第九話
第九話です!
「なんとか……無事、辿り着いたわね……」
昨夜寝た洞窟へと辿り着いた三人。
明日香の言葉には、疲れが滲んでいた。
「陽が沈む前に辿り着けて良かったよ」
相沢が言う。
空は美しい夕焼け色に染め上げられていた。
これ程までに絶望的な状況下の最中、空はいつだって、残酷なまでに美しい。
それは時に勇気を与え、時に嘲られているかのような怒りを覚えさせる。
「………………」
ここに至るまでの道中、暗闇の部屋で出会った少女は、一言たりとも言葉を発しなかった。
歳は二人と同じほどであろうか。セミロングの黒髪をたなびかせる、美しい少女であった。
言葉を発しないだけでなく、彼女の瞳や表情からは、微塵たりとも人の感情が窺い知れなかった。
まるで人形だ。
コミュニケーションがとれないのは厄介だったが、特にゾンビたちに嚙まれた様子も無いため、とりあえず連れてきたのだ。
少女は蹲り、洞窟の岩肌へと背を預ける。
そんな彼女の様子を、相沢と明日香は寡黙に見つめていたが、やがて明日香が、小声で話題を振った。
「……それにしても、通信室を破壊されたのは痛かったわね……。これじゃあ、もう助けも呼べないじゃない……」
明日香の語調には、明らかな落胆と絶望が垣間見えていた。
無理もない。
寧ろ、よくあの場で取り乱さなかったのか、不思議なくらいだった。
きっと、この洞窟に帰ってくるまでは、泣き言を言うのは我慢しようと決めていたのだろう。強い女だ。
「……いや、案外助けは早く来るかもしれないよ?」
しかし、相沢は意外な返答を寄越した。
「え……?どういうことよ、それ」
驚きを禁じ得ない明日香。
「明日香、君は俺と初めて会った時に、こう言ってたよね?一度、凄く大きな地震が起きたかと思ったら、しばらくしてゾンビたちが現れた……て」
「え、ええ……確かにそう言ったけれど……」
相沢の話に、要領を得ない明日香。
「それだけ大きな地震が起こったのなら、この島の管理会社から連絡があるはずだ。しかし肝心の通信室はあの有様……当然連絡は帰ってこない」
そこまで聞いて、ようやく明日香は相沢の考えが見え、はっとなった。
「そうなれば、管理会社はきっとこう判断するだろう……連絡を返せないほどの非常事態に見舞われている、と。まさかそれが、ゾンビたちによるパンデミックとまでは想像にも及ばないだろうが、兎にも角にも、必ず救助部隊を寄越すはずだ」
明日香の瞳に、一筋の光が灯った。
「それじゃあ……」
期待する明日香の語調は震えていた。この騒動が起きてから初めて、恐怖によってではなく、期待と喜びによって、声を震わせたのだ。
「近いうちに、助けは必ず来る」
余程自分の想定に自信があるのか、はたまた明日香を安心させる為か、或いはその両方か……相沢ははっきりと断言してみせた。
と、その時であった。
ぎゅるる、と腹の鳴った音が聞こえた。
相沢と明日香が、目を合わせる。
君か?
私じゃないわよ。
アイコンタクトだけで、そんな意思疎通をしてのけた。
どちらでもないとなれば……。
二人の視線は、やおら少女の方へと向けられる。
見やれば、少女の頬に、僅かに朱が差していた。先の腹の虫の音は、彼女のものだったのだ。
同時に、この時初めて、少女の表情に人間らしいものが微かに垣間見えたのを、二人は見逃さなかった。
羞恥という、感情を。
「……それじゃあ、晩御飯にするか」
相沢のその言葉を皮切りに、ささやかな夕餉が行われた。