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死屍の島  作者: 鷲津飛一(わしづ とびいち)
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第八話

第八話です!

「大丈夫?」

「ああ……なんとかな」

 明日香に肩を貸して貰いながら、相沢は闇に包まれたホテルの内部を進んでいた。

 大型ゾンビとの死闘を経て、既に相沢の体力は限界であった。今日は一先ず、昨晩休んだ洞窟へと戻ろうという判断で合致した。

 ホテルの部屋のどこかで休むという選択肢もあったが、もしそこでゾンビたちに一挙に襲い掛かられたら逃げ道が無い。万事休す、だ。

 身を囲む壁が無いのは不安なことだが、それは同時に、不測の事態に陥った際の逃げ道を確保しやすいという利点があるのだ。

「……ねえ、相沢クン」

「ん?」

「あれ……何かしら?」

 明日香の視線を追って、相沢もまた視線を転じる。

 その先には、暗闇の中でもはっきりと判るほどの、大勢のゾンビたちがいた。

 しかし、彼らが向いているのは相沢たちが居るこちら側ではなく、壁に向かって集まっていた。

 壁を引っ搔き、叩いている。

 いや、あれは壁ではない。扉だ。ロックされた扉に向かって集まっているのだ。

「どういうこと……奴ら、何をしているの?」

 潜めるような声で、明日香が言ちる。

「……分からない。あの扉の向こうに、何かあるのか?」

 相沢のその言葉で、はっとなる明日香。

「……もしかして、あそこに生存者がいるのかも。だから、ゾンビたちがあんな一ヵ所に……」

 明日香の声色が、微妙に弾んだ。もしかすれば、あそこに彼女の兄が居るやもしれぬからだ。

(……なるほど。その可能性は充分にあるな……)

「……よし、それじゃあ、俺が見てくる」

 明日香の気持ちを察した相沢が、彼女の首にまわしていた腕を離し、一人歩き始める。

「ちょっ、ダメよ!相沢クン!」

 後ろから明日香の制止の声が聞こえた。

「あなたは今、体力を大幅に消耗しているの。そんな状態であの数のゾンビたちと戦うのは、あまりに危険だわ。あなたの身にもしものことがあったら、私一人ではもうどうしようもなくなるわ。……忘れないで。私たちは今、二人で一人なの。私の命はあなたの生命線であり、あなたの命は私の生命線なの」

「……だけど、もしかすればあそこに、君のお兄さんが居るかもしれない」

「……………………」

 その通りだった。だから明日香は、何も言えなかった。

「……それに、仮に君のお兄さんが居なかったとしても、あそこには生存者が居るかもしれない。その人たちを俺は……見捨てたくない」

 明日香の制止を顧みず、相沢は二本の細い刀身を携え、闇の中を駆った。

 稲妻が如き一閃が深淵の中で煌めいたその刹那、生きる屍どもの首が宙を舞った。

「……ほんとに、無茶するんだから……」

 明日香は一つ、嘆息をした。

 そこには「呆れ」と、しかし「安堵」が込められていた。

 戦闘の終了をはっきりと認めてから、明日香は相沢の居るもとへと駆けた。

「おい、誰か居るのか?」

 中の者になるべく恐怖を与えないよう、優しめな力加減で扉を叩く相沢。

 返事は、無かった。

 相沢と明日香は何も言わず、静かに目を合わせる。

 部屋の中は無人なのかもしれない。

 しかし、確認しなくては断定できない。

「……それじゃあ、開けるぞ」

 明日香はこくりと頷いてみせた。

 細心の注意を払いながら、相沢は慎重に扉を開けていく。

 つい先程までここにゾンビが群がっていたとはいえ、中に生きた人間が居るという保障はない。

 もしかすれば、扉を開けた途端にゾンビが噛み付いてくる……そんな可能性も充分にあり得る。

 静かに慎重に……扉を開けた相沢の視界に映し出されたものは……またしても闇だった。

 しかし相沢は、その闇の中に佇む輪郭を一つ認めた。

 その輪郭は、ベッドの上で蹲る、少女のそれに見えた。

「……おい、大丈夫か?」

 敢えて近付かず、その場で声を掛けた。その方が、どちらにとっても都合が良いと判断したからだ。

 仮にこの少女がゾンビだったとしたら、安易に近づくのは自殺行為だ。

 そして、この少女が生きた人間だった場合、いきなり刀を持った男が近づいてきたら、錯乱しかねない。

 以上の理由から、少々違和感を覚える距離感での会話となった。

 蹲る少女はやがて、所在なさげに首を上げ、相沢の居る方を見やった。

 この時、相沢と明日香には少女の双眸が、何の感情も込もっていない、空虚なものに見えた。

 やおら、少女が口を開ける。

「…………誰?」

 力無い言葉が、暗黒の部屋に染み渡った。

 

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