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始まりの始まり ~エピローグ~


「かっはは、あんたが『剣聖』?冗談かね?」


「もう、笑い事じゃないよ。エイダ様には怒られるし、村のみんなには囲まれるし、男衆は、樽を開けちゃうしで大変だったんだから」


結局クラウが、返ってこれたのは、日が傾き始めたころだった。


頬には赤い跡、もみくちゃになって、せっかくの服も少しくたびれているように見える。




昼に終わった、裁定式は、小さな村に魔導士という上位の戦闘支援系クラスと剣聖という、伝説の戦闘クラスの認定がされたのだ。それは、驚きと歓喜をもって迎えられてもいい話であった。もともと準備のあった祝いの席に、領主から上質な酒と肉が提供され、場はさらに盛り上がりを見せていた。


上座に座らさせられて、ごちそうに囲まれながら、クラウは、エイダの顔色を窺っていた。

相変わらず顔色を変えもしない、そしてこっちを見もしない。クラウは早々にエイダに話しかけるのをあきらめ、目の前のぶどうジュース(薄めた葡萄酒)を見た。

クラウは、左頬のはれた、残念そうな顔を水面が映している。






裁定式の後、エイダに付き添われ、長椅子に座りなおしたクラウは、無意識に祈るように手を組み、目の前に持っていった。最初は訝し気に見ていたエイダも少しだけ、距離を取ってくれていた。


クラウの喉から、言葉が出る。いつものクラウからは考えられないような、涙にぬれた言葉・・・


「こんなの嫌です、こんな・・・私が剣聖になるなんて・・・嫌です!!・・・嫌です・・・」


その否定の言葉は、すんなりと喉を通って出た。

じっとエイダは、一瞬だけ悲哀をもってクラウを見ていたような気がした。


「クラウさん?」


「はい?」


クラウは不思議そうにエイダを見上げた。エイダが怒った顔をしていた。なぜと思う間もなく、


パンっ!!


左頬に走った、一瞬の痛みにクラウはよろめく。エイダは振りかぶった手を躊躇なく振り下ろしていた。


その目には涙がにじんでいる。クラウに、そんなことを言うなと、暗に言っていた。その理由もクラウは痛いほどわかっている・・・


「私の前の子は・・・農民にクラスが成って悲しんでいました。兵士のクラスを得た子は、母親との別れを悲しんでいました、その前にも、たくさんの子たちが、望まぬクラスに嘆いていたしたわ・・・多くの子が、こんなクラスになりたくないと・・・泣いていましたわ・・・それを・・・それを、剣聖になりたくないですって?冗談でもやめてくださいまし!!」


「エイダ様・・・」


「いいです?クラウさんは、・・・そう、クラウさんに、確かに、剣聖なんて似合っていないです。剣聖の資格なんてないですわ。・・・ええそうです、資格がないのになるなんて、ただ辛いだけですわ・・・

そんなこと知ってます・・・クラウさんの手には、剣より鍬がお似合いですし、手持ちの鎌なんてとても似合っていますわ・・・でも、剣が似合っていないのは、知っています。剣をもって血に濡れるクラウさんなんか見たくないです・・・私はそんなクラウさんは、嫌いです・・・」」


「そ、そんなことないです。でも、きっと、必要があって、選ばれたのですから、私、剣も、頑張ります」


「剣も頑張ります?何言っているの、クラウさん、今さっきの言葉は嘘だったのです?じゃあ、今からでも裁定をやり直して!!あなたは農民でも、薬草摘みでもよかったのでしょう?剣聖はほかの人に譲りなさい・・・そう、なりなさいよ・・・この・・・」


「わ・・・私、」


ついさっき、教会の喧騒の中で、控室で散々にクラウは、エイダに責められていた。強い口調で責めてくるエイダを今まで、クラウは見たことがなかった。


しばらくして、言いたいことを言いつくしたのだろうか、エイダは、クラウの両肩に細腕を乗せ、肩を柔らかにしかし、はっきりと掴み、意を決したように、クラウの瞳を覗き込んだ。


