の人は何も言わないんだ。こんなの誰が聞いたっておかしいに決まっている。
「正次様、ちゃんとお話ししてあげたほうがよろしいかと。」
正次は横の女がそう言うと、ニィっと笑って馬鹿にしたような口ぶりで話す。
「やれやれ、凡人にはちゃんと話さないと分からないか。敵を囲んで倒すことを包囲殲滅って言うんだ。これで理解できたか?」
横の紫苑を見ると張り付けた笑顔のまま固まっていた。何を言いたいのかはよくわかる。
(俺たちが聞きたいのはそこじゃねえよ!)
そんなこと今の時代子供でも知っている。
「いや、そうじゃなくて、敵の規模から考えてそもそも包囲するのは無理だろ。ここは輸送隊の進路を調べて、そこに罠を置いて…」
俺が自分の意見を言うと、正次は「はぁー…」とデカいため息をつく。
「凡人には俺の作戦が理解できないか。俺が言うことが間違っているって言いたいのか?」
「そうだよ。」
(そうだよ。)
俺は間髪入れずに返事をする。それを聞いて一瞬ポカーンという表情をしたが、次の瞬間にはまた人を見下すような表情に戻る。
「いいから俺の言うこと聞けよ。この無能が。」
「…」
俺はあまりのことに何も言えなくなってしまう。こんな奴がこの作戦の指揮官だと。馬鹿馬鹿しい。冗談って言うなら早くネタ晴らしをしてくれ。流石に笑えないぞ。こいつに命を預けるなんて考えたくもない。
俺が何も言えずに立ち尽くしていいると、横から斎藤さんが耳打ちしてくる。
「やめとけ。何言っても無駄だ。俺たちはこれでもう三回目だが、もうこいつのことなんて信用してない。」
斎藤さんは諦めた表情をしていた。
「他に無能はいるか?いないようだな。ならこれで作戦会議は終了だ。」
そして、作戦の開始時間、配置、何もかも決まらずに作戦会議は終了した。
正次が扉の方に歩いてくると、紫苑の方を舐め回すように見る。
「お前、可愛いな。欲しい武器があったら家に来い。お父さんに頼んでやる。」
紫苑は一瞬固まるが、すぐに笑顔に切り替えて返事をする。
「わーい。ありがとー!なら、アサルトライフルの弾とスナイパーライフルの弾がたくさん欲しいな!」
「なんだそんなことか。後で運んでおいてやる。ど、どこに住んでいる?」
若干どもりながら話す正次があまりにも気色悪く、流石の紫苑でも笑顔が引きつっている。
「そんなわざわざ運んでもらわなくていいよ。ここに運んでくれたら、自分で何とかするよ。ありがとうね。凄く嬉しいよ。」
紫苑のセリフがだんだん棒読みになっていく。だが、最後のプライドなのか笑顔だけは絶やさない。
「そ、そうか。なら正午までには運んでおこう。それより、暇な日は無いか?俺と遊びにでも行かないか?」
「んー、来週の同じ曜日なら空いてるよ。」
「ならその日にここで待っているぞ。」
そう言うと、正次は建物から出ていった。そして、その足音が聞こえなくなった時、俺は口を開く。
「あの、本当にこれで終わりなんですか…?なら俺達今回は辞退したいんですけど…」
俺が申し訳なさそうに手を挙げると、横にいた斎藤さんが、テーブルの奥の方に歩いていく。
「そんなわけあるか。ここからが本当の作戦会議だよ!」
その言葉を待っていたように、周りにいる大人たちが声を上げる。
俺はその言葉を聞いて、安心する。どうやら頭がおかしい奴はあいつだけのようだ。
「…そうですか。本当によかった。」
それからは本当にまともな作戦会議が始まった。会議に参加している一人がすでに輸送隊の進路を調べていた。それもあって、作戦は俺が正次に却下された罠を敷く方向で決まった。他にも、すでに進路に塹壕を掘る場所を決めたり、襲撃に適したポイントを相談したりもした。
「ここはどうですか?右からなら攻撃を仕掛けやすい。」
俺も積極的に意見を言っていく。こういうのは何も言わないのが一番ダメだ。考えついたことは片っ端から言った方が良い。
「…だめだ。今回は人数が少ない。それだと火力差で押し負ける。」
俺の次に他の人が意見をどんどん出していく。
「だけど、火力差はどうしようもないんじゃないか?」
「いや、ならこっちはどうだ?この崖に爆薬を仕掛けて、輸送隊を分断する。そしてそこを各個撃破していく。これなら火力差も多少は埋められるだろ。」
その人の意見に、みんながおおっと声を漏らす。
「いいんじゃないか?それで行くか!」
斎藤さんがその意見を採用し、作戦の要である襲撃のポイントが決まった。
