紫苑の過去
よろしくお願いします。
俺たちは町から逃げた後、山奥にあった廃屋の中で休んでいた。ひとしきり泣いて故郷が壊滅したことを悲しみ、弔砲を撃った。つらい現実だが、乗り越えていかなければいけない。
「アサルトライフルの弾が二百四十五、スナイパーライフルの弾が三十五、マグナムの弾が六十か…それに加えて手榴弾が三。」
俺は手持ちの弾を数えて、気を落とす。あの戦火の中、これだけ持ってこれただけよかったと思うべきだが、やはり心もとない。
「二、三回戦闘すればなくなっちゃうねー。」
バイクの中に備蓄しておいたものを合わせてこの数なのだ。もう郡上の町に戻ることはできないので、なんとかして他の町に行くしかない。
「ねえ天童、私たちこれからどうするの?」
紫苑が壁にもたれかかりながらそんなことを聞いてくる。
「やることなんて決まってるだろ。シュネルヴァイスをぶっ壊す。」
「しかし、それを実行するにはあまりにも戦力が足りません。せめて私の専用武器があれば…」
エーデルワイスが俺が渡したアサルトライフルに目を落とす。それはお世辞にも上等な武器とは言えない。エーデルワイスのスペックから考えて、こいつが持っていた専用武器とやらは相当強力なはずだ。おれも研究所から抜き取った情報を見たが、こいつの武器はどれも一点突破の性能をしていた。全部見つけ出せば戦力としてはかなりのものになるはずだ。
「お前の専用武器を見つけ出せば、あいつに勝てるか?」
「記憶がないので断言はできませんが、可能性はあると思います。」
そうだった。こいつ記憶がないんだった。だが、俺たちの次の目的も決まった。
「ならこれからはエーデルワイスの武器と戦闘の為の諸々の道具を集める。それで最終的にはシュネルヴァイスを倒す。とりあえずは上之保を目指すことにする。」
「わかりました。」
「りょーかい。私もあいつのこと憎いし賛成。」
俺は方針を決めると、バイクが置いてある外に向かう。ガソリンのメモリを見ると、半分を切っていた。人が二人と機械兵が一人、更に銃火器まで乗せているんだからこれくらいは減るだろう。
「どう?上之保まで足りそう?」
紫苑が後ろから乗っかりながら聞いてくる。おっぱいが当たってるからやめて欲しい。さっきとか戦闘中は特に気にすることもないが、流石に平時にやられると心臓に悪い。
「わからん…あとおっぱい当たってるぞ。紫苑、エーデルワイス、周りに捨てられた車がないか探してほしい。中にガソリンが残っている奴があったら知らせてくれ。」
紫苑はすっと離れて、どこかに走っていく。
「…おけ。」
「わかりました。」
俺もバイクの状態を確認しておく。
戦火の中を走らせたので足回りが特に心配だった。だが、故障している箇所を見つけられてもすぐに修理できるわけではない。だから、本当に確認だけだ。
このバイク一台を修理するために、五台くらいのバイクから共食い整備をした。その結果、俺たちは今こうして生き残っている。バイクの修理を始めた時、全部を直すとか考えなくて本当によかった。
(フォークがちょっとヤバいか…?)
地面からの衝撃を和らげるパーツにちょっと不安があるが、まだ走れない程ではない。まだこいつで移動できそうだ。チェックを終えて起き上がると、向こうから二人が戻ってくる。
「天童。車から燃料タンクを取ってきました。」
「紫苑ちゃんが見つけたぞ。泣いて感謝しろ?」
「はいはい。ありがとうな。」
俺は二人からガソリンを受け取り、中の液体の色と匂いを確認する。
「これなら使えそうだ。」
「そうですか。それはよかったです。」
「ガソリンなら全部使えるんじゃないの?」
紫苑が不思議そうに聞いてくる。
「ガソリンって一言に言ってもいくつか種類があるんだよ。軽油だったら使えない。」
「へぇー。何が違うの?」
「ええっと確かガソリンを作る過程で手に入るのが軽油だったはず。昔はガソリンより軽油の方が安価だったらしいぞ。まあ、今となってはどっちも貴重だけど。」
機械たちに都市部を乗っ取られてからは、人間は機械兵の物資を奪うことで何とか生きてきた。町で使っている殆どの燃料は、機械兵から強奪したものだ。他は今の俺たちのように捨てられた物の中から再利用するかだ。
タンクの中にあったガソリンを全部入れて、メーターのメモリを確認する。満タンではないが、大分回復した。
「これだけあれば多分行けるはず。」
「なら早く行こ?紫苑ちゃんお腹空いてきたよ。」
紫苑はお腹をさすりながらそんなことをつぶやく。あんな状況では食糧なんて運び出す余裕はなかった。
「そうだな、俺も腹減ったなぁ…」
俺に至っては昼飯を食べてないので、余計にお腹が空いていた。
「紫苑、お前お金はデバイスに入ってるか?」
「二十万ある。」
