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死屍の島  作者: 鷲津飛一(わしづ とびいち)
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第三話

第三話です!

「とりあえず、今夜はここで休むしかないな」

 相沢一真と常磐明日香の二人は、森の奥にある洞窟へとやって来た。

 もう完全に日が暮れており、夜の森の中は、いよいよ深淵なる闇そのものだった。下手に動くより、一ヵ所に留まって朝を待った方が、賢明だ。

「……そうね、仕方無いわね……」

 明日香の語調は、疲れ切っていた。

 無理もない。

 家族と共に悠々としたバカンスを楽しむはずが一転、死の最前線とも呼べるような地獄に放り出されたのだから。悪い夢を見ていると解釈した方が、まだ現実味があるというものだ。

 明日香は、背中に掛かっていたリュックサックを下ろし、糸の切れたマリオネットよろしく、力無い所作で洞窟内の冷たい岩肌へとその背を預けた。

「大丈夫か?」

「大丈夫とでも思うの?」

 相沢としては純粋に心配の念で問うたのだが、彼女はそれを皮肉で返した。

「……いえ、ごめんなさい……意地悪な言い方して……。ちょっと、疲れちゃって……」

 はっとなった彼女は、すぐさま謝罪の弁を述べた。

「いや、気にしてないさ」

 こんな状況下だ。誰かに八つ当たりしたくなるのも、仕方のないことだろう。

「失礼ついでで申し訳ないのだけど、そこのリュックから水、取ってくれないかしら」

 彼女が指差した先には、無造作に地面に転がっているリュック。

 逃げる際に、多少の水と食料をこれに詰めていたらしい。

「分かった」

 相沢はリュックのファスナーを開け、水の入ったペットボトルを取り出し、それを明日香へと手渡した。

「ありがとう。あなたも、もしお腹が空いていたら、そこに入ってるパン、食べてもいいわよ。私は今、とてもじゃないけど食べたい気分じゃないから……」

「でも、しっかりと栄養を補給しておかないと、いざという時に逃げる体力が無くなってしまうぞ?」

「今は栄養より、睡眠をとりたい気分なの……尤もこんな状況じゃ、いつまたゾンビたちに襲われるか、不安で寝れそうにないけどね……」

 ペットボトルを傾け、喉を潤した明日香が、やや自嘲気味な笑顔を浮かべて、そう言った。

 人間、本当に辛い時、なぜか笑えてしまうものだ。尤も、そういったときに出る笑いは、普段の何気ないそれとは打って変わって、生気を感じさせない、乾ききった声色なのだが。

 今、明日香が浮かべている笑いは、まさにそれだった。

「それについては心配いらない。朝までここは俺が見張っておいてやるからな」

「……一応言っとくけど、私はまだあなたのことを完全に信用したわけではないのよ?そんな一言だけで、ぐっすりと快眠できると思って?」

「『信用』というのは、結果の積み重ねで後から出来上がるものだ。従って、今の俺に信憑性が無いのは当たり前だし、それをすぐにどうにかすることも不可能だ。だから約束を守り続けていくしかない。俺が朝まで見張ると言ったら、宣言通り見張るしかないんだ」

「………………」

 気のせいか、明日香の表情から僅かに緊張が抜け落ちたように、相沢には見えた。

「あなたの決意は有り難いけれど……朝まで見張ってて、あなたは大丈夫なの?ゾンビたちが襲って来た時に、寝不足で戦えないだなんて勘弁よ?」

「それも心配ないさ。俺が気を失った状態から目を覚ましたのは、君と会う少し前。つまり、俺はまだ起きたばかりだから、朝まで体力は保つさ」

「……明日香、でいいわ」

「ん?」

「君、じゃなくて……明日香でいい、って言ってるの……相沢クン」

 今、明日香の表情は、どこか穏やかで、柔らかな笑みを浮かべていた。

「……うん、分かったよ……明日香」

 相沢のその言葉を最後に、彼女の瞼はやおら閉じていき、徐々に力が抜け落ちていくのが分かった。

 程なくして、静かな寝息の音が聞こえてくる。余程疲れていたのだろう。

 彼女の寝顔を暫し眺め、何やらむず痒い思いを覚えた相沢は、気持ちを切り替えようと、胸ポケットに収まっていた学生証を再び取り出した。

 相沢一真。

 これが、俺の名前……。

(でも、なんだろうか……この、パズルにピースがぴたりとはまらないような感覚は……)

 釈然としない気分だった。

 失った自身の名前の記憶を取り戻したはずなのに……しかし今相沢は、それを取り戻したような感覚が一切しなかった。

 このカードに写されている人物の顔は、間違いなく自分の顔だ。

 意識を取り戻した時、先ず真っ先に見たのが、ホテルの窓に映っていた己の顔だ。見紛うはずがない。

 そもそも、自分の顔と学生証の双方を見ている明日香が、自分のことを「相沢クン」と呼んだのだから、間違いない。

(…………………)

 それでも尚、相沢の疑念は、彼の前に漂う木々の中の闇のように更けていき、とうとう晴れることはなかった……。

「…………お兄、ちゃん……」

「!」

 それは、明日香の寝言だった。

「行か、ないで……お兄ちゃん……お父さん……お母、さん……」

 彼女が今、どんな夢を見ているのか、敢えて察するまでもなかった。

 彼女の寝言の声色は震えており、今にも泣き出しそうであった。

「………………」

(せめて君だけは、俺が守り抜いてみせるよ……)

 決意と共に相沢は、学生証を胸ポケットへと突っ込むのであった。

 



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