さっきの中身がない作戦会議と比べて、なんて充実した時間なんだ。本来作戦会議はこういうのが当たり前なのだが、さっきのレベルが低すぎるやつの後では雲泥の差だった。
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その後も作戦会議は続き、気が付けばお昼が近づいていた。
作戦会議も無事に終わり、他の人たちは罠を仕掛けに行った。俺たちは爆薬を使った後、強襲する役目だ。
そして、建物から出ると、一枚の手紙と共に木箱いっぱいの弾薬と台車が置いてあった。
「天童読んで。」
「はいはい…「これが約束の品だ。俺の気持ちを受け取ってくれ。」だと。」
「…宿屋に戻りましょうか。」
エーデルワイスが台車を押しながら歩き出す。紫苑も無言でその後を付いて行った。
宿屋まで戻って来て、部屋の中に入ると、紫苑が俺を布団に押し倒してくる。そして、頭をひたすらぐりぐりと俺の胸に押し当ててくる。
「本当にお疲れさん。」
「ん。頭撫でて。」
俺は紫苑に言われた通りに頭を撫でる。それを見て、エーデルワイスが横に座ってくる。
「紫苑はどうしたのですか?」
「アホの相手をし過ぎて精神が限界なの。大丈夫、たまにこうなるんだよ。」
しばらく紫苑の頭を撫でていると、更にきつく抱きしめてくる。そして、ため息をついて話し始める。
「本当にキモい…胸ばっか見てくるのもキモいし、話し方もキモいし、笑い方もキモい。天童を馬鹿にするのもキモい。マジでキモい死ね。キモいんだよ。」
「今日の紫苑は本当にすごかったよ。よく弾を引っ張って来れたよな。笑顔も絶やさなかったし本当にすごかったよ。」
「ここにいることは教えてないし、もう大丈夫だと思うけど。はぁ…本当にキモい。男ってなんであんなに胸ばっかり見てくるの?体が目的ってわかってるの丸見えだからモテないんだよ。マジでキモい。」
俺はそれを黙って聞き流す。今も邪な気持ちは持ってないが、俺も男だ。胸の感触を意識しないわけがない。
「でも、天童ならいいんですか?」
エーデルワイスが不思議そうに紫苑に質問をする。
「いいよ。だって天童は私のものだから。だから、なんでもできるし、なにしてもいいの。」
紫苑は猫のようにゴロゴロして返事をする。普通に可愛い。
「そんなこと言った覚えないけど。」
「言ったよ。五年前に。ちゃんと録音もしてあるから後で聞かせてあげる。」
「マジかよ。昔の俺何言ってくれてんだよ。」
俺はいつの間にか紫苑のものになっていたらしい。だが、録音データまで用意しているのはさすがに怖い。こいつどんだけ俺に執着してるんだ。
「まあいいよ。紫苑がそれでいいなら俺もそれでいい。怖いけど。」
「本当…?これも録音してるからもう完全に逃がさんぞ?」
「どのみち逃げる気なんて無いって。後怖いよ。」
そのストーカー気質だけは何とかして欲しいな。
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作戦会議を終えた夜、エーデルワイスが私の部屋を訪ねてきた。
「エーちゃんどうしたの?」
「少しお話したいことがあって来ました。」
何か事情がありそうだったので、私は部屋の中に彼女を招き入れる。窓際に向かい合って置いてある椅子にそれぞれ座ると、エーデルワイスが話し始める。
「紫苑はなんで天童だけ特別なのですか?正直、こう言ってはなんなのですが、天童も他の男と一緒に見えるのです。正次に比べればマシなのはわかりますけど、紫苑がそこまで彼を信頼する意味が分かりません。」
私はその言葉を聞いて、なんだそんなことかと思う。カーテンを開けて夜空を見ながら、私はエーデルワイスの質問に答える。
「私って今超絶美少女でしょ?おっぱいは大きいし、腰は細いし、お尻も大きい。更に顔もいい。でも、昔は違ったの。天童と会った時の私は、ただの女の子だった。いや、それ以下だった。みんなにいじめられて、誰も私の相手なんてしてくれなかった。男の子も一緒に巻き込まれるのを怖がって誰も声をかけてくれない。そんな毎日だった。」
私は一回区切り、自分の体をさする。こうして振り返ってみれば本当に情けない幼少期だ。だが、今思い返してみれば、なんであんなに必死になっていたのか馬鹿らしくも思える。
