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死屍の島  作者: 鷲津飛一(わしづ とびいち)
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第十話

第十話です!

 その日の夜、少女は夢を見ていた。

 目の前で触手どもに緊縛され、犯され、凌辱の限りを尽くされている、母の姿を……。

 上の口も下の口も犯され、熱い白濁を、体内に注ぎ込まれている。

 恐怖に染まっていたその表情が、徐々に蕩けていき、やがて陶酔しきった笑みへと変貌する。

 そんな、母の最期の姿を……。

「はっ!?」

 肢体がびくんと震えたのと同時に目が覚めた。

 心臓が、痛いほどに早く脈打っている。気付かないうちに、呼吸も荒くなっていた。

「はあ……はあ……」

(夢……?いや……)

 ほんの一瞬、何もかも全て悪い夢だったのではないかという期待が脳裏を過ぎったが、そんな淡いものは瞬く間に打ち破られた。

 もしあれが全部夢なら、なぜ自分は今、こんな真っ暗な洞窟の中で目を覚ましているのだ?温かくて柔らかい、自室のベッドの上で目を覚ますはずだ。

 認めたくないが……今自分が見たものは、全て現実なのだ。

(ダメ……意識しちゃ、ダメ……)

 自分の奥底に眠る感情を意識し、見つめてしまえば、受け入れなければいけなくなってしまう。

 悲しみも……絶望も……。

 それを、少女は怖れた。

 だから、目を背けたのだ……他ならぬ、自分自身の心から……。

 意図的にやっているわけではない。なぜなら、意図的にやっている時点で、既に自分の感情を意識し、向き合っていることになるからだ。

 無意識だった。

 無意識に少女は、自分の心を身体の奥底の深淵に沈めるイメージで、何も感じなくしていたのだ。

 自分自身の心を、守るために。

 心が壊れるのを、防ぐために。

「あら、目、覚めちゃったの?」

 ウェーブがかった長い茶髪をたなびかせる少女が、声を掛けてきた。



 この日の見張りは、昨夜と逆であった。

 相沢は今、大型ゾンビとの死闘で疲れ果てている。先に休ませた方が良いと判断したのだ。

 尤も、明日香にゾンビたちと戦う力は無い。仮に彼奴らが夜襲を仕掛けてきたら、結局のところ、相沢を起こす他無い。

 そんなことを考えていた時、彼女の後ろで物音がした。

 少女が、目を覚ましたのだ。

 青ざめた表情、額から流れる大粒の汗。聞くまでもなく、彼女が悪夢にうなされていたのは、明白であった。

 だから敢えて、夢の内容には触れないようにした。

「あら、目、覚めちゃったの?」

 なるべく優しめな語調で、明日香は声を掛ける。

「………………」

 しかし、少女は一瞥をくれただけで、返事は返さない。

「……そっか、話したくない、か……」

 悲しみと寂しさを滲ませた嘆息を一つ、明日香は吐いた。

 無視されても腹が立たないのは、少女が今何を想い、何に苦しんでいるのか、明日香には何となく分かっていたからだ。

 気のせいか、少女の表情が、「申し訳ない」と語っているように見えた。

「……じゃあ、せめて隣に座らせて?それなら、良いでしょ?」

 明日香は再び明るい顔を見せて、少女に懇願する。

 暫し沈黙が挟まれて……、

「…………ん」

 こくり、と小さな頷きを返した。

 明日香の表情が、ぱあっと明るくなり、少女と肩を寄せ合うように座る。

「はぁ……こうして密着して人肌を感じると……得も言われぬ安心感を感じるわ……」

 その言葉を聞いた少女が、奥で眠っている相沢の方へと視線を転じる。

「え?相沢クン?ダメよ、彼は。男とこんな風に肌を合わせていたら、いつ発情した猿みたいに押し倒されるか、分かったもんじゃないわよ」

「フッ……」

 ほんの一瞬……。

 ほんの一瞬だけ、少女は笑った。

「……あなたの笑顔、初めて見たわ。可愛い」

 刹那、少女の頬に僅かに朱が差し、俯く。

「……ほんと、こんな状況でさえなかったら、妹ができたみたいで、楽しいバカンスになっていたのかな……ああでも、それだと私たち、そもそもこうして出会っていたかさえ分からないわね」

