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始まりの始まり ~幕間~

穏やかな日の当たるテラス、上質な調度品が設置され、小さなテーブルと小さな椅子が設置されているだけのかわいらしくも、洗練された白い空間の中、黒と紅のドレスの少女が、お茶会の準備に勤しんでいた。近くには、聖者と黒衣に身を包んだ女性が立っている。


テラスの天井をはたき、テーブルと椅子を拭き清め、床を箒で掃き、わずか2段しかない階段もきれいにしていく。どう見ても、ドレスを着た令嬢と思しき人物がやることではない。


「ずいぶんと、頑張りますわね?」

黒衣の女性が、少し呆れたようにいう。


「そのくらいにしておいた方がいいのではないか?」

聖者からも少し呆れたような、そろそろ、切り上げたらどうだ的な意見が響く。


が、少女は、止まらない。久しぶりに会える、もう話せないと思ったあなたとに話せる、そして、・・・あなたに触れ合える・・・今度こそ、言う、言ってみせる。


舞台が必要だった。多分、喜んでくれる。あの時と同じ舞台を再現した。


きっと、あなたはこういう「ありがとう、私のこと、忘れてなかったんだね」


返して私は言う、きっとこういう「そうだよ、でもね、本当は、300年前と30年前に言いたかったことを教えてあげる」


自然と笑みがこぼれる。うれしくて、楽しみで、期待していて、きっと、あなたが微笑んでくれる、喜んでくれる。あなたが見たい、あなたの屈託のない笑顔が見たい。


そして、祝福してあげたい、あなたは一人じゃない、どんな時でも一人じゃないよって、言って抱きしめてあげたい。ずっと一人で頑張ってきた、ずっと一人で背負ってきたあなたに。


「あ、このジャムおいしい、スコーンもいい焼き具合ね。」


「ほう、いい果物を使っていますね。さすがと言ったところです」


後ろの空気読まないやつが気にならないくらいに、こっちもべったりしていくのだ。


「時間になりました」


無機質な音声が響く。それと同時に、2人には退場を願う。ここは、水入らずの空間なのだ・・・邪魔者は、今は必要ない。準備を終え、どこからともなく、白い封筒を取り出す。


「これ、お願いね」


誰とも知れずに、言葉をかけると、少女の手にあった白い封筒は、一瞬で手から消えてなくなる。まだ、届いたかどうかはわからない・・・気づいているかもわからない、でも、届いて、あなたが来てくれる・・・そう、待つだけ。これが、辛くないことは、経験上知っていた。

鼻歌を歌いながら、自慢の景色の中に、映るあなたに思いをはせる。

たとえ、それが、勘違いで、ほんのわずかにしか続かない幸運だとしても、もう手放すという選択肢はない、そう、後悔することはもうやめたのだ。




陽は斜めに入り、やがて沈み、あたりを静寂と少しばかりの寒さが包んだ。本来なら、冷めるはずもない、お茶はすでに冷め、用意してあった花は、萎れてしまう。


それでも少女は待ち続けている。手から零れた幸福が、もう、元には戻らないと知っていながらも、それでも待ち続けている。


「待っているのに・・・こんなに待っているのに・・・どうして・・・すれ違うの?」


思わず弱気な言葉が出る。楽しく待つのは辛くない・・・でも、ただ待つのは、たとえそれがほんのわずかな時間だったとしても、ただ辛いだけだ・・・それを今日知った。




「どうしてよ、黒衣?どうなっているの?私は招待状を送ったはずよ。なんで届いていないの?」



今までいたテラスは、まるで、幻と消え、村の近く、小川のほとり、聖者と言われた男性と黒衣の女性、そして黒と紅の少女の3人が顔を見合わせた。


「わからないわよ・・・そんなこと言われても・・・昼過ぎから、急に気配が消えたの。」

「そうだね。調弦でも、引っかからないよ。まったく・・・彼女はどこに消えた?」


そんな、そんなことって・・・


「じゃあ、もう会えないじゃない・・・そんなのって・・・なんで、こんなチャンスに・・・なんで」


少女は、俯いて涙をため、拳を握りしめているようだった。たまらずに、黒衣の女性が近づこうとした、


「でも、あきらめないから、この限られた世界の中をすべて探し回ってでも、必ず見つけて見せるから。」


それを、気に留めることもなく、少女は、星も少ない夜空を見上げて誓いを新たにする。きっと見つける、かならず会って、今までのことを話すんだ。


あの時のすれ違いから始まった、私たちの想いは、まだ、途切れていないということを、どんなに砕かれようと、どんなに敵意を向けられようと、もう、泣いているあなたを見捨てたりしないよって。




