名前呼び
よろしくお願いします。
買い物から帰った俺たちは、大矢野の部屋でゆっくりしていた。
「何よあいつら!本当にムカつくんですけど!まともに戦闘もしたことない奴がなんであんなに偉そうなのよ!!」
大矢野はジョッキにビールを注いで飲んでいた。既に一杯飲んだ後なので頬が赤くなっている。
「おいおい、お酒じゃんこれ…お前年齢的に飲んでもいいのか?」
「私は十八歳よ!そんなことどうでもいいからあんたも飲みなさいよ!」
「俺はまだ十六だから無理だって…」
俺も紫苑もお酒が飲める歳じゃない。
だが、今の時代お酒を飲んではいけない歳なんて、あってないようなものだ。店で一々年齢を聞いたりしないし、飲みたければ自己責任でという感じだ。
俺の家では家族はみんなお酒を飲まなかった。そのせいもあって俺は今までお酒を飲んだことがなかった。
「私のお酒が飲めないっていうの!?いいから飲みなさい!」
「飲まないって。」
しかし、これほど絡み酒をする奴だったとは予想外だ。当たり前のように腕を絡ませてくるし、距離感がおかしくなっているようだ。
「お前絶対外で飲むなよ。」
「なんでよ!ならあなたが一緒に飲みなさいよ!大体なんなのよあいつら。私のこと馴れ馴れしく下の名前で呼んで!キモいのよ!────」
「はいはい…」
俺は大矢野の話し相手をして、その日は終わっていった。
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大矢野と買い物に出た次の日、俺たちは北側関門の警備をしていた。横では大矢野がダウンしていた。
「気持ち悪い…」
「あれだけ飲んだら当たり前だ。ちょっと休憩室で休んでこいって。俺が引き継いでおくよ。はいこれ、ハンカチやるからこれ濡らしておでこに乗っけとけ。」
「ごめんなさい…」
大矢野はすごすごと戻っていった。次の日に警備の仕事があるのにあんなに飲むなんて何を考えているんだか。それだけ頭に来ていたんだろう。
あれは休ませた方がよさそうだ。
俺は大矢野から責任者の任を引き継いで、全体に指示を出す。とは言っても巡回している人に定期連絡を入れたり、たまに来る輸送車の検査の指示をするだけだ。
検査を終えた紫苑が荷台から降りてきて、何かぶつぶつ言っている。
「なんかやけに距離が近い気がするんだけど…」
俺はゲートを開くように指示を出して、輸送車を中に入れる。
「そうか?お前との距離感なんていつもこんなもんだろ。」
「紫苑ちゃんじゃなくて、彩ちゃんのことだよ。昨日も一緒にいたんでしょ?なんか近くない?怪しくない?」
「何が怪しいんだよ。それにどうせ昨日も俺のこと盗聴してたんだろ?」
「当たり前じゃん。」
なんでこんなことが当たり前になってしまったのか。俺の持ち物のどっかに盗聴器が仕掛けられており、俺のプライベート空間はないに等しい。どれだけ盗聴器を破壊してもやめなかったので、これもとっくの昔に諦めたことだ。
「俺も自分の時間が欲しいけどなー俺もな―。」
「だめです。」
俺の自由を求めたつぶやきは、紫苑の一刀両断によってあえなく消え去った。
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私は休憩室で水を飲みながら休んでいた。外では夜花が飛ばしているであろう指示が、通信機越しに聞こえてくる。
まだ会って二週間しか経ってないが、彼はいい人だ。
彼は初めて会った時から優しい人だった。私と一緒にいても嫌がらず、金持ちと突き放すこともなかった。
昨日は初めて夜花と買い物をしたけど、とても楽しかった。
私は自分のことを馬鹿にされるのが大嫌いだ。私は戦闘員になるためにずっと努力してきた。勉強も頑張ったし、女性だからって他の隊員に見劣りしないように体も鍛えた。自分に自信があるし、私が努力して得たものを馬鹿にされるのは許せないのだ。
(あんな奴らを”相手”にするくらい、か…)
理屈はわかる。争いは同レベルの者同士でしか起こらないというやつだ。でも、今まで私はそれをわかっていても反応せずにはいられなかった。頭では相手にしない方が良いというのはわかっているが、感情を抑えることができないのだ。
でも、昨日は違った。
夜花に体を引き寄せられた時、何か変な感覚が体に走った。三人組のことがだんだん頭から消えていくような変な感覚だった。
あれが友達という感覚なのだろうか。
私は体調が戻った後も、その感覚が気になって一日中上の空だった。
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仕事が終わって家に帰ってくると、パパに呼び出される。
「パパ何か用?」
私はパパが苦手だった。絶対に自分の考えを曲げない人。どれだけ私が自分の気持ちを話しても理解してくれなかった。
