ショート 初めての封筒
もうずっと前から消えてしまいたかった。教室で顔を合わせる度に、あの時の夕陽と、寂しさと躊躇いに満ちた顔を思い出してしまう。
告白は失敗した。勇気を載せた文字を便箋にならべて、胸の鼓動と一緒に封筒へ入れて。
彼の机に預けた小さな祈りは、放課後の屋上へ彼を連れてきてくれたのに。
「付き合うとか、今はまだよく分からないし。気持ちを伝えてくれたのは嬉しいんだけどさ、こんな中途半端な気持ちのままで向き合ったら失礼じゃないかなって」
緑色のフェンスに寄りかかりながら、彼は私に宣告する。
「だから、ごめん」
その言葉を聞いたら涙が頬を伝って落ちて、顔を見られたくないからドアに向かって走って、逃げ出した。
頭の中で思い浮かべていた色々なモノが、階段に足を置く度に消えてゆく。
眼から溢れ続ける思いのせいで、肌が少しだけピリリと痛む。
顔を見ることが出来ない。問題を解き終わって席に戻る時も、昼休みに机をくっつける時も、彼は視界に入っていたのに。
最初から口に出すべきじゃなかったんだ。
こんなに辛いと知っていたなら、こんなにも苦しい気持ちにならなかったのに。
ホームルームが終わり、教科書を鞄の中へと詰め込む。
時が癒やしてくれるよと決り文句を言う友人に、この気持ちは分からない。
革の取っ手を左手でぎゅっと握りしめると、まるで痛いよと言っているように、かすかに鳴いた。
肩を叩かれた。
振り向くと、二つの目が私の目を見据えていた。
「話があるんだけどさ。上で聞いてくれないか?」
あの時よりも薄い黄色の太陽が屋上のタイルを照らしている。風がスカートをゆっくり揺らして、きっと髪も彼から隠れるように、ブレザーの背中に張り付いている。
「先月のさ、あの話……告白してくれた事なんだけどさ」
もう終わりにしたい話。
ううん、もう終わった話なの。
「断ってから、急によそよそしい態度というか、こっち見てくれなくなったというか」
見てたけれど、顔を見る勇気がなかっただけ。
「誰にも相談出来ないというか、したらダメな気がしてさ。だから一人で悩んで出した結論なんだけど」
結論は既に出してくれたけど、言葉の続きを待ちたい気持ちもある。
だって、終わりにしないように、続けてくれたんだから。
「前から、良いなと思ってたんだけどさ。良いな、で止まったままというか。好きって言われて気持ちが変わるんじゃなくて、自分から好きになりたいと言うか。よく分からない事言ってんな、俺。その……ちゃんと好きになってから、俺の方から告白させてもらうってのは……ダメ、かな?」
今度は、逃げ出さなかった。
強く吹いた風が私の髪を持ち上げて、ライスシャワーのように空中へと散らせた。
「……うん……それじゃあ……待ってる」
「……ああ、その……ありがとうな。てか、これメチャクチャ恥ずかしいのな。よく言えたな……」
背後で屋上へのドアが閉まる。階段を降りる二人分の足音が、柔らかい影を張り付かせた壁に跳ね返って、消えていく。
温かい気持ちを心臓へと無理やり押し込めて、昇降口を出た。
玄関では相談相手が帰りを待っていた。
「やけにご機嫌じゃないか、良いことでもあったのか? そんな事よりも早くあそぼうぜ」
それどころじゃない、とスリッパから退かせる。
部屋の中まで着いてきて、一方的に要求を伝えてくる。今はとても幸せな気分なのに、少しだけ邪魔されたようで。
腹が立ったから、脇腹をつついてやった。
診断メーカーとやらで面白そうなものがあった。真ん中の物語を作って足しただけ。
「こんなお話いかがですか」
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