騎士爵領立志編 1−2
ユウリは焦る気持ちを押さえながら街道までの道を疾走している。
フォースベアは確かDランク下位の魔物はずだ。今まで母様と森に訓練に行った時にEランク上位のワイルドボアは討伐した事があるが、Dランクの魔物からはそれまでとは一線を画す強さになると聞いている。
イノリ《起動》
イノリ緊急事態だ!フォースベアと戦闘になる!
ーーフォースベアですか、武器をお持ちで無いようですが素手での討伐ですか?
いや、まともに戦うつもりはない。囮になり、残った人の救出が目的だ。注意を引きつけて森まで誘導した所で撒いて迂回した後、村まで戻る。討伐は母様が戻ってからだ。
ーー了解しました。ポイントは心許ないですが《強化》を少量ずつ使えばフォースベアに追い付かれる心配はありません。ですが戦闘経験のない村人がフォースベア相手に生きている保証はありません。
分かってる・・・その場合は村に戻り防備を固めるよ。
街道まであと少し、麦畑の終わりが見えて来た時声が聞こえた。
「クマ野郎!こっちだ!死んでも村にはいかせねえぞ!!」
声の主は農具入れに使われている小屋の屋根の上で肩と脚から血を流しながらも懸命にフォースベアの注意を引いている。フォースベアは遊んでいるのか小屋を少しずつ破壊している。
良かった間に合った・・・あの人は自警団のマルクさんか!確か元Dランクの傭兵だったはずだ。
駆けて来た速度をそのままにフォースベアの横っ面に蹴りを叩き込んだ。
フォースベアは煩わしそうに左手を振る。
鋼鉄を思わせる爪が空気を切り裂き迫ってくる。頭を狙ったそれを屈む事により躱わし顔に蹴りを放つ。
フォースベアは微動だにせず手を振り降ろす。
飛び退きそれを躱す。フォースベアはこちらが下がるとまた小屋を見ている。
駄目だ全くダメージが入っている気がしない、その為か相手にされている気配がない。加護を使うか?森までポイントは持つのか?
その時シズクの声がした。
「ユウリ様お待たせしました!」
シズクの元に駆け寄りショートソードを受け取る。
不味い、マイクさんの出血が酷い強引にでも気を引くしかない。
「シズク、タイミングを見計らってマルクさんの治療を頼む。」
シズクは何か言いたげな表情をしているがそれを飲み込んで「はい」とだけ答えた。
「マイクさん!俺が引きつけて森まで誘導します。」
「ユウリ様それは無理ですぜ・・・」
マイクさんが悲しげに微笑むとこちらに笑顔を向けて話す。
「フォースベアは手負いの獲物を甚ぶる習性があるんでさぁ。これだけ血を流したらもう逃げられません、、今のうちにユウリ様達は村に・・・」
フォースベアが柱を壊し小屋が傾き始める。
マイクさんは出血の為か体が思うように動かない様で目で逃げろと訴えかけてくる。
イノリ、プラン変更だフォースベアを討伐する。そのうえで現在の最適な割り振りを実行してくれ。
ーー《強化》100P 魔力+1000 魔力1518
《願いの形》 500P
剣術に三段階の補正 補正後C -
魔力操作に三段階の補正 補正後C -
《反映》します。起動時間は10分です。
魔力が溢れてくる、全力で手に魔力を流してみると何時もの何倍もの魔力が集まる。魔力操作の恩恵だろう。剣が手に馴染む。足捌きと上体の動かし方が理解できる。今ならフォースベアの首を落とせそうだ。
獲物が弱るのを待っているのかフォースベアはマイクさんをじっと見ている。
全力で踏み込みフォースベアに接近する。
先程の倍以上の速力がでる、そのまま此方を気にも留めていない無防備な首を狙い斬り下ろす。
紙一重で何かに気づいたのか巨体に似合わぬ瞬発力で横に飛び退いた。
フォースベアの首から血が滴る。
踏み込みが浅かったか。皮が少し切れただけだな。
フォースベアが立ち上がる全長3メートル普段なら萎縮してしまいそうだが今なら殺れる。
軽く踏み込む。速度を出しすぎず間合いに入り攻撃を誘発する。
フォースベアが左右の手で連撃を放って来た。
鋼鉄の様な爪に剣を当て逸らす。