「お前のお見合いの相手だ。見ておきなさい。」
「え…?」
「いろはに聞いたがお前も化粧をするようになったそうだな。ようやく女性として成長したんだな。この話を出すのも頃合いだろう。戦闘員ももうやめていいぞ。」
私はパパから渡された紙を見てみる。すると、そこには昨日私のことを下の名前で呼んでいたあの男がいた。
「…なんで、こいつなの?」
「その男の父親と付き合いがあってな。お前の相手にぴったりだろう。」
「でもこいつは私を…!」
私はパパの目を見るが、怖くてすぐに目を逸らす。昔からいつもそうだ。私はパパの目が怖くて見れない。何か言っても全く話を聞こうとしてくれないその目は、いつからか私にとって恐怖の対象になっていた。
「顔合わせは二日後だ。もう行っていいぞ。」
私は何も言うことができず、そのままパパの部屋を出た。
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俺は日課になりつつあるおじいさんとの会議を終えて自分の部屋に戻ろうとすると、エレベーターで大矢野とばったり会う。
「おおびっくりした。って何かあったのか?」
エレベーターから出てきた大矢野は酷く沈んだ顔をしていた。
「別に…大したことないわよ。ちょっと家族と喧嘩しただけ。」
何か事情があるようだった。あまり込み入ったことに首を突っ込むのはやめた方が良いのだが、このまま放置することなんてできない。
「なら散歩にでも行くか。」
「え…?」
「散歩だってほら行くぞ。」
「ちょ、ちょっと勝手に決めないでよ!」
俺は大矢野をエレベーターから引っ張り出して、夜の町に繰り出す。夜にこの町を歩くのは初めてだったか、昼間に負けないくらい活気に溢れていた。
俺は露店で焼き鳥を買ってそのまま町を練り歩く。仕事を終えて酒を飲んでいる人、誰かと通信をしている人、武器を持って町の中を警備している人、子供と一緒に家に帰っていく人。様々な人が目に映る。だが、誰にでも共通してるのは笑顔だった。
俺は買った焼き鳥の皮にかぶりつく。
「これ旨いな。大矢野はどっか座れる場所知ってる?」
「あなたねえ…こっちよ。」
大矢野は何か言いたげだったが、大通りから逸れた場所に歩いていく。建物の間を縫うように進んで行くと、そこには町を見下ろせる展望台があった。夜風が気持ちよく、ずっといられそうな場所だ。横には二人用のベンチが置いてあった。
「ここ良いなぁ。」
「でしょ。私の秘密の場所よ。ここから見える景色が一番好きなのよ。」
俺は何本かの焼き鳥が入っているカップを差し出す。大矢野は無言でそれを受け取り、俺たちはゆっくりとその静寂を味わった。
焼き鳥を食べた後、大矢野がぽつりぽつりと話し始める。
「パパもママもね。私に早く戦うのをやめろって言うの。」
「なんで?」
大矢野は苦しそうな表情をしながら足をぶらぶらさせる。
「知らないわよ。私は昔から戦闘員に憧れてたの。この町を守ってくれる格好いい人たちよ。私もいつかあんな人になるんだって思ってたわ。でも、現実はそんなに甘くなかったのよ。私、知らない間にお見合い相手が決まってたの。将来はその人のお嫁さんになって家庭を持ちなさいって言われたわ。」
「なんでそんなことに…?」
「多分、私が女だからよ。だってお兄ちゃんは戦闘員として町を守ってるの。でも、私はダメだってパパもママもいうの。「女の子なんだから物騒なことはやめなさい。」「お前は女だから守られてればいいんだ。」そう言って二人は私のことを否定したわ。」
大矢野は話を区切って、ベンチから立ち上がる。そして、手すりに寄りかかって、町の光を後ろから浴びながら悲しい顔で話を続ける。
「私もみんなの為に戦いたい!町の人の力になりたい!そう思って頑張って来たけど、結局意味なかったわ。今月いっぱいで戦闘員としては引退させられる。その後はその相手と結婚だってさ。本当に嫌になるわ。」
俺はそのまっすぐな答えを聞いて、少し視線を逸らす。
「人の為に戦いたい、か。いい志だな。俺とは大違いだ。」
「夜花はなんのために戦ってるの?」
「俺は復讐だよ。故郷丸ごと破壊された恨みを晴らすために戦力を集めてる。でも、戦力はまるで足りてない。今のままじゃ戦闘仕掛けても返り討ちに遭うのが目に見えてる。」
俺たちがやってきたことと言えば、弾を補給してNo.90を開放したことだけ。
俺も立ち上がって手すりに肘をつく。
「この調子じゃシュネルヴァイスを倒すなんて夢のまた夢だ。」
「あなた機皇神を倒すつもりなの!?」
「そうだよ。笑らえるだろ。掲げている目標と実情が全く見合ってない。絵空事だって言われても仕方ないレベルだ。」
実際戦力が思ったように集まらない。武器はNo.を集める方向でいいが、人手が足りない。どれだけ武器があっても、使い手がいなければ意味がない。
(ん?人手…?)