紫苑は指を二本立てる。紫苑が意外とお金を持っているのは嬉しいことだ。今の時代、お金がなければ今日を生きることも難しい。今実際に食料がなくて餓死する可能性があるし、先立つものは必要だ。
「俺は十五万。こんだけあれば町で食料と弾は補給できるだろ。問題は…」
「運ぶための車両が必要、ですね。」
俺たち三人は乗ってきたバイクの方を見る。今でさえ過積載気味なんだ。これ以上物を運ぶ余裕はこいつにはない。
「紫苑ちゃんは運転できないしねぇ…天童なんとかなる?」
「このバイクを売って、手頃な軽自動車でも買うか…いや、それでも絶対金が足りねぇ。なら他の選択肢は…奪うか。」
俺がそう言うと紫苑が険しい顔をする。
「さすがに紫苑ちゃんも犯罪者にはなりたくないんだけど。」
俺は軽く紫苑の頭を小突いてたしなめる。
「誰が人間から奪うって言った。機械兵の輸送隊が使っている輸送車を奪う。」
「そうゆうことならそう言ってよ。なるほどねぇ。でも、今の私たちで輸送車を強奪できるの?」
「無理ですね。輸送隊というからにはそれなりに戦力も付けているでしょう。それを三人で襲うのは現実的ではありません。」
そう、エーデルワイスの言う通り、俺達三人で攻撃を仕掛けても返り討ちにあうだろう。だが、それならそれで考えがある。
「俺たちだけじゃ足りないなら他の戦力を利用するんだよ。」
「つまり?」
「他の町の戦闘部隊が襲撃をかける時に、俺たちもそれに乗っかる。その中から取り分として車両一台分をもらうくらいなら、紫苑の交渉で何とかなるだろ?」
実際顔が綺麗でかわいい紫苑にかかれば、男の一人や二人簡単に掌で転がすことができる。俺はそれを理解している。昔からの付き合いで、紫苑の危険性もわかっている。
「あーそういうことね。完全に理解した。つまり全部紫苑ちゃん頼みってことね。ま、なんとかしてしんぜよう。泣いて感謝しろ?」
そうと決まれば後はさっさと行動に移すだけだ。俺たちはバイクに乗り込み、エンジンをかける。
「目的地は上之保。まずはそこでいつ輸送隊を襲撃するのか情報を集めるぞ。」
「りょーかい。」
「わかりました。」
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俺たちはバイクを走らせて、上之保の町の近くまで来た。森の中の砂利道を走って来たので、少し腰が痛かった。
町のゲートの前まで来ると門の前にいる警備兵に呼び止められる。
「そこで止まれ!見ない顔だな…どこから来た?」
俺とエーデルワイスは黙ったまま動かない。ここは紫苑に任せた方が良い。紫苑がバイクから降りて、ゆっくりと門番に近づいていく。
「はじめまして。海楽紫苑っていいます。私たち北にある郡上っていうところから逃げてきたんです。機械兵たちが一気に攻めてきて、みんな殺されて────。」
紫苑は涙を流しながら門番の男に事情を説明する。あれで心の中ではさっさと落ちろと願っているんだから怖い。
「そうだったのか…さあ、町に入ってゆっくりしていきなさい。」
だめ押しに紫苑は男の手を握って自分の胸元に押し当てる。
「本当にありがとうございます!私たちもうどこにも行く当てがなくて…でも、ここに来てみてよかったです。お兄さんみたいないい人がいる町なら安心ですからね!」
俺は迫真の演技をする紫苑に、白い目を向ける。
「エーデルワイス、よく見とけ。あれが紫苑の恐ろしさだ。」
「紫苑はすごいですね。あんな細やかな表情をできるなんて想像もしていませんでした。」
「感心するのはそこだけじゃない。視線の動き、一見してあざとくならない程度の身振り手振り、悲しい表情からの最高の笑顔の落差。どれも計算され尽くしたものだ。」
俺がそう言うとエーデルワイスは不思議そうに質問をしてくる。
「なぜそんなことを知っているのですか?」
「俺が実験台にされたからだよ。」
俺は思い出したくもない昔のことが脳裏に甦る。
紫苑がこうなる前、まだ自分のことを超絶美少女とかいう以前の話だ。
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俺はいつも通り機械兵の残骸から銃の部品を集めては共食い整備で銃を直していた。その頃の俺は独りぼっちだった。だが、特に一人でいることを悲しいと思ったことは無かった。機械を弄っていれば時間はあっという間に流れたし、お父さんが俺に色々な事を教えてくれたからだ。お母さんは毎日うるさいから反発していたが、楽しい毎日だった。
そんなある日、俺はいつも通り自分の秘密基地にしていた廃工場にいく為に家を出た。その日は晴天で、とても気持ちがいい朝だった。
そして、俺は道中複数の女の子にいじめられている一人の女の子を見かける。いじめられているというか、無視されていた。その女の子がどれだけ話しかけても、顔を背けて他の子と話し続ける。視界にすら入れようとしない。完全無視だった。