「でも、そんな私に声をかけてくれたのが天童だった。髪もぼさぼさ、服も可愛くない。体も貧相だった頃の私を見てくれたのは天童だけだったの。だから私は天童に執着する。天童が考えてることは全部知りたいし、天童が好きな物は私も好きになりたい。彼が望むならどんな私にもなれるの。天童の側に居れるなら私は何でもできる。私以外の彼女は認めないけど。」
私は天童に出会って、彼の考えを聞いて救われた。
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彼に会ってから、自分の手入れを始めた。ぼさぼさだったのを伸ばし、後ろでまとめてすっきりした髪型にした。
お母さんに化粧の仕方を教えてもらい、天童と一緒に可愛い仕草や動きを研究した。その甲斐あってなのか成長と共に体の発育も順調に進んだ。
そして、いつも通り廃工場に行こうとしたある日、男の子のグループが私に話しかけてきた。
「ねえ、一緒に遊ばない?みんなで遊ぶと楽しいよ?」
そいつらは全員私の体を見ていた。私に声をかけたその理由は完全に性欲だった。私の中で自分らがどんな存在なのか想像してないのだろうか。
(今まで助けてくれなかったのに。今までずっと無視してきたくせに。今更『みんな』で?)
私は下を向いた後、笑顔で返事をする。
「ごめんね!私、他の子との約束があるから。また今度ね。でも、誘ってくれてありがとうね!」
私は内心とは真逆のことを言ってその場を切り抜けた。
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「────ということがあってね。私は天童以外の男は見限ったの。こいつらわたしのこと肉穴としてしか見てないなーって気付いちゃったんだもん。そりゃ純粋に私に手を差し伸べてくれた天童以外には興味なくなるよ。」
子供のころからずっと私の本質を見ていてくれた天童のことが、どうしようもないくらい好きなのだ。
彼以外の男には理想で完璧な美少女を演じ続ける。それが私の処世術。
だけど、それだとストレスがマッハなので、天童の前では思っていることを全部ぶちまけることにしている。それで私の心は均衡を保っているのだ。
「なるほど、天童からもその頃の話は聞きました。確かに見ていられなかったと言っていました。彼は優しい人なのですね。」
「そうだね。少なくとも私にとっては世界一優しい人だよ。だって、誰も助けてくれない時、手を差し伸べてくれる人が他にいないんだもん。相対的にそうなるよ。」
この世界の中には彼よりも優しい人はいるのかもしれない。だが、それは無意味な仮定だ。私が困っている時に私の前に来てくれない人なんて、いないのと同じだ。そんないるかもわからない人に私は助けなんて求めない。
「エーちゃんも天童に拾われてよかったね。機械兵を連れ歩くリスクを考えたら破棄されてもおかしくないよ?」
今の時代、機械兵を連れていると知られれば、白い目で見られる。幸いエーデルワイスの見た目はほぼ人間なのでここではバレなかった。マントも買ったので、これからも注意しておけばバレることは無いだろう。だが、バレた時のリスクを考えるなら、捨てた方が良いのも確かだ。機械兵はどこまで行っても機械だ。人間ではない。
「そうなのですか?」
「そうなのです。でも、天童的には起動した自分の責任だと思ってるんだろうね。そんなに思いつめなくてもいいのに。エーちゃんも天童に頼り過ぎないこと。彼頑張り過ぎちゃうから。」
天童は気が小さいくせに責任感は強い。自分のキャパ以上にストレスをため込みやすいのだ。だから、彼の心の状態には常に気を払っていた。
「わかりました。質問に答えていただき、ありがとうございました。」
エーデルワイスは立ち上がって礼をすると、私の部屋から出ていった。
「本当にわかったのかねえ…」
エーデルワイスはいわば爆弾だ。戦力として期待できるのは認める。だが、それでもハッキングの危険性は消えないし、人間の町には機械兵を入れるのを禁止いているところもある。
天童は他の人にそれを悟られないように今日も必死に隠していた。斎藤さんが自己紹介をしてきた時も、エーデルワイスと握手をしないように誘導していた。それに正次の意識がエーデルワイスに行かないようにもしていた。
天童は気づいていないだろうが、今日宿に帰って来て抱き着いたのは、彼のストレスを和らげるためでもあった。
私は天童つぶれないように祈りながら、部屋のカーテンを閉めた。
読んでいただきありがとうございました。