更に向かってくる右手を半身になり避け剣で腕を斬り付ける。普段ならば刃が通らないであろう毛皮を斬り裂き肉を断つ。血が舞い骨まで届いた感触を感じる。
腕を切り落とすまでは行かなかったが右手は力無く垂れ下がり鮮血が溢れ続けている。
――マスター魔力残量が低下しています。魔力981
放って置いても出血で死ぬだろうが今なら倒した方が早い。剣に魔力を流し強化していく。
「ガァアアアァアァアア」
眼に恐怖を宿し雄叫びをあげながらを片手を広げ捕まえようと倒れ込んできた。
フォースベアの動かない右手側に体を入れ倒れ込んで来る無防備な首に剣を斬り上げ合わせる。
フォースベアの自重と合わさり軽い手応えで首を落とした。
「シズク!マイクさんの治療を!」
慌ててそう叫びシズクを目で探すとシズクは既に小屋の上に移動し治療を始めていた。
どうやらフォースベアと闘い始めた時にはもう動き出していたいたようだ。
マイクさんは目を見開き驚愕の表情で此方を見ている。
(すげぇ・・・フォースベアはDランクの傭兵がパーティで討伐する魔物だぞ・・・)
シズクは安堵した表情でその場に座り込んでいる。
俺もそれを見てどっと疲れを感じ座り込む。
ーーマスター残り魔力582 起動時間6分です。加護が切れ次第魔力が0になります。早期の村への移動を推奨します。
問題はこれだよなー《強化》の難点は効果中でも魔力を使うと自己魔力から消費されてしまう事にある。戦闘で使った時点で魔力切れに陥る事が確定してしまう。切れたら追加で《強化》使用すれば良いのだが湯水の如くポイントが消費されてしまう。
「シズク、マイクさんと先に戻ってて、魔石だけ回収したらすぐ戻るから。」
シズクは頷きマイクさんは「ユウリ様この恩は忘れません」と横を通り過ぎて行く。
さて魔石を回収して戻るか。
立ち上がった時イノリの焦った声が頭に響いた。
ーーマスター後ろ!!
後ろを振り返ると麦畑を走り抜けて来る、先ほどより少し小さいフォースベアが見えた。
「シズク走って!まだ1匹いる!」
「はい!ユウリ様も早く!」
村まで逃げ切れるか?シズク達が追いつかれる可能性が高い……やるしかない。
「俺は少し時間を稼いでから行く!」
シズク達が走る音が聞こえる、これで大丈夫だ。
目を瞑り深呼吸を1回そして剣を構える。
その時、街道から良く見知った赤髪の女性がフォースベアの進路に割り込みこちらを振り向いた。
「ユウリ!良くやったね。流石あたしの息子だ!』
母様はそう言ってフォースベアに向き直る。
フォースベアは母様を標的に定めたようで立ち上がり鋼鉄の様な爪で頭を狙い振りおろす。
母様はハルバードを寝かせ両手で支え爪を受け止めるその時、体の魔力が一瞬で膨れ上がる。フォースベアの一撃を受けてもハルバードはピクリともしない。
「雑魚が粋がるんじゃ無いよっ!」
そう言って爪ごと腕を弾き上げる。
「ガァァア」
フォースベアの悲痛な叫びが響き瞳には怯えの色を映しハルバードが一瞬赤熱し膨大な魔力を帯び上体が逸れ無防備に晒された腹部にハルバードを薙ぐ。フォースベアは胸に一筋の火傷の後を残し目の光が消え仰向きに倒れ絶命した。
「母様遅いですよ。」
精一杯の強がりで冗談めかしながら歩み寄る。
母様が「アハハハッ」っと腹を抱えて笑っている。
「それだけ強がりが言えるんなら怪我は無さそうだね!」
母様が嬉しそうに頭を撫でてくる。
そこに一人の男が歩いてくる。緑色の髪に翠の瞳、軽装の騎士鎧を着ている。
「ミランダ卿、急に馬から降りて走るからビックリしたじゃないか、貴殿の馬も街道沿いの水飲み場に繋いでおいたよ。」
母様と一緒に来ていたって事はこの人が査察官なのかな?と考えていると騎士鎧を着た男と目があった。
「始めましてミランダ卿の御子息のユウリ君だね。私はエドワード・ウォード、王国査察官だ。」
エドワードは何処か軽薄そうな笑みを浮かべている。
初めての他領の貴族との会話に少し緊張し表情が固くなる。
「スカーレット家嫡子ユウリ・スカーレットです。お目に掛かれて光栄です。ウォード閣下。」
胸に手を当て一礼する。