「クラウさんは・・・剣聖にならない方がいい・・・どうせ途中で折れるのだから・・・折れて・・・」


エイダが涙声で、しかししっかりとつぶやく。その姿に、クラウはなぜか罪悪感を感じていた。


「え、エイダ様、私・・・」


なにしてしまいましたか?その言葉は出てこなかった。そのすぐ後に、領主様と、村のみんなに囲まれて、引きずり出されるように、気が付けば、宴の中心に座っていたから。その少し後にエイダ様がでてきて、私の隣の席に座った。

いつもの凛とした表情に戻っていたエイダだったが、いつもと違って、クラウの方を見ることも、話しかけてくることもなかった。


『怒らせちゃったのかな?』


クラウは、そっとエイダを見る。いつものように取り巻きに囲まれて、楽しそうに話に華を咲かせている。うらやましく感じ、その思いを振り払うように、そっと、料理に手を伸ばした。


『ごちそうのはずなのにな・・・』


もともと、クラウは、一週間飲まず食わずでも平気な体質だったが、食べるのは嫌いではないが、ただ、極端に小食で、あまり食べられないのが悩みだった。


ほぐした蒸し鶏をパンに乗せた料理に手を伸ばした。口を開けて、一口かじる。


「おいしい・・・でも・・・なんで、味気ないんだろ?」


エイダは、楽しそうに取り巻きたちしている。


「そうか・・・私の隣には・・・誰も、いないんだった」


おばばは、床から立つこともできず、村の子供たちは、今まで避けていたクラウから、さらに距離を取るようになっていた。時折、大人が絡んでくるが、それも、眼の底には、ようやく厄介払いできたという表情がありありとにじんでいる。


『そうだった・・・私は、いつも一人だったんだ』


陽気な声が村に響き渡る中、クラウは、改めてそう思うのだった。




さすがに、主催が先に離席するわけにもゆかず、クラウは、結局最後まで、宴に残った。宴のごちそうは、各家で持ち帰り、領主の振る舞い酒も、男衆が大概飲み干していた。


クラウは、片づけの手伝いを申し出たが断られ、おばばへのお土産を持たされて早く帰るようにと促された。本当は喜ぶべき日だったはずなのに、うれしい気持ちにもなれず、いつものように薬屋に帰ってきた。


「で、どうするんだね?『剣聖』なんかになっちまって」


「うん・・・どうしよう・・・明日から、門衛の人が稽古をつけてくれるっていうから、朝の薬草採りに行った後、教えてもらおうかなって思ってる」


「かっ、かっかかっ!!うう、ごっほ、ごふぁ!!」


おばばがいきなり、大声で笑いだしたのを、クラウは驚いてみていた。


「どうしたの?おばば、いきなり笑いだして?水飲む?」


「どうしたも、こうしたもあるかね。あんたを見ていると、3年前に、この村から出ていった子を思い出すよ」


「え?その子も剣聖だったの?」


「まあ、似たようなものさ。そのクラスになった瞬間から頑張りだして、もう、見ていてひやひやしたものさね。その子が、この村から出ていったのとほとんど同じ時に、あんたがこの村に来たんだよ」


そんなことは知らなかった。


「いい子だったよ・・・なんであんなクラスになったのか不思議なくらいに・・・いい子だった。でもね、わたしたちがその子の苦しみがわかったのは、ずっと後だった・・・その時思ったのさね・・・たとえ実を結ばなくても、祝福してやろうと・・・だから、

あんたを村の衆は祝福したのさ・・・あんたの苦しみもわかってくれる人がいるだけでいいじゃないか?」


「う・・ん」


クラウは、頷いて、その話題を切り上げて、少しだけ今後の話をした。2週間後に討伐ギルドに所属が決まったこと、そして、エイダと一緒にそこに向かうということ。


おばばは、目を閉じて、その言葉を逃さぬように聞いていた。子の生まれ変わりかもしれないクラウが、王都に向かい命がけの仕事をする組織に入ること、そして、おそらく、もう出会えないかもしれないことを・・・


奇蹟は起きず、刻はめぐる・・・それぞれの想いを祝福し、嘲笑いながら・・・


それは、王都近郊の寒村に剣聖が誕生したという報せが討伐ギルドから王都の勇者エクスにもたらされるところから、次の物語が生まれる。


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