俺はそれを建物の影から見ていると、女の子の集団は男の子の集団と共にどこかに歩いて行った。そこに残されたのはさっきの一人の女の子だった。
そして、置いて行かれたその子は、その場で泣いていた。しゃがみこんで涙を流していたが、俺はその子を無視して廃工場に行った。
あいつに声をかける理由なんて俺にはない。俺はいつも通り一人で遊んでいればよかった。あいつだっていつかそれに気づいて、一人でいるとことをなんとも思わなくなるはずだ。
その子を初めて見た日次の日、その子はまた泣いていた。俺はまた無視してて廃工場に行った。
その次の日、その子はまた泣いていた。その次の日も、その次も、その次もその子は泣いていた。
そして初めて見てから一週間後、俺はその子の目の前にいた。
「ねえ、なんでそんなにあいつらに声かけるの?」
女の子は少し驚いた顔をしたが、悲しい表情のまま話し始める。
「だって、お母さんがみんなと仲良くしなさいって言うから。」
「そんなの聞かなくていいよ。俺もお母さんから危ないから機械を触るなって言われても触ってるし。」
「で、でも…」
その子はまた下を向いてうずくまってしまった。
「なら、俺と一緒に来いよ。一緒に遊べばそれで解決だろ。」
「でも、それじゃ、みんなと仲良くできないよ。」
そう言って向こうで遊んでいる男女のグループを見る。俺はその様子を見て、少し考える。どうすればこいつを動かせるのか思考を巡らす。
これ以上こいつを放置するのはなんか嫌な気分だった。
「なら聞くが、みんなって誰だ?」
「みんなはみんな…この町にいる子供…」
「それなら俺はみんなの中に入っているんだろ?なら何も問題は無い。お前はみんなの内の俺と遊べば、親の命令もクリアだ。」
滅茶苦茶な理論だ。子供がその場で考えた穴だらけの論理武装。大人が聞けばすぐに穴が見つかるだろう。
だが、ここにその大人はいない。居るのは俺と、こいつだけ。
「そっか…確かにそうだね!私、あなたと遊ぶ!私、海楽紫苑。あなたは?」
こいつを納得させれば、俺の勝ちだった。
「夜花天童。こっち。俺の秘密基地がある。」
「秘密基地?楽しみ!」
その日から俺たちは二人で遊ぶようになった。俺が作った機械を紫苑が使ったり、二人でパーツを集めたり、とにかく楽しかった。
そのまま二人で遊ぶ日が増えていき、数年が経過した。
そんなある日、紫苑が俺に相談してきた。
「家に居る時間がつまんない。」
紫苑が弾をマガジンに詰めながらそんなことを言う。
「なんで?」
「だってお母さん今日も何して遊んだの?とか危ないことしてない?とかウザいんだもん。」
俺はそれを聞いて、銃のパーツを組む手を止めずに作業を進める。
「そんなことか。なら嘘つけばいいんだよ。」
「嘘なんてついちゃダメだよ。」
紫苑が間髪入れずに俺の言ったことを否定する。俺も手を止めて、紫苑に自分の考えを話す。
「悪い嘘はそうだ。でも、持論だけど、みんなが幸せになる嘘ならついて俺はついていいと思ってる。例えば、「あいつは俺を殴った悪い人だ」って嘘を言ったら、言われた奴は怒るだろ?」
「うん。そりゃ自分のこと悪く言われれば怒るよ。」
「でもこの嘘が「あいつは俺のことを助けてくれた」っていうのだったらどうだ?相手は持ち上げられて悪い気はしないだろうし、運が良ければ「そういえば助けたかも」って勘違いしてくれる。俺は嘘をついたのに心が痛まない。相手は持ち上げられて嬉しい。こういう嘘ならいいと俺は思ってる。」
俺がそう言うと紫苑は雷に打たれたような表情をする。そして、次の瞬間にはニコッと笑って、こう言う。
「じゃあ、私も嘘つこうっと!」
以前に比べたらこいつの変わり身の早さも早くなったもんだ。
だが、また穴だらけの理論で紫苑の考え方を変えてしまった。なので、一応忠告をしておく。
「でも、注意しろよ。嘘ばっかりついていると疲れるし、整合性の無い嘘はすぐばれるぞ。」
「なら天童が教えてよ。上手な嘘の付き方。」
そう言われて、俺は請け負ってしまった。自分からこうすればいいと言ってしまったので、俺は責任を持って色々教えてしまった。
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「────で、その末路があれだ。俺なんかよりよっぽど人に取り入るのがうまくなった。結果俺には手が付けられなくなった。」
「なるほど、天童は意外と考えなしに行動するタイプなんですね。」
俺は痛いところを突かれてしまい。押し黙る。だが、エーデルワイスはそれを見て、フフッと笑う。
「冗談ですよ。そのおかげで私は目覚めることができたんですから、感謝しています。」
口ではこう言っているが、さっき言ったことも半分くらいは本気なように思える。
「ははは…」
俺は乾いた笑いしか出なかった。
読んでいただきありがとうございました。