ウォード侯爵家、スフィーダ王国西部に領地を持つ貴族であり貿易港を保有する王国有数の貴族家。
加護を公表している貴族家の一つであり、境界の加護を持ち《結界》を張ることができる。加護の恩恵により体から離れた魔力を長時間維持でき。その有用性から国の要所や王族の警護など要職を担っている。
「閣下は辞めて欲しいかな、そう畏まらなくていいよ。私は妾の子でね。それでこうやって西へ東へ馬車馬の如くこき使われてるんだ。さてミランダ卿いいかい?」
エドワードは悪戯をする子供のような顔を母様に向ける。
母様はそう問われ「仕方ないね。」と肩を竦める。
その瞬間目の端に白刃が写る。
斬られる!そう感じた時には《願いの形》で強化された技術が半ば無意識に魔力を巡らせ剣を盾にし防いだ。
金属が打ち合う音が響いた。
更に横薙ぎ斬り上げ袈裟斬り次々と斬撃を繰り出してくる。
それを全て防ぐ。
フォースベアより速いが対処できない程ではない。
軽く後ろに飛び距離を開ける。
エドワードは驚きを顔に浮かべる。
(これは驚きましたね。この年でCランク相当の腕前があるのか。)
「ウォード卿どういうおつもりですか!」そう問いかけるが答えは返ってこない。母様を横目に見ると悪戯をする子供のようにニヤニヤと笑みを浮かべている。
良くわからないが二人に揶揄われているんだろう。
最後に一矢報いてやるか、鎧に傷くらい付けてやる。
イノリ残りの魔力と時間は?
――魔力残量320 起動時間残り30秒です。
姿勢を低くし地面を蹴り一気に距離を詰める。
放たれた弾丸の様に加速し斬り上げる。
剣を寝かせ防がれたがそのまま背後に抜け地面を蹴り急停止、袈裟斬りを放つ。
「ガンッ」明らかに異質な音が鳴った。
剣は鎧に届く前に薄い膜に阻まれている。
これは・・・《結界》か!
ーースキル《消失》。脅威無しと判断。《停止》。
魔力が尽き魔力欠乏の症状で全身が鉛のように重くなり
《願いの形》の効果が消えたことで先程まで掴んでいた感覚が手から零れ落ちていく様だ。
エドワードが此方を振り向き納刀しながら優しく微笑んでいる。
戦闘中には気づかなかったが前世を思い出す懐かしい品に思わず声が出てしまう。
「刀!?刀が何故ここに!?」
「ユウリ君は刀に詳しいのかい?」
「いえ、存在を知っているくらいで……」
「そっか、では簡単に説明しようか、元々は海洋国家である諸国連合発祥の武器で、ああ・・・そうか君の父上は諸国連」
今まで聞いたことがない父様の話が始まった時、母様の声が響いた。
「ウォード卿!!」
それを聞きエドワードが何かを理解する。
そして母様に頭を下げた。
「すまないミランダ殿、刀を知っていたので話してあるのかと。申し訳ない事ををした。」
「ウォード卿、頭をお上げ下さい。」
エドワードは頭を上げユウリに向き直る。
「先程の事は忘れてくれ。さて、まさか1本取られるなんてね。お詫びとご褒美を兼ねて面白い物を見せてあげよう。」
エドワードは半身になり腰を落とし、足を開き刀の柄に手を添える。
前世の動画で見た居合の構えに似ている。
エドワードは魔力を刀に込めていくそれは刃の周囲に薄く膜を張る様に伸びていき徐々に魔力を圧縮しているのか濃度が上がっていく。
「鞍馬一刀流《鶺鴒》」
踏み込みと同時に刀が鞘から勢い良く抜き放たれ、鞘走りの加速を得た斬り下ろしが放たれた。
無意識に剣を横に寝かせ防ごうとしたが刀を受け止めた感覚も無く断ち切られる。
エドワードは、そこから一歩踏み込み高速の斬り上げを繰り出す。
顎下で刃が止まった。エドワードを見ると柄尻の部分に左手の平を添えており後ろに退いても突きで喉を突ける技の様だ。
エドワードは刀を引き鞘に納める。
「さてミランダ殿、馬を回収して村に行こうか。ユウリ君は村に戻って先触れをお願いできるかい?フォースベアの解体で人も要るだろうしね。」
「では先に戻っ」
あれ、足に力が入らない・・・
そこで意識が暗転した。
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