第一話
皆様、初めまして。もしくはお久しぶりです。鷲津です。
連載小説、初挑戦です!
最後まで書き切れるか、若干不安ではありますが、お付き合いしていただけると幸いです。
それでは!
「はあっ、はあっ」
ウェーブがかった長い茶髪をたなびかせて、少女は駆けた。
文字通り、死に物狂いに。
背後から迫りくる、狂気を帯びた人たちに捕まらぬよう。
いや、もしかすれば、この表現は誤りかもしれない。
果たして彼らが「人間」なのかどうか、その点が怪しかったからだ。
気付けば少女は、陽が傾いたことによって闇が漂い始めた森林の中を彷徨っていた。
自分がどこへ向かっているのか、どこへ逃げれば良いのか……もう今の彼女には、それを冷静に判断する精神的余裕も、時間的余裕も無かった。
逃げろ。
逃げろ。
ただ純粋に本能が危険を察知し、アドレナリンの血中濃度が高まると同時に、少女のその身を突き動かしていた。
生き延びる為に。
しかし、そんな少女の切羽詰まった願いを、現実は無情にも裏切る。
「なっ!?」
狂気を帯びた「モノ」たちは、少女が進む前方にもわんさかいた。
それまで必死に突き動かされていた両脚が、嘘のようにぴたりと止まる。
(そん、な……)
少女の額から止めどなく流れる汗は、果たして全力で疾駆したことで体温が上昇した結果噴き出たものだろうか?
その割には、今少女が感じているものは「寒気」であった。
おぞましい程の……全身が内臓の奥から震え上がるような、気色の悪い悪寒であった。
青ざめた表情を浮かべる少女は、とうとう己が今際の際を察した。
それは17の少女にとって、あまりに残酷で、認め難く、受け入れ難い諦めであった。
(もう……ダメ……)
人間の身体とは不思議なもので、生きることを諦め、絶望に打ちひしがれた途端、その身は鉛が如く重くなる。
もう今の少女に、逃げることは不可能であった。
物理的にも……精神的にも……。
少女が絶望の海に我が身を沈ませているその間も、邪悪なるモノたちは、彼女のもとへと滲み寄っていた。
ふらふらと覚束ない足取りで、ゆっくりと……だが確実に。
遠巻きに見やれば、奴らの姿形は人間のそれだ。
だがその皮膚は灰色や紫色に変色しており、古いメッキのように幾らか剥がれ落ちている。
瞳の中には精気が感じられず、口や胸元は赤黒い血痕で汚れていた。
まさに「ゾンビ」と呼ぶが相応しい、おぞましい様相を呈していた。
そして何より、言葉が通じない。
日本語だろうが英語だろうが関係なかった。「意思疎通」をしようとするその「意思」さえ、奴らからは感じない。
ただ傍若無人に、人々に襲い掛かるだけ。
時に嚙みつき、そして時には……。
「ひっ!?」
ゾンビの群れの一匹が、顎が外れるのでは、と思うほどその不気味な口を大きく開けた。
そしてその中から姿を現したのは……恐らく「舌」なのだろう……。
断言ができないのは、その「舌」と思しきモノが、あまりに太く、そして長かったからだ。
「舌」というより、「触手」という印象だった。
その触手は、蛇のそれを彷彿とさせるような妖しい蠢きを見せる。蠕動運動のような動きだ。
唾液なのか分からないが、触手は濡れそぼっており、夕日が反射して妖しい光沢を纏い、放っていた。
総毛立つ程のおぞましく、不気味な感覚が、少女の理性と感情を凌辱していた。
自分がこれから何をされるのか、そのビジョンが明確に、そして鮮明に、脳裏を過ってしまったからだ。
奴らは……増殖する。
少女が知っている範囲だけに限定して言っても、増殖の術は二種類存在する。
一つは、口による嚙みつき。
もう一つは……この触手が人間の口、あるいは女性であったら、性器の穴へと侵入することによって、仲間を増やしているのだ。
目の前に居るゾンビが、そのおぞましい触手を取り出したということは……後者の方法によって、少女を自分たちの仲間に引き込もうとしていることは、火を見るより明らかであった。
そのゾンビに倣うかのように、他のモノたちも大きく口を開け、おぞましい異物を露わとしていく。
その光景は四面楚歌、阿鼻叫喚、地獄絵図としか表現できない。
少女が何もかも諦め、己が死期を悟った、その時であった。
銀色の一閃が少女の周囲を駆けた。
(……え?)
目にも止まらぬ速度で移動したその一瞬の煌めきは、ゾンビたちの触手をさも心地良さそうに切り裂き、蠢くそれを虚空へと躍らせた。
次々と不気味な舌が、大地へと落ちていく。
いや、舌だけではない。
少女の周囲を、風が包み込むように舞ったのと同時に、ゾンビたちの首までもが、呆気ない程に空中へと舞い、躍っている。
銀色の煌めきは、風と共に少女を取り囲むように回っていた。
やがてその場に居た全てのゾンビの首と触手が地面へと無造作に転がり落ちた時、風は止み、煌めきは何処かへと消え去った。
後に残ったのは、死屍累々と呼ぶが相応しい惨状なる光景と、目の前に佇む少年だけだった。
歳は自分と同じほどだろうか。
その少年は先のゾンビたちとは打って変わって、肌の色も良く、彼の肢体に血が通っていることを期待させてくれた。
彼の右手には、銀色の四角い物体が握られていた。
少年は視線を少女へと配るや、口を開いた。
「危なかったな、ケガは無いか?」