 明日香は言いながら、夜空を仰ぐ。

 そこには、美しくも圧倒的な存在感を放つ、満月が浮かび上がっていた。

 そんな彼女の姿を、少女はやおら首を上げ、見つめる。

「ああ、ごめんね。初対面なのに妹だなんて……私、上にお兄ちゃんがいるんだけど、下には誰もいないの。だから昔から、妹がいたらなーなんて思ってたの。あはは……私、何言ってるんだろ……ちょっとキモイよね……」

 自虐的な笑みを浮かべる明日香。

 そんな彼女の笑顔を見て、少女は……、

「……そんな、こと……ないです……」

 とうとう、口を利いたのであった。

 驚きを禁じ得ない明日香であったが、それを大げさに態度に表してしまうと、再び心を閉ざされてしまうおそれがあった。

 従って明日香は、努めて平静を装った。

「私……一人っ子なので……お姉ちゃんが欲しいなって……ずっと思ってたんです……。だから……明日香さんは、キモくないです……」

 たどたどしい言葉遣いであったが、それでも、会話をしようと思ったということは、少女は明日香に、心を開きつつある証拠であった。

 それが、明日香にはたまらなく嬉しかった。

 嬉しかったから、思わず抱き着いてしまった。

「ありがとうー!」

「……明日香さん、苦しい、です……」

 はっとなり、少女から身を離す明日香。

「あはは、ごめんね……つい、嬉しくて……。そういえば、まだあなたの名前、聞いていなかったわ。ねえ、教えてくれないかしら?」

 少女もまた、はっとなった。

 自分が名を名乗っていなかったことに、ようやく気が付いたようだ。

「……カレン、です……。蒼井(あおい)カレン……」

「蒼井、カレンちゃん……良い名前ね、可愛い!」

 再び、ぎゅっと抱き着く明日香。

「……明日香さん、いちいち抱き着かないでください……」

 そうは言いつつも、少女の……いや、カレンの表情は、微かに笑っていた。



「起きて、相沢クン。交代の時間よ」

「ん?……ああ……」

 明日香の言葉で、目を覚ます相沢。

 重い瞼を少し開けると、眩い朝日が入り込んできた。

「えと……あの……おはようございます……相沢さん……」

 力無い語調で、朝の挨拶を投げ掛けられる。

「ああ……おはよう…………へ?」

 未だ眠い目を擦りながら適当に挨拶を返していた相沢は、ようやく状況の異変に気付き、素っ頓狂な声を洩らした。

 無理もなかろう。

 昨日まで、一言たりとも言葉を交わしてくれなかった少女が今、自分に挨拶をしてきたのだ。

「なんで……君……」

 本人は自覚していないが、寝起きなのもあって相沢は今、かなりマヌケな表情を浮かべていた。

 その様子を見て、明日香は内心ほくそ笑んでいた。

「えと……昨日は、助けて貰ったのに……名前すら名乗ってなくて……失礼の段、本当に申し訳ございませんでした……」

 頭を深々と垂れる黒髪の少女。

 セミロングの髪が、はらりと舞う。

 後ろから朝日に照らされた彼女の姿は、まるで絵画……芸術作品のようであった。

「私の名前は……蒼井、カレンです……。歳は15歳です。ええと……その……不束者ですが、よろしくお願いします……」

「いや、その言い方は結婚するみたいだからやめた方が良いわよ、カレンちゃん?こんなのよりももっと良い男、沢山いるから」

 カレンと名乗る少女の肩に手を置いて、明日香は嗜めた。

 そんな二人の様子を相沢は、ただ呆然と眺めることしかできなかった。

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