俺は自分の中で少し考える。
「夜花どうしたの?焼き鳥足りなかったのなら買ってくるわよ?」
俺は頭の中で考えがまとまり、大矢野に向き直る。
「大矢野、話がある。」
「きゅ、急に改まってどうしたのよ?」
俺は一拍間を開けて、真面目な顔つきで話を切り出す。
「俺たちと一緒に来ないか?」
大矢野は何を言われたのかまだよくわかっていないみたいだ。
「…私が?」
「お前が。」
「あなたたちと?」
「俺たちと。」
口に出すことでようやく自分の中に落とし込めたようで、その場でしゃがみこんでため息をつく。
「…えぇ…?」
まだ少し混乱しているのか、髪をさわりながら何かぶつぶつつぶやいている。
「だめか?」
「ちょっと待ってくれるかしら…先ずは、なんで私なの?」
大矢野は立ち上がって俺を横目に手すりに背中を預ける。
「一番は火力だ。」
「というと?」
「今の俺たちには爆発物系の武器を使える奴が居ない。記憶を取り戻せばエーデルワイスが使えるようになるかも知れないが、今はまだ無理だ。だからそれを補える奴が欲しかった。」
「そ、そう…」
大矢野はそれを聞いて少し嬉しそうにしていた。
「他の理由は?」
「お前がここから逃げたそうにしてたから。」
俺の返事を聞いて、大矢野は軽く笑い始める。
「何それ。私の為っていうこと?」
「そうだ。お前がここに居たくないって言うなら俺が引き上げてやる。」
俺の返事を聞いて、大矢野はまた嬉しそうな笑顔になる。
「そう、そうだったのね。嬉しいわ。でも、私はあなた達とは行けないわ。パパに逆らう訳にはいかないもの。」
「そうか…でも、気が変わったら言ってくれ。俺はお前が来てくれるのなら心強い。」
俺はいつでも声をかけてくれと言っておく。まだ俺たちがここを離れるのに時間がある。
「わかったわ。」
俺は二人で夜の町を俯瞰する。こんな夜遅くになっても人が出歩いているなんてすごい町だ。俺が元いた郡上では夜になったら出歩く人は警備の人以外殆どいなかった。こういう景色は新鮮だ。
「私の相手があなただったら…」
俺が夜の街並みに見とれていると、横で何かぼそぼそと大矢野が何かをつぶやく。
「すまん。聞こえんかった。もう一回言ってくれ。」
「…フフッ。なんでもないわ。ね、ねえ、私からも一つ提案があるのだけど、いいかしら?」
今度は大矢野が視線をウロウロさせながら、話し始める。
「なんだ?」
「名前!お互いに名前で呼び合わない?私の家にまだいるなら、大矢野って呼びにくいでしょ?後は…ほ、ほら友達だから!これくらい普通でしょ?」
そう言えば最初に大矢野と呼んでしまったので、ずっと苗字呼びのままだった。これだけ内心を話し合うくらい打ち解けたのだから、そろそろ名前で呼び合ってもいい頃かもしれない。
「わかった。じゃあ、これからもよろしくな。彩乃。」
「…!よろしく。て、天童…」
消え入りそうな声だったが、彩乃からも名前で呼んでもらえるようになった。
俺たちはこの夜の景色を通して、いつもより仲良くなれた気がした。
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「で、言い訳を聞こうか?」
帰って来た俺は紫苑の前で正座させられていた。
「ただ名前で呼び合うようになっただけです…」
盗聴していたのだろう。俺から話し出す前に紫苑は扉の前で待ち構えていた。正直怖かった。俺はそのままリビングに通されて、床に正座させられた。
「ふーん。死にたいならそう言ってくれればいいのに。私ごと心臓を撃ち抜いてあげるから。」
俺が下を向いていると、横からエーデルワイスが助け船を出してくれる。
「紫苑、そんなに責めるようなことではないと思いますが…」
「エーデルワイスは黙ってて。」
「はい…」
頼みの綱が切れたことを察した俺は、紫苑の凍えるような声にビビりながら頭を下げる。
「許してください。何でもしますから。」
「今なんでもって言ったな?」
「はい…」
言質を取られた俺はもうどうにでもなれという感じだった。
「じゃあ、今後は私のことを第一に考える事。浮気相手とはその後ね。」
「浮気相手じゃないです…でもいいんですか?」
紫苑はソファに腰かけて、足を組む。
「私も彩ちゃんとは仲良くやってるし。最大級の妥協だから。でも、私が構えって言ったら構うこと。撫でろって言ったら撫でること。ヤりたいときはすぐに私の寝室にくること。わかった?」
「最後の以外はわかりました。」
「最後のも、わ、かっ、た?」
「はい…すいません…」
俺の自由がまた一つ減っていった。
読んでいただきありがとうございました。