「まったく、無神経なほどの前向きさと切り替えの早さね・・・これも、無機が基本にあるが故のことなのかしら?若さとはまた違うし・・・見ているぶんには面白いけど」


黒衣の女性は、少し呆れてように言うと、近くに積んであった、木箱に腰掛ける。聖者も、もうあきらめたように調弦を止めて、ギターラの弦を軽く弾いていく。


「さて、では、せっかくの3人が集まったのですから、少し弾いていきますか?」


「は~い、大倭の縁歌がいいで~す。『涙刀鬼桜渡』をお願いします。」


「あらいつものチョイスね、相変わらず渋いわ、じゃあ、『救世女聖歌第11番』をお願いいたしますわ」


「また歌う気?ずっと聞かされている私の身にもなってよ。」


「あら、恋する乙女の面持ちでうっとり聞きほれているあなたに見飽きただけですわ。そろそろ、私の美声を世に放ってもよいころだとは思わなくて?」


二人の声を聴きながら、ふぅッと、聖者は息を吐く。全くこの二人は言うことを聞かない。あくまでビジネスライクなあいつとは大違いだ・・・そう思い、聖者は、どちらのリクエストから応えるか真剣に考え始めるのだった。


すでに、友好的な雰囲気もなく、二人はギャーギャーと言い争っている。


まったく、二人とも黙ってさえいれば美人なのに、聖者は少しため息をつく。

『まったく、まぶしくて仕方がない・・・では、二人のよく知る救世女にかけて、お前の曲を弾いてやろう』


聖者は、調弦の終わったギターラをかき鳴らす。それは、一つの旋律を作り出す。

二人は言い争いを止め、聖者を見る。黒衣は、一瞬驚いたような表情を浮かべ、少し俯き、少女は、気まずそうな表情を黒衣に向ける。


黒衣は、途中まで、黙って聞いていたが、顔を上げ、静かに詠い始める。


「かくして・・・かの聖女は、裏切者となる。


かくして、かの聖女は、救世女を裏切る。


かくして、かの聖女は、救世女を愚かさゆえに裏切る。


愚かさゆえに救世女を裏切り、かの聖女は偽の聖女となった。


かの偽の聖女はすべての裏切り者となる、かの聖女は救世女を裏切る。


自らの愚かさ、自らの傲慢さゆえに


かくして、かのものは、祝福の家より追放される。


御救いの日来るまで、彷徨い、ただ贖罪を望む。


祝福の家はかのものを追放し門を閉ざす。


かのものは、自らの罪を知らずに贖罪を求め彷徨う」


黒衣が、すうっと息を吸う音が、はっきりと聞こえる。これも詞の一部。


「救世女の再臨、そして、最期の救いだけが、かのものを救うだろう」


旋律が止まり、あたりが静けさに包まれる。




「って、嘘ばっかり」


黒衣は、憮然とした表情でドカッと音を立てそうな勢いで木箱に腰掛ける。


「はい、じゃあ次『涙刀鬼桜渡』をお願いします!」


しみじみとした空気を打ち砕いたのは、少女のはつらつとした声だった。聖者が、やれやれと肩をすくめ、黒衣は、ため息を漏らす。


「少し調弦するから、待っていてくれないか?」


「そんなにあの人のことが好きなの?もう会えないってわかっていても好きなんて、少しうらやましいわ」


「ええ、とても好きで、忘れられない人です。きっと言葉で表すのなら、『愛』言うんですね、こういうのを。奪って、束ねることしかできなかった私を変えてくれた、大事な人です。それに、・・・あの・・・告白も・・・していただきましたし」


少女から、さっきまでの、元気さは消え、もじもじと、言葉を紡いでいる。


「はぁ、いつもののろけが始まった。さっさと、演奏初めて」


黒衣は、呆れたように、聖者に促す。ちょうどのタイミングで調弦が終わり、聖者はギターラを構えなおす。


「お待たせしました、では、『涙刀鬼桜渡』始めさせてもらいますね」




ギターラの音と聖者の声が、ある男の生涯を語り始める。


それは、外からの刺激には、何も感じないはずの少女の心に静かな光と力をあたえてくれる。


「欲しいと思ったのなら、一つに願え」


聖者の歌う詞が、少女に改めて決意をさせる。そうだ、あの人は常にそうだった。


『私も、きっとあなたを見つけてみせる。たとえどんなに離れたところにいても、絶対に、見つけて・・・あなたに伝えるんだ。』


聖女追放のノルマ達成しました。

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