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死屍の島  作者: 鷲津飛一(わしづ とびいち)
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第五話

第五話です!

「くッ!」

 文字通り間一髪、迫り来る拳を躱し、サイドステップで未知なる敵から距離を取る相沢。

(あ、危なかった……あんなのをまともに食らっていたら、今頃首から上が綺麗に吹き飛んでいただろうな……)

 ぞっとするほどのおぞましいイメージが脳裏を掠める。短い一呼吸を間に挟んでそのイメージを振り払い、未だ見咎めるに至れていない攻撃者へと視線を配る。

 そこに居たのは、巨人とも呼ぶべき、大型のゾンビであった。

 巨人と言っても、恐らく実際のスケールは2メートル強ほどなのだろうが、狭い室内だと存在感によって圧迫され、より巨大に見えるのだ。

 また、特筆すべきは縦の大きさだけではない。

 ごつごつとした総体の輪郭……全身の筋肉が異常なほどに発達しているのだ。火を見るよりも明らかなパワータイプ。

(マジかよ、こいつ……あのフォルムが見掛け倒しでなかったら、ただの一発のパンチでも致命傷に成りかねない……)

 構えを取ると同時に、摺り足で更に距離を離していく相沢。

(ああいったパワー型は、力の代わりにスピードが薄鈍だと相場が決まってるんだ……まずは距離を置いて、向こうの出方を窺うのが賢明だ……)

 多少なりとも精神的余裕を取り戻すことに成功した相沢。しかし、油断しているわけではない。

 細心の注意を払って、大型ゾンビの挙動を注視していた。

 大型ゾンビは、虚空を虚しく空振った拳の先端を、未だ寡黙に見つめていた。

 果たして奴は今、何を考えているのか?

 いや、そもそもゾンビたちに、考える「知能」などあるのかさえ知れぬが……。

 やがて、やおらその拳を戻し、相沢のいる方へと首を向けるゾンビ。

 刹那、果たしてそれは相沢の気のせいだったのだろうか、大型ゾンビの表情に、にたりと不気味な笑みが張り付いたように見えたのは……。

 一瞬の動揺、一瞬の瞬き。相沢が見せたのは、ただそれだけだった。

 ただそれだけだったはずなのに、再び相沢の瞼が開いた時、彼の視界に映ったものは、完全に剣の間合いの内に入っている大型ゾンビの姿……そして再び振るわれた、巨大な拳であった。

(……は?)

 認識より早く、反射がその身を動かしていた。

 咄嗟に横払いの刀を繰り出し、大型ゾンビが振るう剛腕の軌道をずらす。それと同時に、反対方向へと上体を捻ることで、辛くも想定外だった二度目の危機を脱することに成功した。

 つまるところ無意識化でこれだけの芸当ができるのは、相沢一真という戦士もまた常軌を逸し、卓越した戦闘スキルを持っていることの、他ならぬ証明であった。

 事実、二人の戦いを傍観する他無い明日香にとって見れば、この戦いの全てが、彼女の理解を超越した、異次元のものであった。開いた口を塞ぐことも忘れ、ただ寡黙にそこに居ることだけが、彼女に許された、ただ一つの権利なのだ。

 一度目の不意打ちよろしく、再び大型ゾンビの拳が虚しく虚空を切り裂いた時、既に相沢の姿はそこにはなかった。

 今の彼には、距離を取る以外の選択肢が無い。今度はバックステップで、彼奴の間合いから脱してみせる。

(い、今のは、なんだ……?俺には、奴が瞬間移動したように見えた……ふざけるな……!そんなでたらめな能力があってたまるか……!)

 再び構えを取る相沢。尤も、そもそも敵の動きを視認できないのなら、果たしてこの構えにどれほどの意味と価値が残っているのか、窺い知れぬが……。

(どうする……すぐにも次の攻撃が来るかもしれない……考えろ……考えるんだ……!)

 大粒の汗の玉が、相沢の頬を伝う。

 しかしそれは、体温が上昇しているからではない。

 今相沢が感じているものは、悪寒だ。

 すぐそこまで迫り来ている生命の危機に総毛立ち、冷や汗を流しているのだ。

 余裕の表れなのか、大型ゾンビが拳を戻すさまは、相も変わらず遅い。

 貴様など、いつでも仕留められる……このスローモーションな挙動は、そんなメッセージ性を含んでいるのかもしれない。

(そういえばさっき、俺は瞬きをした……。それで奴の動きを視認するのに、僅かばかりのタイムラグが生まれてしまったのかもしれない……)

 そんな仮説が脳裏を過ぎった刹那、相沢は意図的に、瞬きの回数を減らし、瞼を下ろすタイミングにも注意を払った。

 全神経を、というわけにはいかないが、相当な集中力を、その瞳に映す視界へと注ぎ込んだ。

 だからであろう。

 今回は、かろうじて大型ゾンビの攻撃の挙動を視認することに成功した。

 奴は、何も特別なことはしていなかったのだ。

 ただ地面を蹴って、突進してきた。ただそれだけだったのだ。

 ならばなぜ、奴の挙動は、さも瞬間移動したように見えるのか?その答えもまた、実にシンプルなものだった。

 脚力だ。

 異常に発達した脚の筋肉で地面を蹴ることで、およそ常人の動体視力では視認するに至れない、尋常ならざるスピードを生んでいるのだ。

 加えて特筆するべきは、ブレーキ力。

 どれだけ超高速移動ができようとも、止まるべきポイントで止まれなければ、宝の持ち腐れだ。

 しかし彼奴の両脚は、自らが生んだ超スピードをすぐさま止めるだけの筋力を兼ね備えている。

 更に言えば、慣性の法則すら無碍にする上体の筋肉とパワー。取り分け背筋のそれは、最早想像すら及ばない。

 全てが高水準で、それでいて絶妙なバランスを取っているからこそできる芸当なのだ。

 しかし……、

(捉えた!)

 挙動と、そのからくりを鮮明に視認できた今の相沢にとってそれは、少なくとも「未知なる脅威」ではなくなっていた。

 「視認」できれば、「反応」できる。

 相沢もまた、両腕にありったけの内力を込め、大型ゾンビの振るう巨大な拳目掛けて、真っ向から剣撃を放つ。

 拳と剣。猛烈な勢いで放たれた二つの剛力が衝突し、激しい轟音と衝撃波が通信室内で反響し、響き渡った。

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