第二話
第二話です!
「あなたは……」
少女が尋ねようとしたその時、少年は視線を逸らし、足元に広がる、惨憺たる光景に悲しき表情を浮かべた。
「一体……何が起こっているんだ……こいつらは一体何なんだ?」
逆に向こうの方から質問を投げかけられてしまった。
だが同時に、少女の胸中に、幾ばくかの安堵も生まれた。
言葉を話している……おそらく人間だ。
「私に言われたって……そんなの分からないわ。私はただ、家族と一緒にこの島に旅行に来ただけであって……」
「家族」と言うワードを口にした途端、少女の脳裏に、思い起こしたくもない悲惨な映像がフラッシュバックした。
必死に首を振って、その記憶の映像と意識を切り離そうと努める。
(今は……悲しんでいる場合じゃない……)
彼らは今、日本に居る訳ではない。
ここはオリジン諸島。四方を海に囲まれた、小さな島だった。
リゾート開発がされており、先に少女が申した通り、サマーバケーションのシーズンになると、旅行で訪れる人が多くなる。
「一度、凄く大きな地震が起きたかと思ったら、しばらくしてさっきの奴らが現れて、皆を襲い始めたの。だから、私にも何が何だか……」
「そうか……分からないか……」
「……?」
少年はさも残念そうな顔を浮かべた。
「ねえ、あなたの方こそ何者なの?さっきのゾンビたちは、あなたがやっつけたのよね?」
「……ああ、そうだ」
「一体……どうやって?」
少年はやおら右手を掲げ、そこに握られている銀色の四角い物体を見せた。
「……それは何?何かの玩具なの?」
「……分からない」
「え?」
あまりに意外な返答であった。
「ちょっと……持ち主のあなたが分からないって、どういうこと?」
「気が付いたら俺はこれを握っていただけだ……そもそも、俺が持ち主なのかどうかも分からない」
「何よそれ……あなたの話、全く要領を得ないのだけど……」
安堵から一転、少女は警戒の色を表情に滲ませた。
一方、それと向かい合う少年の顔は、眉をハの字に下げた困り顔だった。
「……俺は、俺が誰なのかも、よく分からない……」
「……は?」
突拍子もない告白であった。
(何よそれ……記憶喪失、ってこと……?)
とは言え、こんな状況だ。少年の荒唐無稽な話を即座に真に受ける程、少女はお人好しにはなれなかった。
常に警戒の色をその瞳に映していた。
もしかしたら、言語を話すゾンビだっているかもしれない。
或いは、仮にこの少年が人間だったとしても、およそ常人のそれを持ち合わせていない、狂乱めいた危険な人物という可能性だって考えられる。
「……とりあえず、今あなたは記憶を失っている……てことで良いのよね?」
「ああ、おそらくな」
「なるほど。一先ず信じるわ。それで話は戻るけど、その銀色の物で、どうやってゾンビたちを?」
「……話すより見せた方が早いと思う」
そう言うなり少年の右手に一瞬力が込められた。
と、その刹那であった。
硬い物質で構成されているとばかり思っていたその銀色の物体が、グネグネと先の触手よろしく蠢き始めたのだ。
「ひっ!?」
短い悲鳴を上げて、後ずさる少女。
(やっぱりこの人も、ゾンビ……!?)
しかし、蠢く銀色の物体が、少女に襲い掛かることは無かった。
銀色の物体は蠢きながら、徐々にその輪郭を変えていく。
細く、横長に。
やがてその物体が変貌した姿は、
「……刀?」
そう、銀色の光沢を放った、鋭い刀であった。
「どうやらこれは、俺がイメージした武器へと変貌するようなんだ」
少年は刀を携え、それをまじまじと見つめている。
「ここに来る前は、銃にも姿を変えることができた。明確なイメージがあれば、ある程度の武器には変化することが可能なんだと思う」
「…………………」
言葉を失う、とは正にこのことだ。
いくら現代の科学技術が進化しているとは言え、果たして今の文明のテクノロジーでこんなものを作ることが可能なのだろうか?
その問いの答えを導き出せるほど、少女は科学や物理に精通していない。
ただ分かることは、この物体は自分の想像だに及ばない、高度な科学技術で作られているということ。
そしてこの過酷な極限状態の中を生き抜き、あの人を捜し出す為には、この未知なる物体の力と、それを操る少年の力が必要だということだけだった。
「……ほんと、何が起こっているのよ……もう嫌……」
「ん?」
ぼそり、と少女が独り言ちた。
あまりに声が小さかった為、少年の耳には届かなかったようだ。
「……何でもないわ。……ねえ、私たち、一緒に行動した方が良いと思うのだけれど、あなたはどう思う?」
少女の方から、提案した。
「……そうだな。俺も状況が全く分かっていない以上、誰かと行動を共にした方が得策だと思う」
「決まりね。記憶喪失だと何かと不便だろうから、その点は私がサポートするわ。その代わりあなたには、私の人探しを手伝ってもらいたいの」
「人探し?誰を?」
「私の、お兄ちゃん。逃げる時に、はぐれてしまったの……」
「そうだったのか……分かった、協力するよ。でも、お兄ちゃんだけか?両親とかは……」
「………………」
返事は無かった。
返事が無いことが、何よりの答えだった。
「…………すまない、不躾な質問をした」
「気にしてないわ。それより、交渉成立ね。私は常磐明日香。あなたは……て、記憶が無いんだったわね……何か身分証みたいなのって無いの?」
「……そう言えば、胸ポケットに何かカードみたいなのが入ってたな……俺の顔が書いてあった」
そう言うなり、少年は胸ポケットからそのカードを取り出し、明日香へと差し出した。
「なんて書いてあるのか、読めないんだ」
「あなた、字も読めないの?」
増々目の前に居る少年に対して不信感が募った。
数舜、受け取るのを逡巡する明日香であったが、覚悟を決めてそのカードを受け取った。
そのカードとは、学生証であった。
思ったとおり、彼は自分と同じく、高校生であった。
そこには、彼の顔と名前が記されていた。
相沢一真、それが彼の名前だ。